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ずっと抱き着いて居たかったが、そんなわけにもいかずお兄様はそっと私を話して微笑んだ。




「まるで俺だけのお姫様だ」




お兄様…!



なんの脈絡もない甘い言葉だが、この言葉で私はお兄様の言うことを何でも聞くとお兄様は分かってる。



堂々とお兄様に言われたいセリフのかなり上位を占めるセリフだ。まさか今聞けるとは思っていなかったので、頬に手を当ててきゃっきゃと喜んでしまった。




お兄様だけのお姫様ですって!きゃー!





しかし悲しいことにお兄様は私を可愛がるのではなくお仕事のスイッチが入ってしまったのか、頭にチュッっとキスさえ落として立ち上がった。




「シェリー、そろそろ殿下の元へ行ってくるよ」



「はい…」




確実に真っ赤になっているだろう顔を抑え、恥ずかしいから顔を伏せながらもお兄様を見送る。




お兄様は私のあしらい方を熟知しているので、仕事など私から離れたい時には私が悶ている間に行ってしまうのだ。




仕事なら引き留めるなんてことはしないけれど、帰ってきた時の拗ね方が違うといつかお兄様は笑いながら行っていた。




まぁ拗ねてしまうのはお兄様が傍にいないんだから仕方ないですわ。




それにこんな夜会で兄妹二人でいつまでも引き篭もるわけにはいかない。




政治には貴族同士の繋がりがなければ行えないし、私だってお友達の数人くらいはお家の体裁の為に作らなければならない。




大抵の貴族の顔も名前も覚えてその場にあった会話も出来るのでお友達はいるにはいるが、やはり友達でもどこかお兄様以外は似たような顔に見えてしまう。




赤くなった顔を隠すように扇子で仰ぎ、これも必要な義務だわと覚悟を決めて座り心地の良いソファーから立ち上がった。




「ご機嫌よう、シェリシア様」




顔見知りはいないかしら、と少し辺りを歩いていると顔見知りが声を掛けてきた。




「ご機嫌よう。あら、素敵な指輪ね」



「うふふ流石シェリシア様ですわ。私、婚約致しましたの」



「お伺いしておりますわ。とても素敵な方だとか。結婚式まで待ち遠しいですわね」



「来年式を上げる予定です。シェリシア様はやはり殿下と?」




……ん?



うふふ、おほほと笑みを貼り付けつけながらこれみよがしに令嬢の口元を覆った手に光る指輪を話題に出せば、何だか突然おかしな話になってしまった気がする。




今殿下って言った?




「恐れ多いですわ、殿下にはもっと相応しいご令嬢がいらっしゃいます」




惚れ気を聞いていたのにあらぬ飛び火を受けてしまった。引きつりそうになる頬を無理やり持ち上げて、ちょうど手に持っていた扇子を広げて口元を覆った。




「ご謙遜を。シェリシア様以上に相応しい方はいらっしゃいません。わたくしは応援しておりますわ」




応援も何も流石に王族は御免よ。お兄様以外特に何の感情も抱かない私でも、もう直ぐ18になるのでそろそろ結婚の話が出てもおかしくはないと覚悟はている。



そもそもまだ私の家のような大きな家に婚約の話が来ていないことがおかしいのだ。




適当にお兄様といられる時間を長くとってくれる方と結婚できればいいかなとは思っていても、家にすら簡単に帰れなくなる王族は却下。




いくらお兄様のお友達で昔からよくして頂いていると言ってもお兄様に会えない人生なんて御免だもの。



ジロリ、と嫌な話題を持ちだした令嬢を睨みそうになるが何も彼女は悪気があって言っているわけではない。寧ろ王族との婚約だなんて世間で見ればどれだけ名誉なことか。




お兄様と殿下の仲がいいということもあり、家柄も容姿も賢さも自分で言うが申し分ないということもあり、殿下にはよくして頂いているということもあり、私が17で殿下が21歳と年齢も近いこともあり、様々な理由でまだ婚約者もいない殿下の婚約者候補の筆頭として担ぎ上げられているのは知ってる。




