【茉理ルート】弐ノ太刀『俺らしさ君らしさ』
「あたしね…後悔してない。あんたが、あたしのこと、そうやって見てなかったって――し、しょうがないし」
首に回された腕は直ぐ解かれて、俺はボーっと突っ立っていた。
目の前で茉理が顔を隠すように俯いている。見ると、茉理の俯いた顔から流れ落ちた水滴が布団にどんどんと染み込んでいた。
「まつ…り?」
「だから、これでおしまい…。あんたを好きだった…バカなあたしは終わり」
ぱっと顔を上げた茉理の顔は涙に濡れていた。誰からでも嘘笑いとわかる笑顔を作って俺に言う。
「冬兎、もうあたしは大丈夫だから…い、家の家事やっといてよ」
ダメだ…作業に集中出来ない。文化祭までもうちょいあるけど、こんなテンションじゃ全然やる気も起きない。
机の向かい側で作業している杏樹を見ていた顔は、いつの間にか通学路に向かっている。これを何回繰り返しただろうか。
「で、出す品物をどうするかなんだけど…フユ?」
「あぁ、紅茶とかコーヒーで良いと思うんだけど…ってこれさっきも言ったよな?」
「うんうん、さっき言ったから今は食事は何を出そうかって言ってたんだけど。もしかして疲れてる?」
実はというと茉理にあんなことを言われてからここ一週間ほど全然眠れていない。目を瞑るとあの時のことを思い出して、また起きてを無限ループしている。
杏樹に話すべきかどうか悩んだが、放課後の二人だけの打ち合わせ最中。こんな良いタイミングは無いだろう。
「あのさ、相談があるんだけど」
「…待った。フユのお願いだから聞いてあげたいけど、今はこれを考えちゃおうッ。放課後は長いんだし、何よりわたし達が提案したことだから、全然決まりませんでしたじゃクラスの皆に顔向け出来ないよッ」
杏樹が書いていた紙を見ると、俺の覚えの無い飲み物の案や客の好みが整った字で書きつづられていた。きっと俺が生返事をしていた時も真剣に考え続けてたんだろう。
「…あ、あぁ」
「しっかりしてよ。フユが明るくなきゃわたしもフユ分が摂取出来なくて枯れちゃうじゃない」
「あぁ…そうだな。じゃぁ、さっさと終わらせるか」
置いていたシャーペンを持ち直すと、杏樹から紙を受け取る。納豆トーストとか良いんじゃないだろうか。
「―――はぁ、相当重症だね…これは」
屋上で少し冷たくなった風に当たる。先に屋上に来ていた杏樹が「こっちこっち~」と屋上の角の方で手を振って呼ぶ。ここって実は天文学部が望遠鏡で女子を盗み見しようとして廃部になった伝説の場所でもあるのだ。…トリビアだぞ?
「ほら、これ」
手に持ったホットのミルクティーを渡すと、杏樹はそれを頬に当ててハムスターのような顔をした。
「あ、ごめんねッ。えっと、お金お金…」
「良いって。ちょっと長くなりそうなんだ、それくらい奢らせてくれ」
財布を出そうとスカートのポケットをゴソゴソしていた杏樹を止めると、俺は屋上の柵に背中を預けた。なんかシュールな光景を見たせいか、少し落ち着いた気がする。
自分の分の缶コーヒーを開けると、一気に飲み干す。
「おぉ、男らしい…そんなフユがわたしのタイプ…♪」
そう言って場を持たそうとしてくれる幼馴染を俺は少し笑って見つめる。
「な、なによぉ。ちょっとした本気交じりのジョークじゃない。良いよ良いよ、紅茶ごちになります!」
「いや…お前がいてくれて良かったって改めて思ったんだ。ありがとな、杏樹」
「ぶふぅ―――!!!?え、えぇ!?ど、どどどどうしたの突然!?えっと、えっと……お、お世話…してますぅ」
ちょっと飲んだ紅茶をプロレスラーの毒霧張りに吹き出した後、赤面してから呟く。そんな杏樹を見てから、俺は息を吸った。
風が一つ通り過ぎた後、
「俺さ、茉理が好き…かも知れないんだ」
「―――――――――――…え?今更?」
