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頑愚殿の決断  作者: いのしげ
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蒲生殿、決断いたす③


 佐久間与六郎の一党と赤座隼人に命じて、山崎片家宅の消火を指示する。

 この時代、消火と言っても実質類焼を防ぐためと、早く燃え尽きるのを促すために燃えている家とその近隣を破却するだけの話だ。しかしこれも『戦』の延長線上にあるのと一緒である。火を操作できなければ、城など簡単に燃え落ちてしまうのだ。

 「思い出せ隼人。柴田様の旗下で伊勢・長島は願証寺でやりとりした戦いの時を。大鳥居の砦を工作にて破ったは我等が蒲生の軍勢ぞ」

 「がはーはー! あの時は土ばっか穿り返して壕を掘り進めましたの~! 忠兵衛など、敵から尻コに鉄砲玉を食ろうておりましたぞ!」

 「そうじゃったな…なればこれも『戦』と心得よ。上様が遺したこの城を我ら蒲生が火にかけたとあっては我等一世の恥と思うて、憎き山崎めの家を討ち取れ!」

 「がっははー! わっかりもうした! 与六郎、ワシが一番槍じゃあ~!」

 「…蒲生の家中って、いつもこんなに気合張ってるんですか? 半端ねぇー……」

 ブツブツ言いながら隼人の後ろを付いていく与六郎を見送り、掌で己が頬をバシバシと3度ほど叩く。

 コチラも気合を高めねば、最後の砦を落とす事まかりならん。

 そう……お鍋の方である。言い負かされてはいかん、いかんのじゃ。気合だ、気合だ…気合だ!!

 

 残りの握り飯を盆に載せながら、ズダリズダリと早足で廊下を歩む。うう…早く行かねば挫けてしまいそう……

 「失礼致す!」

 平伏し、襖を無造作に開けると、ソコには驚愕の景色があった。


 

 お鍋の方が今にも懐刀で咽喉を刺さんと腕を伸ばしている光景……頭が真っ白になってとっさに手にしたお盆を投げていた。

 幸か不幸か、手には当たらなかったが注意を逸らすことが出来た…ので、49歳の初老にしては見事だと思える瞬発力で体当たりをかまして、素早く手首から短刀を奪い取ることに成功した。

 「こ、この馬鹿太モンが~!」

 もしかしたら生まれて初めてかもしれない怒声をしかも女性に向けて発してしまった。しかもよく見たらお鍋の方の上に馬乗りになっている…この状況はかなりマズイ。

 「な、ナニよ…ガングの癖に!」

 が、ガングの癖に…ってどういう事だ? 意外と早く動いたなって事かな? 

 うっかりいつもの物思いの癖が出て、一瞬隙が生まれたところを見透かされ、あっけなくお鍋の方が体を返してワシの上に馬乗りになっていた。

 「もう上様もいない世なんてツライだけだわ…だからガング、その短剣を返しなさい!」

 「だ、ダメじゃ…生きてこそ為せる事もあろう。今死んでは上様のお心に報えぬぞ」

 「五月蝿い五月蝿い! どの口がそれを言うか……そもそも私の家族を壊したのは、蒲生…お前らだぞ!」

 そう叫びつつ、女の細腕とは思えぬ力でワシの腕ごとワシの咽喉元に短刀を突きつけてきた。必至で抗いつつ、笑顔を作る…が、顔が引きつっている。

 「お、小倉家との攻防は戦国の世の倣い…とはいえ一族の小倉行春殿も我等が家中にて力を付けてきておる。だからお前様も……」

 「アホ! 小倉行春はウチの仇の小倉宗家じゃないの。ウチは小倉東家よ! それを言うなら私の息子達がどうなったか、言ってみよ!」

 「うぐぐ……」


 小倉宗家と小倉東家の争いは、東家が織田信長に通じていた事から始まっている。未だ斎藤家があった頃、上京を果たすため織田家が頼ったのが小倉東家であり、コレを快く思わなかった佐々木六角家が、小倉宗家と蒲生家に東家を滅ぼすよう命じたのだ(父・定秀は小倉家を併呑する気でいたのは勿論だが)。

 佐々木家と蒲生の猛攻を受けた小倉東家は呆気なく滅亡、遺児と共にお鍋の方は誼のあった織田家へと落ち延びた。その後の経緯は知っての通り、織田家の侵攻に遭って、六角家は総崩れとなった。

 その縁があってお鍋の方は織田家へ再嫁し、東家に遺された二人の遺児も織田家で重用された。

 だがその二人、14歳の松寿丸と16歳の甚五郎は上様のお番衆として本能寺に付いて行っており、討ち死にを遂げていると明智から受けた覚書にあった。しかしそれは流石に、今は言えない。

