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動くと裾が大きく広がるドレスを揺らしながら、集団を見据えて歩く。



お父様から離れ一人になった私に今が絶好の機会!と近づいてくる貴族たちに私は目もくれない。お兄様に続く道に立ち塞がるなんて、誰であっても許しませんもの。



そう、特に私の大切な大切なお兄様に近づくご令嬢たちは、特に。






一番外側にいる令嬢方は身分があまり高くないのか、遠くからお兄様にうっとりと見惚れていただけなので、直ぐに妹の私である存在に気づいた。





「……よろしくて?」


「シェリシア様!し、失礼致しましたっ」




私が微笑むだけで、酷く慌てた彼女たちから波が広がるように次々とご令嬢達が私の存在に気づく。ざわりと揺れた空気にようやくお兄様が反応して、どこか冷ややかさを隠さない笑みがこちらに向けられた。あらお兄様、不機嫌ね。私と目が合うとお兄様はぱちりと瞬きをして、お兄様の顔から作り笑いが消えた。




「シェリー」




ゆるりとお兄様の顔に、軟かい笑みが浮かぶ。偽りのない笑みと呼ばれた名前に、どうしようもないほどの切なさと愛しさが溢れ、私は幸せを感じずにはいられなかった。お兄様。私だけの、お兄様。

他の令嬢もお兄様に見惚れているなんて気分はよくないが、お兄様は誰よりも格好いいのでこればかりは仕方がない。バックバックと鳴り出した心臓を抑え、口からお兄様への愛が零れそうになったけれどぐっと堪えた。ふぅと心の中で息を整えてから、周りのご令嬢を見据え、私もお兄様に応えるようとびきりの笑みを浮かべた。



私も、お兄様だけのものですわよ。貴方以外への微笑み方を私は知らない。それが少しでも伝わればいいと願いながら。



「お兄様。私、行きたい場所がありますの。ご一緒して下さる?」




令嬢たちから肌を突き刺すような視線が次々と飛んでくる。あら。お兄様の前でそんな嫉妬を丸出しにして、お兄様が気付いていないともお思いで?いくらお兄様のお側にいることができても、貴方たちではお兄様に相応しくない。だから私がお兄様を連れて行っても何も変わらないでしょう。

お兄様から溺愛されていると誰もが知る私を睨める令嬢なんてどこにもいない。けれど私に向かって笑みを貼り付ける令嬢たちの目は、笑ってしまうほど私に敵意を向けていた。


お兄様の背を見つめるだけの彼女たちは辛そうに顔を歪めて、顔を伏せるか、目だけで恨みがましく私を見るかのどちらかだ。

どこの令嬢であっても私の元へいらっしゃるお兄様を止めることは出来ない。お兄様の怒りを買わないためにも、そして身分や立場的にも。

こんな時に公爵令嬢という立場が物を言うのでやっぱりこの身分は大切よ。そうではないと私より身分が上の人間からお兄様を守るなんてできないもの。



差し出されたお兄様の手にそっと手を添えると、私は胸の奥底まで冷たいお兄様の体温で溶かされるのを感じた。









「シェリー、助かったよありがとう」



「いいえ、お気になさらないで。本日もお美しいお兄様の隣を歩けるなんて、私死んでもいいわ」



おっと本音が。



私達が来る前にテーブルにずらりと並ぶケーキやゼリー、その他多くのドルチェを立ったまま食べていた令嬢たちの視線が一気に微笑んでいるお兄様へと向くが、お兄様は全く気にする素振りを見せず、令嬢たちは慌てて席に向かった。




賑やかな音が溢れた会場で、珍しくこのテーブルには他の誰もいない。きらびやかなシャンデリアが垂れる下でお兄様と二人きりなんて、なかなか滅多にない機会だわ。後はダンスを踊ればもう完璧よ。そう、これが例え殿下のお誕生日パーティーであろうとも、いくらお兄様が殿下の側近であろうとも。お兄様の側に一番長くお控えするのはこのシェリシア・カロリングだと私が決めたの。さっそく出鼻は挫かれましたけれどね。




