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私はお兄様の手を取ってそれはもうルンルンに歩いていた。もちろん余裕気に笑みを浮かべることは忘れないが、浮足立ち小躍りしてしまいそうな気分はきっとお兄様にバレているだろう。




あぁ周りさえいなければナマケモノの如くお兄様にくっついておりますのに。




それでも何と言ってもダンスの為に今日一日自分を磨いたのだから、出鼻で挫かれても終わりよければ全て良しですわ!




どれだけダンス栄えするドレスを仕立てたと思っているの。それはもう腰はこれ程かと言うぐらいくびれさせ、あくまでも品のある程度に胸を強調してドレスの裾をふわりと躍動感溢れるように広げた。生地は動くことによってキラキラと綺麗に輝き角度によっては色も変わる最高質の生地を使っている。お兄様のドレスに合わせるためこの生地を探しまわった過去はちょっと忘れたい過去だわ。





既に沢山の人がスタンバイしている踊り場に着き、数え切れない程の視線を感じる。




そして丁度私とお兄様が中央の広いスペースを確保したと同時に、ゆったりと音楽が奏で始められた。




お兄様と向き合い片手を合わせ、もう片手は互いの腰に添えステップを踏み出す。




幸せ。




足の長さなんて気にならないようなお兄様のリードに、お兄様の表情に、このダンスを踊るときの絶妙な距離感に惚れぼれとしてしまう。




でもそんな幸せな時間はあっという間に終わるもので。




直ぐに一曲済んでしまった。もちろんお兄様以外の方とも踊らなければならないのでいつもはここで一時サヨウナラをするが、今日はもう一曲とねだる為お兄様の顔をふと見上げると。





「……お兄様?」




お兄様は私ではなく踊り場の周りに集まっている外野を見ていた。……お兄様パートナーであるこの私をそっちのけて余所見なんてマナー的にも私の心情的にも失礼ではなくて!?




一体誰を見ていらっしゃるの?誰を目に留めたのかしら?と好奇心半分牽制半分でお兄様の視線を追うと。




人が波のように避け頭を下げ、その間を通って殿下がこちらへと向かって来ていた。




何だ殿下ですの。女じゃなくてよかったわ、と殿下を見ながら小さく安堵の笑みを浮かべた。…それにしてもお相手を連れずお一人でなんてどうしたのかしら?





単純な疑問を浮かべながらどうやら殿下の目的はお兄様ね、と気を使って仕方なくお兄様から一歩離れ二曲目のダンスを諦める覚悟を付けた。





楽しみにしていたけれど殿下がご用事なら仕方ないわ。ええ本当に仕方がないわ。…それにしてもこんな場にご自分で来る必要はないでしょうに。湧き上がる不満を抑えて、決して顔に出ることはないよう笑みを浮かべた。




だが私のこの考えは全く見当違いであったことを突き付けられる。




殿下がお兄様の前までやって来て私に視線を向けられるのでドレスの裾を持って頭を下げ、頃合いを見計らって踊り場から出て行こうなんて計画を立てていた私に殿下が手を差し出したのだ。




え?と殿下の手と顔を視線で行き来しそうになるのを抑えて殿下の行動の意味を読み取ろうとする。





「シェリシア、私と踊って頂けますか?」




思わず驚きのあまり固まってしまった。




……嘘でしょう?殿下の言葉に目を見開き、兎に角笑みを浮かべる。駄目よ、ここは笑わなければ。そして失礼のないようにお手を取らなければ。





「勿論です。光栄ですわ、殿下」




周りは殿下の行動にざわざわと騒いでおり、あちらこちらで令嬢の悲鳴が聞こえた。



私だって今悲鳴を上げたい気分よ。一体何が御座いましたの!?と殿下に本気で問いたい。




まだ婚約者がいらっしゃらない殿下はご自分の誕生日パーティーであろうとも今まで通り誰とも踊らないかと思っていたのに。突然の行動に驚き背筋を冷たくするしかない。




呆然と脳は思考停止しているのだが、長年の間で身につけた対応力は凄まじいものでいつの間にか殿下と手を取りど真ん中へとエスコートされていた。




落ち着くのよシェリー。取り敢えず息をして。お兄様に高鳴る胸の鼓動とは違い、寿命が縮んでいるような鼓動を打ち続け冷や汗を垂らす。




この状況がとてもとても危険であることは分かっている。本日という日に誰とも踊らなかった殿下が私にダンスを申し込んだのだ。いつもは踊っていなかったとしても、一曲目ではないとしても殿下が踊るトップバッターはよろしくないわ。




これによって婚約者筆頭の立場は確かなものになってしまう。お兄様と離れてしまうかもしれない。だがそれを避けて殿下の手を振り払うだなんてそれこそ死んでも無理よ。妹が王国に対する不敬で罰せられただなんて不名誉どころの問題ではない。あくまで可能性だが一家没落の危機さえ生じる。




殿下とダンスを踊るのも始めてであり、この行動の重さを痛いほど理解している私に殿下の顔を見て優雅に踊るだなんてことは出来ない。だがしなければならない。




大丈夫よシェリシア。偶然お兄様の横にいた私が目に止まっただけですもの。私の家柄を重んじただけかもしれないわ。




殿下に私と婚約の意思なんてないの。そう。だから大丈夫。



全身に刺さるような視線を浴びながら、始まってしまった音楽に遠い目を向けないよう殿下に向かって微笑んだ。




絡まる視線は、手に触れる殿下の熱は、そっと腰に触れる殿下のお手はお兄様のものとは全く違う。




そう考えるといつものようにスウッー…っと心が冷めていきそうだが、今回ばかりはこれから先への恐怖によりそんなこと気にする余裕はなかった。




「……シェリシア、楽しいか?」




「……ええ殿下。とっても。夢のようですわ」




口元を上げて目元を和らげて。今の私は淑女としてあるまじき取り乱し方を内心しているが、お兄様が関係していることに冷静になれるわけがない。でもこのまま何か粗を出してはいけない。




お兄様の時は一瞬で終わってしまうダンスも、まだ中盤までしか進んでおらず自棄に時間が長く感じてしまう。




「また踊ってくれるか?」



「っ、勿論ですわ。是非楽しみにしております」




……本当に大丈夫なのよね?社交辞令ですものね?あくまでマナーよ。それに今回はタイミングが(かなり)悪かっただけで普段それなの令嬢方と殿下は踊ってらっしゃるもの。




警戒するに越したことはないけれど、お兄様の友人の殿下がいくら何でも私がお兄様にお似合いの素敵なレディだからと言って好意を持って下さっているとは思ってないわ。




感覚は他人よ他人。そうよ年に両手の数も会わない程度なのだから心配することはないのよ。私が危惧するようなことが現実になるなら、こんな顔見知りもいいとこな付き合い方ではないわ。



まだ顔見知りの令嬢方の方が月に一度のお茶会と夜会で会っているので殿下より回数で言えば上だ。




だが私の読みは甘かったのだと知る。




危惧していたことが何と現実になってしまったのだ。






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