最初の依頼
首都モルデン。アルケインの首都であるモルデンは巨大な世界樹によって守られている。
単純に世界樹の加護を受けているという意味もあるが、世界樹が都市全体の空を覆いかぶせるくらいのサイズであるため物理的な意味でも都市を守っている。
巨大な世界樹により三階建て以上の建物はないが、無数に広がっている枝の上に一軒家を建てている人たちも多い。
森の魔女キリシアは世界樹の天辺に住んでいるらしい。
ベルシュテッドさんからモルデンについての説明を受けているうちに荷馬車はモルデンに到着した。
「着いたみたいですね。こちらがアルケイン商人ギルド『 フロレスマーチェ 』です」
俺はベルシュテッドさんの案内を受けて彼について行く。
三階建ての豪華な館の広い敷地に馬車停留所があり、アルケインの各地から来た人達が往来していた。俺とベルシュテッドさんはその人だかりを抜け、館の方に入る。
「すごい人だかりですね。アルケインてこんなに商売が盛んでるですか?エレナスに結構行ってるんですがあまり外部からの商人を見たことがなかったのでみんな自給自足を基本にしてるのかと思いましたよ」
「そうですね。エレナスから取引される品は精霊術に関するものが多くて年に四回ほどしか尋ねてないんです。精霊術はいつも使えるものではないと言われたので。エレナスを除くアルケインの地方だと西の国境近くの山脈都市ゴーダス以外は商売が盛んに行われてますね」
俺が純粋に関心している姿を見てベルシュテッドさんは少し自慢げの笑顔で説明してくれた。
「なるほど……確かに精霊術関係のものは精霊達が力を蓄える時間が必要ですからね」
確かにエルフは自給自足だから他の村や都市との交流が少ないし、精霊術のものが取引されているとしても頻繁に行われるわけじゃないから大勢の商人を見れないわけだ
「こちらがギルド長の執務室です。どうぞお入りください」
館の三階、一番奥の部屋がギルド長の執務室らしい。
ベルシュテッドさんが三回ほどノックをした後に中から「どうぞ」と意外とかわいい少女の声が聞こえた。
中に入ると窓以外の壁は全部本棚でできていて相当窮屈な感じがした。本棚には本と書類で埋め尽くされていた。そして窓の前にある机に座っていたのはオレンジ色の髪に少しウェーブがかかったロングの十五歳程度に見える少女だった。
「ローエンお嬢様、ギルド長はどこに?」
「パパなら用事でキリシア様のところに行ってるわ。今は私がパパの代わりをしているの」
少女は書類に判子を押している手を止め、こちらを見る。
「あら……そちらの方は?」
「こちらはライ・ゼナス様です。例の件を引き受けてくれる方です」
少女は例の件という言葉に反応した。
「例の件って……あれは普通の冒険者や傭兵団では無理だと判断したから今パパがキリシア様に協力を求めに行ってるわよ」
「わかっております。しかし、こちらの方は普通の冒険者ではありません」
ベルシュテッドさんの言葉に少女は首を傾げながらもう一度俺を見つめる。
「ライ・ゼナスです。例の件とは?」
「ローエン・レブラですわ。失礼ですが貴方に依頼を出すと決まったわけではありませんので詳しい内容を今説明することはできません」
ローエンという少女は俺の純粋な疑問に僅かに敵意を表している。
「お嬢様、ライ様はモノーボア二匹を一瞬で倒せるほどの実力者です。今回の依頼を出すに相応しい方だと私は判断しました」
「モノーボア二匹を一瞬で!?それが本当なら確かに今ギルドが求める人材ではありますがすでにパパがキリシア様に協力を仰いでいるはずですわ。今更別の人に依頼を出すことはちょっと……」
ベルシュテッドさんに言われ、俺に対する敵は薄れたが少女は若干困った様子だった。
森の魔女にまで頼んでやりたいことって何だろう。気になるな
「もしご迷惑でなければキリシアさんのところまで案内してもらえますか?」
キリシアさんに挨拶がてら仕事のことを聞きに行くか
そんなことを考えて尋ねた俺の言葉にローエンとベルシュテッドさんは理解できないという表情だった
「貴方……キリシア様のことをよくご存知ないのですか?おいそれと会える方ではないですよ?パパだってギルド長として二ヶ月も前から尋ねてやっと謁見することができたんですから」
「そうなんですか?でもせっかくモルデンに来たから挨拶に行かないわけにも……あの、位置だけ教えてもらってもいいですかね」
「挨拶?」