まぁいいわ。私とお揃いではないけれど、お兄様の今日の衣装はとてもお兄様に似合っているもの。素敵。何度も殿下とはお会いしたことはあるけれど、よっぽどお兄様の方が王子様らしいわと頬に手を添えたところで。




会場を打つように鳴ったファンファーレの音に、ぞろぞろと周りの人たちが入り口へ体を向ける。




「もうそんな時間か」



そう、ようやく本日の主役のこの国の第一皇子である殿下が会場にいらしたようだ。


陛下と妃様もご一緒のことだろう。その後ろにお父様とお母様もいらっしゃるのか、それとも王座の近くでお待ちしているのかは分からない。


……そして名誉あることにも、お兄様もそこへ配列なさるのだ。せっかくケーキを食べにここまで来たのに、また逆戻りね。仕方がない、とそっとお兄様の手から手を引いて、礼をしてお兄様を見送ろうとした。



「シェリーもいくよ。早く殿下にご挨拶しないと、挨拶待ちに並ぶ羽目になるからね」



そう言って一度は離れた私の手をお兄様は握って、お兄様の腕に添わせる。

お兄様、私が実は腕を組みたいとこっそり思っていたことを分かってくださったのね…!



腕をお兄様から勧めてもらったことと、腕を組めたことに感動し、有り得ない程高鳴る胸に幸せを感じた。あぁ本当に幸せ。お兄様と腕を組めるだなんて。




家では思う存分くっついてお兄様を堪能しているが、それとこれとはまた感動が別だ。




嬉しさのあまり今ならホールで周りの注目を浴びながらお兄様とずっと踊りたいわ。後でちゃんと踊ってくださるようにお兄様に申し上げないと。本当に楽しみ。いつもはお兄様の口から「可愛い」とか「俺のお姫様」とか「食べてしまいたい」とか甘い言葉が絶えず出るので、ダンス中に耳元で囁かれたらどうしましょう。気絶してしまうわ。その後お兄様に抱きとめられ、まるでお姫様を攫う王子様のように私を会場から連れ出すのよ。ふふふ、素敵。


広がる妄想に零れ落ちる笑みをそのままにしておくと、ふとお兄様の足が止まった。



私は顔を引き締めて、お兄様に続いて跪く。

ぞろぞろと周りの人たちも頭を下げ、更にファンファーレが一際大きく鳴って、会場に静寂が訪れた。



「……顔を上げよ」



お兄様に続いて私も顔を上げると、殿下と陛下が立ち上がってこちらを見下ろしていた。



「まずは私のために皆が集まってくれたことを嬉しく、そして誇りに思う。日々皆には感謝の念が耐えない。共にこの国を支えてくれることを、私も、陛下も、実に頼もしく思っている。今日を節目として、また一層国のために励むと約束しよう。皆と手を取り、皆と知恵を出し合い、この国を更によいものへとしよう。他国から遥々往路を辿ってきた者たちも、心から歓迎する。では今宵は皆、精一杯楽しんでくれ。以上だ」




誰かがうっとりと息を吐く気配がする。主に大半のご令嬢方から。全く、お兄様に見惚れていた次は殿下だなんて節操のないこと。それでもたった1分にも満たない殿下のお言葉は、人の心を打つ力がある。何の取り留めもないことを言っているのに、やけに言葉を重たく感じるのだ。


ふとお兄様に視線を向けると、お兄様は貼り付けた笑みを浮かべて殿下を見上げていた。



続いて陛下からのお言葉があり、遅れて登壇した王妃様からは何と御子を授かったと電撃発表があった。こればかりは会場はざわついて、次第に大きな歓声が上がっていく。お后様は15で今の殿下をお産みになり、初の出産が若すぎたのかそれ以来王妃様が妊娠することはなかった。……なんと、これは私も驚きましたわ。御年齢もまだ30と少しですし、無事にご出産なさった来年のこの国はお祭り状態だろう。



「……それでお母様、最近王宮に通い詰めてらしたのね」


「……そのようだね。リチャード殿下もご存知なかった様子だ」


見上げると殿下は王妃様の方を見ていて、美しい王妃様は陛下に肩を抱かれながら微笑んでいた。


そんな中に下で控えていた他の王族の方達が殿下へのお祝いと、王妃様と陛下へのお祝いを申し上げていく。それがきっかけでどんどん人が王座の元まで上がって、挨拶をしていく。



