九ノ太刀【デコピン練習を舐めるな!】
昔は、アンタの背中を追い駆けるのが精一杯。
必死で、必死で追い続けて、やっと背中が見えて。これで、やっと呼べる。二条院なんて、他人行儀な呼び方じゃなくて、冬兎さんって、名前で呼べる。
だけど、あたしの想いは、あいつの一言で終わった。
『負けても、別に死ぬわけじゃないんだし』
あいつは、簡単にあたしに負けて悔しさなんて無さそうに溜息吐いて。
あたしが追い続けてたのは、そんなアンタじゃない。前のアンタなら、今のあたしにだって絶対に負けてる筈がないよ。
あたしの目標はアンタだった。あたしの見ていた背中は、お爺ちゃんや姉さんじゃない。ずっとずっとアンタだった。
―――――――――今なら言うのも恥ずかしいけど、あたしの王子様は、間違いなくアンタだったの。
だから、負けてて何も思わない男なんてあたしの知っているアンタじゃない。あたしは、アンタを絶対に元に戻してみせる。酷い奴だ、女に見えないなんて言われても…傷付くけど平気。
アンタが元に戻って、あたしじゃない人を好きになっても…あたしは…。
昨日は酷い目にあった。まさかあの茉鶴にまた会うことになるとは。
もう少しで笑うことも泣くことも出来なくなっちまうところだったのは言うまでもない。眠ったというより気絶して悪夢を見ていたというのが事実である。
「お、朝早く不調そうだな若造」
どうやらツルギは竹箒で庭を掃いているようだ。
「出たな餓鬼。お前は敵だ敵」
「失敬じゃな。若造を見捨てたのは小娘だろうに」
「逃げましたよね!?あそこまで見事に逃げる奴も久し振りに見たわッ!」
言うが早いか俺は歌舞伎町のデビルサマーと呼ばれたデコピンをツルギの額に叩き込む。なんと本気と言う証の中指だ。
「うあぅッ!!!?」
クリティカルヒット。ツルギは頭を抱えて背を向けている。
こう見ると本当に普通の女の子なんだよな。刀を出してるなんて嘘だとしか思えない。巫女服が似合ってるぞロリ娘。
「キサマぁ!童子切の名を持つ吾に何をするのじゃ!」
「ドウシチキか何だか知らんがそんなに名前を強く強調するならデコピンくらい避けよう!?」
「あんな技は初めてだったのじゃ!なんじゃあの奇妙な技は!」
子供の猫だまし改良版と言い難い。きっとそれを言うとこいつはまたキレるだろう…、
「………えい!そりゃ!とりゃ!」
――――――――――――――ピシッ、ピシッ、ピシッ
あれだな。なんつぅの?デコピンにも慣れとかはあるんだな。
こう、何回もツルギの奴にやられても痛くも痒くもない。というかあんな大刀持てるんだから力強いと思ったんだが、そうでもないんだろうか。
デコピンを練習させろとか言ってきただけだからな。まぁ、今回は多めに見よう。
「だ、ダメなのじゃ…吹き飛ばん…」
「吹き飛ばす前提!?デコピンじゃ人は飛びません!どこのアニメに出たいのお前!?」
それ以前にデコピンを主にする主人公がいただろうか。
「若造がやったでこぴんと言うものは物凄く痛かったのじゃが…」
額を押さえながら恨めしそうに唸っている。どんなに恨まれても出来ることと出来ないことがあるのだ。一瞬の練習で相手を吹っ飛ばすデコピンって今直ぐ二次元に行くくらい難しいよね。いや、言われたら行くけどさ。
「なにやってるの、アンタ達…」
金髪ツーテールが竹箒を持ってやって来た。
呆れたと言わんばかりの半目だ。いや、そんなに呆れられるものですかね。
「ツルギは掃除しなさいって言っておいたのに…」
「こいつが悪い」
「責任転嫁って言葉を知ってるか餓鬼!あと人に指を向けちゃいけません!」
なんだか今日も茉理の機嫌が絶不調になりつつある。真面目に厄日だなこりゃ。
いやいやいや、まだこの場に茉鶴がいないだけマシというものだ。茉鶴がいたら俺は木に逃げ上る猫になりかねないからな。
「いやぁ、不幸中これ幸いってやつだ――」
「お姉ちゃ〜ん!待って下さい〜!」
