依頼の提案
モルデン行きの馬車の中、僕が乗っているのは最後尾の馬車であり冒険者用の馬車らしい。荷物を詰め込んで余った部分を提供してくれている。
最前の馬車は商人ギルとから雇われた傭兵用で冒険者用と傭兵用の間にある五つの馬車がエレナスからの商品をモルデンに届けるための荷馬車で総七台の馬車で構成されている。
今、冒険者用馬車の中は商人ギルドの証である馬車の形をしたバッジ、年は三十代くらいに見える男性と俺、二人しかいなかった。
モルデンまで結構時間がかかるため、俺は地図を見ながら今からのことを考えておくことにした。
「あの……」
「……」
「聞こえてますか?あの!!」
大陸地図に集中していた俺にいきなり隣から大声で言葉を掛けてきたので慌てて彼を見る。
「初めまして、私はベルシュテッドという者です。商業都市マイア・メイザスの商人ギルドで働いています。すみませんいきなり大声を出したりして……私の声が聞こえなかったように見えてたので」
「あぁ……大丈夫です。集中しすぎていた僕が悪いので。僕はライ・ゼナスです。それで何か御用でしょうか?」
彼との自己紹介を終え、僕は彼に用件を訊ねた。
「あっ、いえ、用事というか、貴方がすごく熱心に大陸地図を見てたのでちょっと興味が湧いただけです。地形学者さんですか?」
見た目の話じゃないとは思うが地形学者か……僕がそういう風に見えるのかな……
「いいえ違います。特に職業はないですけどあえて言うのであれば今旅を始めた冒険者ですかね」
僕はベルシュテッドという男にそう答えた。
「なるほど、見た目的にも若すぎたし服装や荷物を見てもそんな類ではないと思いましたが冒険者ですか……それにしてはまるでちょっと出かけるような感じですね」
僕は今まであまり身だしなみに気を使ってなかった。
修行の邪魔になるくらい髪が伸びた時以外には髪型をいじったこともなかったけし普通の黒髪で服装も赤と白の色を合わせた丈が足首まで来るコートを帯で腰を巻いたエレナス伝統のものだ。
確かにただのお出かけに見えるかもな……
「あはは……いつも着ている服でしてね、剣を使うときは一番動きやすいんですよ」
「なるほど剣士さんだったんですか。でも剣はどこに……?」
「鞘は……」
とベルシュテッドの疑問に対して答えを言おうとしたとき走る馬車の前からいきなり爆発音がした。
「何事ですか!?」
慌てて御者の方を振り向くベルシュテッド
御者は暴れだす馬を抑えながら目の前に見える状況を伝えた。
「自分でもよくわかりません!最前の馬車の方で煙が上がっていて何も見えません!」
「最前の馬車って……傭兵団の馬車じゃないですか!まさか傭兵団が魔物と交戦しているのか?どうすれば……」
「心配しないでください。僕が様子を見てきますので二人ともここで待っていてください」
「武器も持たずにどこへ……」
俺はベルシュテッドの言葉を最後まで聞かずに馬車から降りた。
馬車から降りたその時、目の前にもう二匹の魔物が現れた。
額に巨大な一本の角と馬車を二つ合わせた分の巨体、モノーボアだ。
こいつらはいつも二体以上で動いているはずだが……ということは傭兵の馬車で起きた爆発は魔法使いの攻撃によるものか
「モノーボアが二体も……!?逃げたほうが……」
俺の様子が気になったのかベルシュテッドはモノーボアを見て馬車から逃げ出そうとしていたところ俺が引き止めた
「動かないでください。動いたら広範囲の技が使えないので」
そう言って俺は抜刀の構えを取る。
そしてアルゲスを意識しながら師匠から貰った刀『 閃光のヒスイ 』を連想する。
俺の抜刀の構えを見ていたモノーボア達は角を前に構えて突進してくる
「抜刀・一閃」
俺は突進してくるモノーボアを凝視したまま、胴体だけ回しアルゲスから召還したヒスイで百八十度の斬撃を飛ばした。
突進するボアたちの体は真っ二つになり、走ってきていた足の部分はその勢いのままお互い交差して馬車の横にあった木に衝突し、上体は斬撃により吹き飛ばされた。
俺はヒスイをそのまま右の宙に刺して収納した。
今の抜刀で一つ気づいたことがある。アルゲスは見えないだけじゃなく形のない鞘ということだ。その証拠に今ヒスイを抜いたときに普通に刀を鞘から抜くときの感覚とはまるで違う、まるで鞘をそのまま振る感覚がしたのだ。
今まで大剣と太刀の類はその鞘の大きさ故、抜刀と同時に攻撃することができなかった。しかしアルゲスは違う
「つまり大剣や太刀でも抜刀術を使うことができるということか……」
俺が一人でアルゲスに関心していた時ベルシュテッドは信じがたいものを見た表情で震えながら言葉を漏らす。
「あ……ありえない……モノーボアは鋼鉄と比較されるくらいの皮にその獰猛故、B級モンスターとして分類されているのに……そのモノーボア二匹を一瞬に……」
俺はそんなベルシュテッドを無視して傭兵団の馬車に赴く。
向かった先には五人の傭兵たちの前に一匹のモノーボアが倒されていた。
魔法使いが二人、剣士が三人、先の爆発音は魔法使いによるものだったらしい。
「はぁ……はぁ……皆さんお疲れ様でした」
リーダに見える赤いローブの女性魔法使いが仲間を見渡しながら息を荒げる
そして自分たちの後ろに立っていた俺に気づいて安心させるためか声を掛けてきた
「モノーボアは私たちが始末しました。安心してお戻りください」
この人たちはモノーボアの習性をまったく知らないらしい。モノーボアは絶対に二匹以上で動くことを知っていればこんなに安心して居られないだろうに。
まあでも取り敢えずモノーボアは全部片付けたし戻るか
冒険者用の馬車に戻った俺はベルシュテッドの質問攻めを受けた。
「貴方様はいったい何者ですか!?ただの冒険者ではないですよね?今まで結構な数の剣士を見てきましたがここまでお強い方は初めてです。それにいきなり剣を召還して戦うなど聞いたことがありません!」
「本当に旅を始めたばかりのただの冒険者ですよ。剣を召還することもただの召還魔法ですよ」
いきなり敬語を使ってくるベルシュテッドが面倒だったため俺は適当に返すことにした
「いいえ、貴方様がただの冒険者であるはずがない。このベルシュテッド。貴方様を是非商人ギルドの護衛として雇いたいです!どうですか?」
「だから僕は旅がしたいただの冒険者ですよ?そんなギルドの所属にされたら自由に旅もできませんよ。ありがたいお言葉ですが遠慮させていただきます」
「ギルドに所属する必要はありません!ですが商人ギルドからの依頼は引き受けてくれませんか?報酬はたっぷり支払うので!」
俺は依頼と報酬という言葉に少し悩む
確かにこれから旅をするならお金は必要になってくる。俺もいずれは自分ができることをしてお金を稼ぎながらじゃないと旅が続かないことは知っていた。
その機会が少し早く訪れたのか……
「なるほど、ギルドに所属せずに依頼として報酬を払ってくれるなら依頼内容によって引き受けましょう」
俺の返事にベルシュテッドは本当に嬉しそうな顔をしていた。
「ありがとうございます!ではモルデンに付いたらモルデンの商人ギルドで詳しい依頼内容をお伝えします」
「わかりました」
俺の始めての仕事が開始されようとしていた。