これは例年にも増して怒涛の挨拶が押し寄せるだろう。この会場の様子だと爵位を持つ者だけが一言申し上げても、数時間は続きそうだ。多分一時間ほどで切り上げられ、パーティの続きが行われるけれども。公爵位を持つお父様とその妻であるお母様は他の王家の血筋の方や、他の王国からやってきた使者の後に順番が回ってくるが、まだ爵位を継いでいなくても殿下の側近であるお兄様はともかく、本来私には順番は回ってこない。けれど私は公爵家の娘だ。扱いはお兄様と同等なのである。


お兄様はそろそろいい頃合いだと思ったのか、私の腰に手を添え人の波に向かって歩き出す。

お兄様がその美しい微笑みを浮かべるだけで、当然のようにお兄様を先に通す貴族に、私もにっこりと微笑んでお兄様に続いた。


一番高いところまでお兄様のエスコートで上がり、殿下の御前まで出ると私はお兄様より一歩後ろに下がる。




「殿下、本日は心よりお喜び申し上げます。これからもご立派な殿下のお側にお仕えできる感謝と、限りない忠誠を貴方様に」




お兄様がもうそれはそれは綺麗に礼を取り、その優雅で隙のない仕草に見とれてしまう。頭を下げながら横目でこっそりお兄様を見つめてしまったわ。




「あぁ。これからも頼むぞ、アンリ。……シェリシアも久し振りだな」




当然私にも声が掛けられ、もう一度静かに礼を取ってから殿下に微笑みを向けた。自然に、ナチュラルに、違和感のないように、それでいて美しく。

交わった黒い眼差しが、まるで射抜くように私を見ているようで、頬に入れる力が強くなった。



「はい。殿下、本日は誠におめでとうございます。ますますのご栄光を私も願っておりますわ」



殿下がここで相槌を打てば次は王妃様にお祝いを申し上げようと思ったのだが、何故か殿下は私に視線を向けてはいるものの、何も反応が帰ってこない。



「………殿下?」


「……いや。アンリ、また後で来い」



……あれ、私、何か失敗してしまったの?殿下は何事もなかったかのようにお兄様に視線を向け、私に対するご返事はなかった。特に問題はなかったはずよ、シェリシア。完璧だったわ。ならば何故私は殿下に無視をされたの?何が殿下のご機嫌をそこねてしまった?



「御意に。それでは殿下、また後ほど。そして国王陛下、王妃殿下。この度は誠におめでとうございます。妹共々、来年のご誕生と王妃様の御体の無事を切に願っております」



公衆の前だからか、にこやかや微笑みは相変わらずだが、お兄様の口調が固い。けれど目を白黒させている私に「私も畏まった口調でお兄様に話し掛けられたいわ」と思える余裕はなく、お兄様に腰に手を回され戸惑っているまま殿下の御前を退出した。礼は取れていたので、長年で染み付いた所作に私は感謝すべきでしょう。







お兄様は私の腰に手を回したまま、先ほどのケーキが色とりどりに並んだテーブルの近くの席へと私を連れ混んだ。みな殿下の周りに集まっているため、誰も周りに人がいない。



「……お兄様、私何か殿下に失礼なことを致しましたか?」


「いや、何も?」


さらりとお兄様は答えるが、本当ですの?と私は目を細める。


「ふふふ、本当だよ。まぁ気にしないで。殿下も殿下で、色々大変なんだ」


何やら意味深なお兄様の言葉だが、お兄様がそう言うのなら私は信じるまでよ。ふぅ、と息を吐いて、胸にたち篭った不安を外に出すと、心が大分軽くなった。

くすくすと何やら楽しそうに笑っているお兄様に誰も周りに人がいないことをいいことに、少しだけ擦り寄る。

あぁ、今とてもお兄様に抱きしめて欲しい。

お兄様も少しだけ私を引き寄せて、手を回していた私の腰を円を書くように撫ぜた。

腰にじわじわと熱が溜まる。衝動的にお兄様の胸に飛び込みたい気持ちに耐え、顔を上げて目が合うと甘く微笑むお兄様と額を合わせて見つめ合いたい気持ちにも耐える。



なんて素敵な耐久レースなの。今日はお兄様はいつもより強く香水を付けているのか、お兄様の匂いが私を包み込むようで切ないほど胸が苦しかった。















「桃とローズのケーキと、ブドウのタルトを妹に頼めるかな?」





んふふ、と滲み出る幸せオーラと耐え切れない笑みを振り撒きながら、私の好きな桃のケーキを側にいた宮殿の侍女に頼んだお兄様についに擦り寄ってしまう。



 

もう私のことは何でも分かってらっしゃるわ、本当!