 が、この様子ではどこかからか漏れ聞いているのであろう。さもありなん、奥方は噂が早まるのがどこよりも早い。


 「で、では…今の上様の息子、酌君に長丸君、それと於振おふりの方はどうなさるおつもりじゃ。一緒に心中するとでも言うのか?」

 「う…ぐっ……!」

 子供を楯にするのは些か卑怯であるが、なりふり構っていられない。一瞬の気持ちのにぶりを見取って、また一気に体を差し替え、こちらが馬乗りになる。そのまま短刀は濡れ縁に投げ捨てた。

 出来る事が何も無くなって、勘気でお鍋の方が泣き叫ぶ。

 「ズルイぞ、ガング……お前はいつも優柔不断で、そのくせ妙に頑固でワタシを惑わせる!」

 ……実はお鍋の方は幼少時からの幼馴染である。お鍋の方の父は野洲郡の高畑という土豪であった。高畑殿は勢いに乗る蒲生か、近くで交流のある小倉かで両天秤に掛けていたので、どっちにもお鍋の方を見合わせていたのである。だがソンナ事は幼い我等二人には埒外の話であり、初めて会った時から一緒に仲睦まじく野山を駆け、ママゴト等をして遊びあったのだ。

 それが小倉殿の所へ嫁入りするとなって……あの時。別れ離れになる時のお鍋の方の訴えかけるような顔が、何十年も経って今、眼前にある。

 あの時は幼き故、決断出来なかった。だが、今ならちゃんと言える。

 「上手くいかなくとも良い。思い通りにならないのが人生じゃろうが。ならばせめて……一緒に歳を取ろうぜ! ジジィ、ババァになって、昔話を語ろうぜ! 語り合える相手が居ないのは寂しいじゃろ? だから……皆で一緒に日野中野城へ退去するんだ!」

 「嫌じゃッ!」

 …あれぇ? 結構カッコよく決めたと思ったのに。ねえ、空気呼んでくれないの…?

 「お主はともかく…蒲生の地に踏み入れるのは生理的に許さん!」

 「ダメですぅ~。も~決定したんですぅ~」

 「アッ、アッ! ガングの悪いところが出た! お主いつもソレじゃ。一旦決めると絶対に覆さん! だから頑愚なんじゃ!」

 「分かってるなら諦めなされ。絶対に悪い様にはせぬと家中で徹底させるゆえ!」

 「嫌じゃ嫌じゃ、下手すれば蒲生の人質になってしまう~!」

 「そんな馬鹿な事しませんん~。絶対に織田家中は守りますぅ~」

 「ナニ?……では他のお方様方も共に日野中野城に退去なさると言うか」

 黙って頷くと、一瞬の沈黙の内、また怒鳴りだした。

 「ガングはアホか! ならば明智の軍勢に押しつぶされるではないか!」

 「大丈夫ですぅ~。日野中野城は絶対に落ちませんん~」

 「子供の様なダダを申すな!」

 「…お主は知らぬか。織田の軍勢が6万を以て近江に攻め来た時、一度は凌いでおるのじゃぞ」

 六角家が崩壊した後、近隣の南近江の豪族は皆、織田の大軍勢に屈したのだ。

 だが、たった独り……蒲生家だけが織田家総力の6万もの軍勢の前に立ちはだかったのである。

 

 …結局あの時は、降伏勧告を受けて軍装を解いたが、本気で守れば一月は持つ……そんな気概を予感させた我等が居城である。柴田・丹羽・木下藤吉郎等の主だった武将達の突撃にも堪えたのだ。明智勢の寄せ集めなど1ヵ月以上耐えてみせよう。甲賀衆も幾家かは応じてくれよう。是が非でも織田の血統を守ってみせる。

 「…やっぱり嫌じゃ! 他にも別の家に逃れるお方も居ろう。その方に付いて行く!」

 むぅぅぅ……坂氏の事がもうばれたのか? いや、お鍋の方は機転が利く。直ぐに全員が一緒に退去する筈が無いと思い巡らせたのであろう。

 こうなったらもう最後の手段である。コレだけは使いたくなかったが……

 「えいっ」

 当身を食らわせると、「ふ」と息を吐いてグッタリしてしまった。急いで後ろ手に縛ってさるぐつわを噛ませ、共に命じて輿を用意させる。


 ……拉致誘拐じゃないか、コレ。


 いや…いやいやいやいやいや。コレも上様の御遺志。上様の家族はお守りいたしますぞ。




 だが……そこはかとなく残る罪悪感が、どうしても拭えない。 

 

   


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