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この国の唯一の王子、リチャードはとある光景を見て小さくため息を吐いていた。




ざわざわと明らかに騒がしい方向を見ればそこには見覚えのある二人が抱き合っていたのだ。




(……いやあ、見せつけてくれる)




その二人とはこの国に住んでいれば知らない者は居ないだろう兄妹。二人共スバ抜けて見目麗しく、才に溢れている。何よりも今みたいに常に人の目を気にせず触れ合っているので美系同士の触れ合いが!兄妹の禁断の恋が!と噂話の格好の的なのである。




しかも兄の方がリチャードと昔から仲がいいということもあり、妹ではなく兄を巡ってリチャードと妹が対立しているだなんて噂も喜々として広まっているのだからどうしようもない。




リチャードの婚約者に一番相応しい!と言われている妹であるシェリシアとリチャードが未だ婚約しないこともその噂を後押ししてしまっているようだった。




だがリチャードは思う。



あれをどうやって越えればいいのだろうか、と。




情けないことに即無理だという言葉がリチャードの脳内に浮かんでしまったが、それを払うように頭を振った。 



そうリチャードはシェリシアに恋をしていた。



この国では兄妹同士の結婚は出来ないという事実がリチャードのへし折れそうになる心を支えていたのだった。




リチャードと妹の出会いは王宮主催の御茶会だった。




『……ごきげんよう、でんか』



『でんか。妹のしぇりしあです』




『………リチャード、だ』




もう何年前の話だろうか。リチャードにこの時の記憶は色強く残っていた。なぜならこの時、昔もまるで花の上で舞う可憐な妖精であったシェリシアに一目惚れしたからだ。




スカートの端をちょこん、と持って舌足らずではあるが綺麗に礼をしたシェリシアに目を奪われたのを覚えている。




その後は今と変わらずアンリと小さな手をぎゅっと握ったのも覚えている。まだ小さい頃はアンリととてもよく似ていた顔をしていたが、成長するに連れ妖精が羽を伸ばすかのように美しくなっていく様子をただ見ていた。




けれど彼女は一度もリチャードに親しみを見せたことはない。アンリと三人でいるときはそれなりに親しみを感じるが、いざアンリに頼んで二人きりになると親しみなんて全く感じなくなってしまうのだ。




つまりシェリシアにとってリチャードは兄であるアンリの友達という立場に収まってしまい、それ以上でもそれ以下でもなかった。




その関係が嫌だと藻掻けば兄の友人からただの他人へと落とされそうな気がして次期王となろうリチャードは何も手を出すことが出来なかった。




その結果兄妹が今みたいに人前でも抱きつく仲になり、リチャードは遠くからそんな二人をただ見つめると言うだけだ。



これは……かなりマズイ、と改てリチャードは認識する。



チラリと見えたシェリシアの幸せそうな少女のような笑みは落ち着いた静かな笑みしか見たことがないリチャードにとって、胸をざわざわとムショウに騒がせる物以外に他ならない。




その感情は恋なのか、嫉妬なのか、危機感なのかリチャードには分からなかった。




アンリにリチャードは気持ちを筒抜けにされており、お互い兄妹の関係から外れることはないと聞いてもこの劣情が収まることはない。




苦しいのだ。自分を見ず、他の男に身を寄せて幸せを感じているシェリシアを見るのが。




ふとリチャードが周りを見ると、男女関係なくあの兄弟を見て辛そうに顔を顰めている人は大勢いた。自分もきっとその中の一人なのだろう。大勢の中の一人なのだろう。




アンリに敵わないことは分かっている。張り合おうとすら思わない。それを男らしくない、と笑ってしまえばそれまでだがもうあの二人は引き返せない程互いに互いを刻み込まれている。