「はい。キリシアさんは師匠の古い知り合いでエレナスでお会いしたことがあるんですよ。それに製作者であるキリシアさんにこれについての説明も聞きたいので」
俺はアルゲスを見せる
ローエンは疑問の声をあげる
「キリシア様の知り合い?それにキリシア様が作ったものですって?信用しがたい話ですね。でもそんなくだらない嘘をつく人には見えませんし……わかりました教えてあげますわ」
「ありがとうございます」
「ただし、貴方が本当にキリシアさんの知り合いならばもしキリシア様がパパの頼みを断っても貴方が引き受けてくれるのが条件です」
「わかりました」
俺はローエンの条件を承諾した。キリシアさんが断った時の保険というわけだ
キリシアさんのところに行くには町の中央、キリシア邸へのワープからいけるらしい。
意外と簡単だなーと思っていたらワープ利用にはワープの前で世界樹に向かってキリシアさんが反応するまでひたすらキリシアさんを呼び続ける必要があるそうだ。それをキリシアさんがなかなか反応してくれないので今まで彼女に会えた人が少ないと言われた。
ローエンのお父さんはそんな苦行を二ヶ月もしてやっと会えたのか……
俺はそんなことを思いつつワープの前に立っている
「キリシアさん!カインの弟子ライです!よかったらワープを開けてもらえますか?」
取り敢えず世界樹に向かってキリシアさんを呼んでみた。流石に一回じゃだめなのかと思いきやワープが開いた
これは俺を覚えていてくれた証拠だよな?
俺はワープに入る。ワープの向こうは樹の枝が複雑に絡み合って作られた邸宅が見えた。
扉は開けっ放しになっている。
そして扉の向こうから人の影が現れた
「久しぶりだねライ君。ここに来たということはやっと旅を始める気になったみたいだね」
キリシアさんだった。
「お久しぶりです。何で僕が旅に出るとわかっていたんですか?」
「初めて君に会った時から知っていたよ?理由はそうだね、カインの弟子だということもあるけど私の感かな?」
キリシアさんは優しく微笑んで俺を見つめる
こうやって対面しているとどう見ても三十代の美人のお姉さんにしか見えないな……
「アルゲスのことを聞きに来たんでしょう?取り敢えず中に入って話しましょう」
「はい。でも今はフロレスマーチェのギルド長が来てると聞きましたけど……」
「どうしてそれを?」
俺はキリシア邸の廊下を歩きながらここまでのことを簡単に説明した。
「なるほどね。じゃその仕、事貴方がやってもいいよ。彼はまだ中に居るから話してみたら?」
「いいんですか?」
「アルケイン最大のギルドからの頼みだから断り辛いけど今回は私が絡むと色々面倒なことが起きるから困っていたんだよ」
森の魔女が絡むと困る?どんな仕事なんだろう。ますます気になるな
「ライ君なら信用できるし今回の件に関しても問題ないと思うから私からも彼に言っておくわ」
「ありがとうございます」
広い廊下の奥、ところところはみでている樹の枝から咲いている多彩な花は太陽から照らされる光を宿し輝いていてなかなか神秘的な雰囲気を演出している。中央には円卓の机があって一人の男が座っている。
「いきなり席を外してごめんなさい。私にとって大事なお客さんが来たもので」
男はこちらを振り向く。黒に近いブラウンの髪にいかにも高級そうなコートを着こなしている中年男性が話しかけてくる。
「キリシア様の大事なお客様でしたら仕方ありません。初めましてフロレスマーチェのギルド長を務めているブローン・レブラと申します」
「ライ・ゼナスです。駆け出しの冒険者です」
俺とブローンさんの自己紹介にキリシアさんが割って入ってきた。
「ブローン、ここにいるライ君が私の代わりに貴方の依頼を引き受けたいみたいよ」
「彼がですか?しかしキリシア様駆け出し冒険者の少年には無理な仕事かと……」
ブローンさんは驚きと疑問を顔に浮かべる。
「その心配はないわ。ライ君の強さは私が保証する。それに私が表に出るより彼みたいな冒険者のほうがギルドにとっても都合がいいんじゃない?」
「確かにギルドとしては冒険者に依頼したほうが都合がいいですね。それにキリシア様がそこまでおっしゃるならこの件は彼に依頼することにします」
ブローンさんは机の上に大陸地図を広げた。
俺が持っている地図と同じものだったが大陸中央に位置する商業都市マイア・メイザスとアルケインの国境に赤い線が引かれていた。
「現在アルケインとマイア・メイザスを繋ぐ唯一の道であるシルクロードの周辺にルーカーが陣取ってマイア・メイザスとの貿易がまったくできていないのです」