もう一つ風が通り過ぎた。なんかさっきよりも冷たい感じである。ぶっちゃけさむっ。
「なんか俺が空気読めないギャグ言ったみたいになってますよねぇ!?俺ここ一番曝しましたよ暴露しましたよ!?もうちょいロマンチックな感じになっても良くね!?」
「え、えへへ…もうわかってると思ってて…。そっか、フユも悩んだんだね?眠そうだったし」
近寄って来て俺の目の下を人差し指でなぞって来る。そういや茉理以外の全員に言われたっけな。
茉理はいつも通りのつもりだろうが少し避けられてるような気がするし…自分で言うのもなんだが重症だな。茉理のことしか考えて無いようにも思える。
「ちょっと前さ、告白みたいなことされて。でも俺は何も返事出来なくて、それからちょい気まずくなって…ずっと考えてたんだ」
俺が一人で話している間、杏樹は隣で黙って聞き続けている。
睡眠不足でちょっとくらくらするが、構わない。とにかく今誰かに話したい。もしかしたら全部言ったら自分の気持ちがわかるかも知れない。
「――だから、だからさ、その…」
言葉を捜してると杏樹が唐突に俺の肩を叩いて来た。
「ね、茉理ちゃんのこと、好き?」
本心から言うとまだわかっていない。好きかも知れないということである。
「まだわからないんだ。中途半端に告白なんかしたらダメだと思うから」
「そっか。ま、フユはずっと昔から鈍かったんだし、"かも"でも進歩だよ、うんうん」
バカにされてる感が否めないのは何でだろうか。もうあれだ、ここでギャグをかませば良いのだろうか。受けるだろうか。
スチール缶を握り潰そうとした時、杏樹が「これね、茉理ちゃんに言っちゃダメだよ?」とウインクを飛ばして来た。
「茉理ちゃんはね?フユが来る前にさ、物凄く嬉しそうな顔して『あのバカ夏休みに来るんですよッ』って言ってくるの。でフユが帰ると何日間か、酷い時は一週間くらい落ち込んでてね。寂しいなって思ってたわたしから見ても可哀想だった」
聞かされた俺は「そうなのか…」としか言いようがなかった。ちょっと前にやっと気付いたことで、神戸から帰った俺はやっと解放されたとか浮かれ気分になってたんだよな。バカだ自分。
俯いていると杏樹が俺の腕に腕を絡めて来る。なんか柔らかいのは気のせいだ。
「だから、わたしからもお願い。早めに答え出してあげて。きっと今、茉理ちゃん後悔してると思うの。なんであんなこと言っちゃったんだろうって。それでも、前みたいに戻れないって想っても、茉理ちゃんはフユに伝えたの、好きだって。凄い勇気あることなの、自分から告白するって」
そうだよな…絶対俺には出来ないくらい勇気のあることだ。俺だったら絶対途中ではぐらかしたり冗談だって言ってしまうだろう。
関係を壊したくない。茉理はそれを思いっ切り蹴り飛ばしたんだ。俺もやらなきゃいけない。
「うん良い顔だよフユ♪ちゃんと元通りだねッ」
そう言ってから杏樹は俺の鼻先に指を当てると笑顔で微笑んだ。
「文化祭なんて良い舞台があるじゃないッ。時間も舞台もろまんちっくッ!さぁ、君もレッツゴー大人のY段!」
「階段の間違いですよね!?エロ話になってるぞお前!感動を返せ!」
「あはは、まぁ文化祭は任せてよ!それまでフユは悩んで悩んで悩み通すのだ!頑張れ男の子!」
お前も男じゃねぇかと言う前に杏樹はさっさと屋上の出口まで走って行ってしまった。
ほんと、ありがとな親友。面と向かってじゃ言えないけど、お前に話して良かった。なんか悩むの止めようって思えちまった。
「俺、頑張るからな、杏樹ッ!」
「…あぁ~、終わっちゃったな~、わたしの初恋。結構本気だったんだけど…頑張れフユ。応援してるぞ」
悩んで悩んで悩み抜いた感じで書き抜きました!
次の話はもっときついかも知れませんが、早く出せるよう頑張ります!