9.委ねる私
「灯りがなくても大丈夫。慣れてるから」
デュイさんの手から淡い光が見えたので灯りはいらないと伝えた。
「…慣れている?」
「日にちの感覚はおかしくなっているかもしれないけれど、ここへは頻繁に来ていたから」
「…何故、どうやって、いつからとは聞かないでおきます。今は」
護衛が仕事だもんね。
怒って当然だ。「ごめんなさい」と小さく言葉にした。デュイさんの顔はよく見えないけれど、きっと困った顔をしている。
雲で月が隠れているのか周りは真っ暗。
風に揺られ葉の擦れる音がいやに大きく聞こえる。本当なら怖いのかもしれない。
でも、もう逆に落ちつく私はおかしいのだろうか。
少し歩けば、湖が見えてきた。
ただ見ただけだと、とても綺麗な水。
周囲を警戒しているデュイさんに声をかけた。
「私の隣に来て下さい」
「ミオリ?」
「今、見せます」
デュイさんの左手に自分の右手を絡ませ、意識を集中し、小さく歌う。
しばらくすると湖が青白く光始め、私はいったん歌うのを中断した。繋いだ手が強く握られ彼からの緊張が伝わる。
「…これは」
「魔物達です。かつて私達が殺した」
「だが、気配が。いや、微かにそれはあるが」
湖の底には数えきれないほどの無数のビー玉のような球体がびっしりと埋め尽くされている。
その上にはいきなり明るくなったことで驚いたのか、魚達が素早い動きで散りじりに泳いでいた。
「魔物と戦ったばかりの頃、私はよく気分が悪くなっていたでしょ? あれは、力を使った反動のせいじゃないの。声が耐えられなかった」
「声? 咆哮が?」
「私が聞こえていたのは、憎い、血が肉が欲しい。そして怖い、苦しい…助けて」
「魔物は言語なんて解さない」
「うん。頭に直接、無理やり入ってくる感じだった」
初めて自分から生き物を殺した。
殺さなければ皆が、自分が死ぬ。
でも、私は、あの着色料のような青い血が切られた魔物から吹き出る度に、悲壮な叫びが聞こえる度に気が狂いそうになった。
そんな時、死んだ魔物が砂になり消えた後、その場に落ちている石に気がついたのだ。
それは石というより割れた小さな黒いガラスのよう。それを手にとり包むように握るとどす黒かった色が少し薄くなると同時に気配も柔らかくなっていった。
『これ』
『どうされましたか?』
そのガラスは私以外の人には見えていなかった。
『いえ、何でもないです』
私は、それから魔物が砂になった後、戻れる時は、こっそりその場へ引き返してガラスを拾った。せっせと集めて、なんとなくこの場所がいいと思ってそれらを湖に落とした。
そして今。
「何かが生きている気配がするの」
来る度に湖に触れ歌っていたら、ガラスから黒さが抜けていき、それらが形まで変わり丸くなると、中で生きている、生き物の気配を感じるようになった。
「…何故今まで一言も教えてくれなかったのですか?」
デュイさんの声がいくぶん低い。
でも、まだ手は繋いでいてくれている。
「だって、憎んでいたでしょ? 魔物を」
「それは」
「子供の頃にデュイさんの弟さん、魔物の犠牲になったって、他の騎士さんが教えてくれたの。昔からこの国の人達は、沢山の人が魔物の犠牲になったって」
皆が魔物を憎んでいた。
だから言えなかった。
でも。
「この子達、もうすぐ孵ると思う。でも今ならまだ、このまま死なせる事もできるし、私の事も憎いならこの子達と一緒に消える」
「どうして」
だって。
「泣いてくれたから」
私の為に命までくれようとした。
「余所者の私がする事じゃなかったのかもって。私は、ここに来るまで魔物なんて無縁だったし、恐怖を感じながら毎日を生きる生活なんてした事がなかった。そんな私がこれを孵化させていいのかなって」
最後はデュイさんに決めてもらおう。
「私もデュイさんが正気に戻してくれなかったら、先がなかっただろうし。…好きにしていいよ」
この子達の命も私の命も。