すれ違い
話すときとは違って、少し張りのある高めの声は、甘いマスクと相まって誰でもついつい聞き惚れてしまう。
当然ファンは多く、いや、特に女子のファンは多く、というか殆どが女子のファンだと言っても過言ではない。
そんな高本くんが『私だけのため』にオリジナルソングを歌ってくれている。
そういうシチュエーションってなかなかないな。
しかも歌詞がほんの少し意味深で。
『あ、詩の内容とかは関係ないから』
ってわざわざ念押しされると、余計に気になってしまう。
そんな時にふと目が合った通りすがりの碧くん。
ギターケースを持っていたから、きっと練習を終え倉庫に向かう途中なのだろう。
彼は今のこの私と高本くんの状況をみて、どう思ったのかな。
あ、そういえば部活が始まるときに『倉庫』で一緒に帰ろうと言われていたっけ。
なんの話があるのか、すごく気になる。
この間の日曜日に絵里先輩とランチに出かけたことと、なにか関係があるのかな。
ふと頭にそんなことが過ぎったが、その時またサビの部分の歌詞に気をとられる。
♪ 帰ってゆくキミをひきとめて
そっと背中から抱きしめたい ♪
他意はないよね。きっと。
歌い終えた高本くんが余韻を含んだギターの弦を、右手で消音する。
「どう?」というような目でこちらを伺う彼に、私は笑顔と拍手で返す。
「ありがとう。すごくよかったよ」
「当然」
なにげに自信家な彼だけど、別に嫌味ではなくて。
たまに吐く毒の方が、ちょっと問題だとは思うけど。
よく歌い方についてダメ出しされるけど、彼の言っていることも『なるほど』と思う。
ただ、少し言い方を考えてくれてもいいのにな、って思う時があって。
同じことを言うのにも、言い方で相手の感じ方が変わってくるのに。
だから、彼の吐く毒には、心の中では納得していても、つい反論してしまう。
しかも、その『毒』は私にしか吐かない。一体どういうつもりなんだか。
でも、今日はにこやかに部活を終え、ふたりで『倉庫』にギターを置きに行く。
「お疲れさま」
「お疲れさまでした」
倉庫にいた部員達と挨拶を交わす。
さて、私も帰ろうかと辺りを見渡したけれど。
「あれ? 碧くんは?」
近くにいた後輩に聞いてみる。
「あ、田中くんならさっき帰りましたよ。用事があるからとかなんとか」
用事が?
「そうなんだぁ」
一緒に帰ろうって言ったのは彼のほうなのに。用事があるから先に帰った?
なら、私にひと言かけてくれてもよさそうなものなのに。
それとも先にくつ箱まで行って、そこで待っているのかな?
取りあえず私はくつ箱に向かうことにした。
あ、碧くん。
私はそう声をかけようとしたが、その言葉を飲み込んだ。
他の女子に一緒に帰ろうと誘われているところを目撃してしまったからだ。
私と碧くんの間には、碧くんの方を向きながら俯いてじっと返事を待っている様子だ。
その女子をはさんで向かい合う状況にいる碧くんと私。
2~3メートルは離れているが、一瞬碧くんと目が合った。
私の存在に気づいた碧くんは、僅かに眉をひそめたように感じたが、それでもスッと目線を逸らし、その女子に返事をした。
「いいよ」
え……。
一緒に帰ろうって言ったの、そっちじゃん。
待っててくれたんじゃないの?
嬉しそうにしている女子とは反対に、寂しい想いが込み上げてくる。
お読み下さりありがとうございました。
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