「ルーカーですか……」
ルーカーは地にもぐり獲物を狩る魔物だ。
獲物が自分の領域に近づくとその振動を感じ、振動源を察知し一気に獲物を捕食する。
馬車の一つくらいは簡単に納めることのできるデカイ口、土の中で行動することに特化された鋭い手足に背中から四本の触手が生えている。
ルーカーは平原地帯に生息しているためアルケインでは珍しい魔物だ。
俺も本で読んだだけだしな……
「ルーカー討伐のために冒険者パーティを募集していますが、今のところ三人パーティの冒険者たち以外は依頼を受けるという冒険者が居なかったのでキリシア様にことを頼もうとしていたのです」
「なるほど……では今回の依頼はそのパーティと一緒にルーカーを討伐するでいいですか?」
「はい。正直まだ四人は不安だと思いますがパーティの皆さんには私から言っておきます」
ブローンさんは地図を片付けた後、すぐにギルドのほうに戻った
ルーカーの討伐が決まったからマイア・メイザスに行く商団の準備があるから忙しいらしい。
「さて……久しぶりに会ったから色々話したいのに忙しくなりそうだしアルゲスのことも早く知りたいんでしょう?」
ブローンさんが去った後にキリシアさんは少し残念そうな顔をしている
「すみません。でも師匠ならいつもどおりですよ。年を誤魔化すババア……」
「はい!そこまで!ライ君のおかげでカインを殺す決断ができたわありがとう」
なんだか師匠に申し訳ないことをした気がするけどまあ俺は真実を言っただけだしいいか
キリシアさんは話をアルゲスに切り替えた
「それで?アルゲスの何が知りたいの?」
「アルゲスを使った感じだと鞘の形が決まってない感覚がしました。それにアルゲスの容量はどれくらいですか?」
モノーボアを倒したときから気になっていた。
剣を抜くときに鞘からではなくそのまま剣を召還する感覚とどれだけの剣を収容できるのかを
「アルゲスは鞘の形をしていない鞘でね。収容できる剣は総八つ、つまり八つの鞘があるの」
「つまり入れた剣によって鞘の形が変わるってことですか?」
「そうなるね。ちなみに剣を抜くときのイメージによって鞘から剣を放出することもできるよ」
「鞘から剣を放出することもできる?それは剣を遠くからでも召還可能ってことですか?」
もしそれが本当なら戦術の幅が大きく広がる
俺の答えに満足したかキリシアさんは楽しそうに頷く
「そうだよ。半径五メートル以内のところからだと剣をどこからでも召還して放出することができるの。もちろんアルゲスになれる必要はあるけどね」
「状況にあった武器を好きなタイミングでどんな体勢からでも引き出せる……剣士にとってこれ以上の武器はないでしょう」
「もともとカインに頼まれて作ったものなんだよアルゲスは。更なる剣の高みに行くには形の固まった戦い方じゃだめだってね」
確かにこの十年間種類の違う武器を最大三本まで切り替えながら戦う修行はしたことがあるがそれには限界があった。
まずそれぞれの武器を切り替えるのタイミングがどうしても定まってしまう。言い換えると特定の体勢やタイミングじゃないと武器の素早い切り替えはできないと言うことだ。
それをアルゲスは間単に解決してくれる。
そんな発想をした師匠もすごいが、こんなものを作れるキリシアさんもすごい。
「依頼が終わったらどこに向かうの?」
アルゲスについての説明が終わった後にキリシアさんは俺が次に向かう場所について聞いてきた。
「依頼が終わったらそのままシナンに行くつもりです。闘技大会が興味がありまして」
「闘技大会か……確かにいい刺激になると思うよ。頑張ってね」
「はい、では今日はこれで失礼します。ギルドの方に行って一緒に討伐に行く人たちと会ってみたいので」
「出発する前にまた来てね」
「はい!」
キリシア邸をまた尋ねる約束をした後、キリシアさんがギルドの正門までのワープを開いてくれたおかげで時間を節約することができた。
目の前には冒険者らしき姿の三人組とベルシュテッドさんがいる。多分ブローンさんが言ってたパーティなんだろう。
いきなり目の前で現れた俺を見た三人が一瞬身構えたがすぐにベルシュテッドさんが俺を紹介してくれた。そして冒険者たちと一緒にギルドの商団馬車が準備されているところへ案内してくれた
そこには荷馬車の群れに指示を出しているブローンさんが待っていた。
「それでは今回の依頼について詳しく話しましょう」