全てを望んでもシェリシアの殆どは全てアンリのものだ。アンリもそれを望んでいる。



シェリシアの信頼、幸せ、安心、悲しみ、嫉妬、涙、感情でさえもうアンリは手に入れていた。



けれどそんなアンリが一つだけ手を出さないものがある。__それが恋心だ。あくまで二人は兄弟だった。それ以上望んでももう望みようがなかった。





恋心を手に入れればアンリが奪った安心感や信頼、嫉妬でさえ上手く行けばシェリシアから委ねられるかもしれない。



渇望している心を満たす冷たい水を与えられるかもしれない。





愛しているんだ、とリチャードは小さく呟く。




『……きっとシェリーは誰にでも嫁ぐんじゃないかな。でもアランの元へは嫁がないよ』



『だってシェリーは俺に会えないと死んじゃうからね』




こんな時に…いやこんな時だからこそか。アンリのお節介な言葉と決してシェリシアには見せない残酷な笑みを思い出した。




あいつは太刀が悪い。俺の反応を見て楽しむ鬼畜に他ならない、とリチャードはしみじみ思う。




だからあの若さでここまでの地位を得ている。__あの男を敵に回すとなると本当に恐ろしい。




だが幸運が不運かリチャードとアンリは仲がよかった。悪友とも言うが互いが互いを嫌っておらず、寧ろ様々な点で認め合っている。




だからお節介を受けても忠告や警戒を受けたことはなかったし、それどころか二人で会う機会も度々設けてくれた。



その機会に何も意味がないからこその行動かもしれないが…。



だが他の男にそんな機会を与えているわけではなさそうだし、これは友人としてのアンリなりの気遣いなんだろう。かれこれ10年以上片思いを続けているリチャードをアンリも評価している。それはリチャードに伝わっていないが、反対されてはいないということは気付いている。




だが何年恋をしたとしても友人歴が積み重なるだけで関係は何も変わっていない。次に会った時にどなた?と言われないか内心少しリチャードは冷や冷やしてしまうぐらいの関係だ。




そこは皇太子という役柄とアンリの友人というポジションのお陰だろう。リチャード自身の努力が何も反映されておらず不憫極まりないが。




もちろんリチャードは今まで指を加えていただけではない。アンリの加護が無い時のシェリシアの反応にリチャードが警戒して思うように動けないこともあるが、それを考慮してリチャードは頑張った。




プレゼントを毎日送ったり茶会に招待したりエスコート役を申し出てみたり。全て出鼻で挫かれた。




シェリシアは甘いものが好きかと思い、城下町へお忍びデートをしようと勇気をだして誘ったら何故かアンリが甘いものに釣られてシェリシアの代わりに来たこともあった。




不憫なほど上手く行っていない。




だがシェリシアの中で大好きなお兄様のお友達、から良くして頂ける愛しているお兄様のお友達に変わったことは進歩と言えるだろう。



リチャードが一歩進歩している間にアンリが100歩ほど進歩しているが。アンリとて自分を慕う妹が可愛くて仕方ないのだ。友人の株を上げる暇があったら妹を可愛がってしまうのは仕方ないでしょ?と開き直ってすらいる。




悶々とリチャードが考え事をしていると、明らかに令嬢たち騒ぎ声が大きくなったのでアンリがこちらへ来たかと察した。




……アンリの友人のままだとアンリという存在に押し潰されて何も変わらない。ここは一歩踏み出してもう他人から始めた方が良いのではないか。





そんな考えを抱き、自身のそばへ来たアンリにリチャードは一つ頼みごとをした。




「……シェリシアと一曲踊れるよう手配してくれ」




アンリは突然のリチャードの言動に目を開きつつ面白そうに笑った。



周りで悲鳴が上がり、バタバタと倒れる音がすることは気にしないでおこうか。





「どんな心変わりがあったわけ?…でもいいよ、リチャード誕生日だしね。__殿下の思いのままに」




「でも俺が踊った後ね」




と言われてしまっても、リチャードは感謝の気持ちを込めてアンリの肩を叩くしか出来なかった。




……もう、時間がない。早く関係を変えないと彼女はきっともう少しすれば誰かのものになる。




政略結婚は当の昔に却下した案だ。シェリシアの心が伴わないと嫌だ、なんてキレイ事ではなくただ単にシェリシアの父親がシェリシアに負い目をずっと感じているからアランの地位であろうとも弾かれてしまうだけだ。





リチャードは覚悟を決め、拳を握った。





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