更に上機嫌になった私は女官からお皿を受け取り、近くにあったソファーにお兄様と座ってケーキに手を付けた。




「美味しい?」




ゆっくりと顔を近づけてそう問いてくるお兄様に満面の笑みで頷く。取り分けてくれたのは女官だけれども、お兄様が選んでくれたケーキをお兄様の隣でお兄様の笑顔を見ながら食べるだなんてこんな美味しいものはないわ!ケーキの味なんて関係なく美味しいわ!もちろん流石王宮のケーキ、とっても美味しい。





「よかった」




そう笑うお兄様に、私はハートの矢を10本ほど刺された気になる。いっそのこと殺してくださいと地迷った場面は数知らず。寧ろ本望…なんてことを考えながらも、ブドウのタルトを器用にフォークに乗せてお兄様に向けた。




「お兄様、こんなにお顔を近づけてお好きなタルトを頼まれて。もちろん食べてくださるのでしょう?」




「ふふふ、やっぱりシェリーには分かってしまったか」




「ほらお兄様早く。落としてしまいますわ」





口元に笑みを浮かべて目を細めて笑った至近距離のお兄様にドキッとしつつ、小さく開いた唇にフォークをそっと差し込んだ。




きゃー!お兄様にあーんしてしまったわ!きゃー!





「美味しいですか?」



「あぁとっても。シェリーが食べさせてくれたからね」




そう言って私の頭を撫でたお兄様の色気や格好良さや近さにクラクラとしてしまう。だが耐えるのよシェリシア。




周りのお兄様を狙う女たちにあーん!を見せつけたんだからここは優雅に振る舞わなければ駄目よ!




お兄様は実は大の甘党で、お家ではよく私と一緒に紅茶と共に甘いお菓子を食べている。外では美味しそうなケーキを見つければ、私という名目を使ってこうして味を楽しんでいる。何て幸せな役回りなのかしら。





チラリとまたお兄様の視線がお皿に向くので、内心できゃーきゃー叫びつつもタルト一つ分をお兄様のお口へと無事運び込んだ。





「お兄様がケーキを食べて下さりとっても嬉しいですわ」





そしてあたかも私が食べさせお兄様がそれを受けただけ、と言うフォローも忘れずに。ご令嬢達からの視線は痛いが、それ以外は私達の仲の良さを知っているので微笑ましく見ているぐらいで何にも問題はない。




「有難う、シェリー。美味しかったよ」




元から体をぴったりとくっつけて近かったが、お兄様が私の耳元でそう囁いたのでこればかりはもう耐えれず、お兄様!と抱き付いた。




もう今更よ。あれだけラブラブうふふってしたのだから大して変わらないわ。これだけの時間を我慢したご褒美よ。




お兄様に抱きついたことでお兄様の笑った振動を直接感じ、お兄様の温もりも感じ、やっぱり私はお兄様の胸の中で生活したいわ。




お兄様の為に綺麗に伸ばしてお兄様の為に綺麗に手入れして、今日はハーフアップにしているがその髪をお兄様が優しく触る感覚がする。お兄様と私の髪色は全く同じだから私はこの髪がとても好きなの。




私が付けているアクセサリーは全てお兄様の贈り物だし、ドレスだって上手く行けばお兄様とお揃いだったはずよ。失敗したけれど。





「……シェリー、俺の可愛い妹」




甘く低い声でそう囁かれ今とっても夢を見ている気分だ。もう最高。




「……アンリお兄様」




滅多に(恐れ多くて)呼ばない名前を呼ぶと、ギュッと背中に腕を回してくれたので夢どころか天国まで見れそう…。





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