バビュ――――――――――ンッッッッ!!!ザザザッッ!!!(近くの植木に登る音)
俺はアメリカのギャグ漫画のごとく木に重力無視で飛び移る。猿もビックリだな。
「小娘、あやつは何をしておるのだ?忍びの訓練か?」
「放って置いた方が良いわよ。可哀想な子の現在進行形だから」
好き勝手言われているのも屈辱だが片手で枝に捕まって宙ぶらりんは色々社会面において痛いな。社会復帰出来なくなってしまうかも知れない。
どうやら茉鶴はいつもの性格に戻っているようだ。しかし、昨日のことがあったのでテロリストを警戒するFBIくらいに敏感になっている。
正直言う。自分で自分が情けなさ過ぎて木にある葉を食べるほど現実逃避をしている。
「うげぇ、これ梅の葉だ」
食べていた葉を唾液と共に吐き出す。今日も俺は順調ですよ父上。
「葉に味とはあるものなのだろうか?」
「あのオランウータンは放っておきなさい。オランウータンに失礼だからゴリラでいっか」
失礼過ぎるぞこの女。葉を食べていた俺も悪いけどな。
「おはようございます、ツルギさんッ」
「あぁ、良い天気であるな茉鶴。お主も掃除か」
そういえばツルギが相手の名前言ってるのって初めて聞いたような気がする。俺=若造みたいな構図が出来上がり掛けているな。これはいかん。
だが俺は降りない!茉鶴がいるからだ!
「お兄ちゃんもおはようございますッ」
「おはようでごあす…う、腕がぁぁぁぁ…ッ!!腕がぁぁぁああああ…ッッッ!!!!」
腕が限界を超えてフルメタルパ○ックであります隊長殿!フルメタル○ニック〜〜〜〜ッッッ!!っていうか攣る!腕が攣る!攣っちゃう―――ッッ!!!
――――――ズル
ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ゴッッッ!!!
「ふおうッ!!!!」
腰から見事に地面に着弾。これぞ秘儀、腰餅。
「うぁぁあああああああああああ―――――ッッッ!!!!!腰がぁぁあああああああ――――ッッッ!!!!俺の腰がぁああああああああああ――――――ッッッ!!!!ビクトリィィィイイイイイ―――――――ッッッ!!!!!」
獲れたてマグロのように地面で跳ねる。
冗談なしにこれは痛い。合えて言うならば空手を最強まで極めた人に蹴りを入れられたような気持ち。
「小娘……若造は何か発作みたいなのがあるのか…?」
「そういえば茉鶴が寄ろうとすると不幸な目に合ってたような気がするわね…。池に落ちたり建物に突っ込んだり…」
「お、お兄ちゃん!?大丈夫ですか!?」
茉鶴が心配して俺に近付こうとした―――次の瞬間!
ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ〜〜〜〜〜〜〜〜ズドスッッッ!!!(折れた木の枝が冬兎の背中に当たる音)
ぎゃぴぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい――――――――――――ッッッッッ!!!!!(悲鳴)
「なるほど。茉鶴は若造にとって疫病神かそれ以上なわけか」
ツルギは納得するように頷いている。俺はそろそろ意識がなくなって来た。
「いつもは大丈夫だと思ったんだけど…あいつにとって本当にトラウマなのかもね」
「虎…?馬…?」
なんか朝一番から気絶を起こすかも知れない。
今日は……何か良いことがあるんだろうか…げふぅ。
この話はちょっと実話交じりでやってみましたw
デコピンって本当に慣れが必要で…出来なきゃ痛くも痒くもないという。
今回は一息ついている特別編で書こうとしたのですが、それはストーリー的にということで。
主人公がはっちゃけております。
本当に主人公のキャラはどうなってしまうのでしょうか。
作者自身わからない…。
戦いの要素も混ぜたいのですが、作者は書くのが苦手です。
勘弁してください…。
それでは、また次回にお会いしましょう。