やめて欲しいわ全く。こればかりは噂話で広がっていくのでどうしようも出来ない。




それにいつかはお兄様も結婚してしまうのね…。と普段考えることを避けていた現実に向き合わされ、げっそりしつつもこの令嬢とは別れ先程座っていたソファーへ逆戻りした。




そうね、殿下の誕生日だもの。いつも以上に周りの視線が痛いことも殿下の話を振られるのも予測出来たことよ。




……それにしても今はまだお兄様に女の影なんて見えないけれど、もしお兄様にも相手が出来てしまったら私はどうすればいいのだろう。




お兄様が私以外のものになるなんて考えられないわ。ずっと群がってくる令嬢に瞳の中では軽蔑の色が隠せていないお兄様を見てきたから安心していたけれど、このままだとお兄様に興味がないだけって理由でどこかの女に惚れてしまうかも。




そんなの嫌。少し前なら私より身分が上で顔も綺麗で性格もきちんとした令嬢なら諦めるしかない、なんて思っていたけれど私が努力するあまり私より勝る令嬢が居なくなったのだから困っているのだ。




容姿で言えば平民でも探せば見つかるかもしれないが、私が今まで必死に守ってきたモノが崩れることになってそれだけは本当に許せない。




お兄様がお兄様らしく振る舞えるよう家の地盤は固く、周りの評判はよく、少しでもお兄様を下に見る人間なんて捻り潰してきた。私は可愛いだけの女ではないの。お兄様以外がどうなろうとも何も感じない。




一番私にとって幸せなお兄様の結婚は私とお兄様の関係に一切干渉を入れない身分は最低でもそこそこある令嬢。




私なら相手を好きになることはまずないから相手の管理が出来る。けれどもしお兄様が本気の恋をすればそんなこと出来ないしするわけがない。




……辛いわね。



すべて自己満足、だとは理解してはいるのよ。認めたくはないけれど全て私本意な考え方。



そもそも私がお兄様の幸せを願うなら身を引けばいいだけだけれど、私の幸せは幸せなお兄様の一番であることだから。私の幸せを諦めてとお兄様に言われたら……諦めるしかないわ。





別にお兄様に恋をしているわけではない。堪らなく愛しく思っているけれど、私の中で唯一の人だけれど結婚しないで!と喚くつもりはない。ただいくら恋人がいてもいいからお兄様を取らないで欲しいだけ。




私の全てを、私の生きる意味を取らないで欲しいだけ。




お兄様だけが色のない世界に色をくれて、今だってセピア色に見える世界もお兄様さえいれば…。




と、きらびやかな世界で一人干渉に浸りながらふと横を見ると。




「…あら、おにい…さま?」




「ずっとそんな顔して考え事?」




いつの間にかお兄様が座っていた。お兄様は心配そうに私を覗き込んでいる。私はどんな顔をしていたのかは分からないが、さっきまで鬱で覆われていた思考が一気に弾け、自然と顔が綻んだ。



冷めていた心にじんわりと熱が広がるようで、強張っていた体もほぐれた。




「お兄様がいらっしゃらないから寂しくて」




ふふふ、と笑ってみせると心配は杞憂だった、と思ったのかお兄様の目元も緩む。




やっぱりお兄様は素敵だわ。未来のことを考えても何も分からないもの。後継者は養子を迎えるなり私が結婚した相手の子に任せてもいいのだし、お兄様が結婚するとは限らないわ。




完全な現実逃避に違いないが、お兄様を見ているとそれでいいと思える安心感がある。





「シェリー、もうそろそろダンスが始まるから広場へ行こうか」




「まぁ、楽しみですわ」





ニッコリと笑って差し出された手に自分の手を乗せ、今はまだ私だけの温もりを噛み締めた。




嫉妬に狂った醜い女にはならない。お兄様の幸せを邪魔する女にはならない。そんなモノに成り果てるなら___死んだほうがマシね。




目元を緩め口元に弧を描き、ヒラリと優雅にドレスを舞わせた。





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