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「……綺麗だよ、シェリー」



そう言って私の頭を撫でるのは愛しのお兄様ではなく…



「何故お父様なのですか?」



お兄様によく似た、けれどお兄様のように甘い顔立ちではなく、一目見るだけで背筋が凍るような造形美を持つお父様が、これ以上ないほど着飾った私を見つめていた。



私は今夜の王宮主催の夜会でお兄様と踊らなくては!と意気込み、朝から夜まで侍女達にマッサージやら髪やお肌の手入れやらメイクやらを完璧に仕上げさせ、喜々として乗り込んだ馬車に居たのは、お兄様ではなくお父様だった。




思わず挨拶も忘れ、乗る馬車を間違えたのではないかと一旦馬車から降りてしまったものの、何度見ても乗る馬車はこれしか用意されていない。首を傾げながら、私はお兄様のいない馬車にもう一度乗り込んだ。




今日の夜会は普段表舞台に立たないような貴族も、普段仕事に追われて夜会に出席できない貴族も、国中の領地から皆が王城に集うとても大きなものである。そのため数ヶ月前からお兄様が仕立てている服を調べて、それに合わせて今私が着ているドレスも仕立てたのに、お兄様が着るのだと思い込んでいた夜会用の服は、何故だろうか。目の前のお父様が着ている。



そしてそれを着たお父様は絶対笑う姿が想像できないほど綺麗な顔に、満面の笑みを乗せている。



どう言うことかしら!?



いつもは手に入らないお兄様の服の情報がやけにあっさり手に入ったわ!なんて思っていたのはお父様の服だったからなの!?どうして間違えるの!?確か服のスケッチを持ってきたのは………お兄様付きの執事の一派の使用人の一人だったわね、そう言えば。あの執事、完全にお兄様のグルだわ。


お兄様は大抵のことなら何でも私のお願いを叶えてくださるのに、お揃いの服だけは頑なに許してくれない。ショックでしょぼくれる私をたまには見たくなるそうで、絶対にお揃いを着たいがために持ちうる全ての人脈と力を使う私を、軽々とお兄様も持ちうる人脈と力で抑えてくるので、未だに色さえ夜会で被ったことがない。寧ろ私のドレスの情報がお兄様に筒抜けな気がするわ。お兄様の悪戯心は心臓を掻きむしりたくなるほど尊いので、これはこれでありだが、ここまで来ると絶対にいつかお兄様と同じ色のドレスを着ようと意気込んでいる。

……力み過ぎて敵からの罠にほいほいと嵌ってしまうくらいには。


だって「デザイナーの方が落とされました、と従者の者が……」なんて私付きの侍女が持ってきたならホイホイ信じてしまうじゃない。後から従者がお兄様の側近に近い男だと知ったけど、やっと願いが叶うとはしゃいでた私はその可能性から逃げたのよ。

きっと今頃お兄様はくすくすとあの美しいお顔で笑っているのかしら。ってそうよ、お兄様!


どうして馬車にお兄様が乗ってないのよ!エスコートしてくださるとお兄様は言って………言って……………たかしら?

エスコート相手がお兄様何て言い出したのは……私でしたわね、そう言えば。


どうやら一言もお兄様から夜会の話なんてされていないにも関わらず、いつもお兄様以外のエスコートを受けていない私は、ついうっかり、そうついうっかり。今回もお兄様がエスコートして下さるのかと思っていた。




さっきまで上がっていた気分がドン底までに落ちる。…でもお兄様はもう先に会場にいらっしゃるでしょうし。えぇ、会場でお兄様と会ってダンスを踊ればよいのですし。そうよ、ダンスがメインよ!行きの馬車にお兄様がいないからって悲しむことはないわ。そう思ってお父様を見上げたけれど、やはりお兄様じゃないから悲しかった。




「いやあミシェルがアンリを連れて先に王宮へ行ってしまってね」




……ミシェルとはお母様のことだ。お兄様の母であるお母様はとっても儚い美人だ。美しすぎて視界にいれたくないお父様とは違い、お母様はずっと見ていたい。瞬きの間に消えてしまわないかと私でも心配するし、お母様は嬉しい時に癖で目を細めるが、その仕草のなんと美しいこと。


お父様とお母様が並ぶと周りはうっとりと二人に見とれ酔いしれ、流石お兄様の両親よ!と私は誇らしく思っている。私の両親でもあるのだが視点がお兄様中心なので致し方ない。




「……また喧嘩ですの?」




そしてお父様はそんなお母様が大好きである。それはもう公爵家の地位に物を言わせて、実家が伯爵家のお母様を無理矢理娶って家に縛り付け、私が生まれるまで屋敷の外に出さなかったくらいには。



今では冷たい氷のような美貌を緩め笑うようになったお父様だが、昔はそれはそれは笑うことのなかったお顔の通りの男だったらしい。お母様に出会うまでの23年の人生で興味を持つものは何もなし。笑うこともなく、何かに悲しむこともなく。そんな鋼の心をお母様に射止められ、同意を得ぬまま屋敷に連れ帰り、婚約を勝手に取り決め、あれよあれよと言う間に行われた結婚式の数週間後、お兄様がお母様のお腹にいると分かったらしい。



ここまでお母様の同意は皆無である。



ちなみにお母様がお城のお庭のベンチでうとうととなさっているところをお父様は勝手に一目惚れし、お母様が目を覚ますとそこは公爵家の馬車の中だったそう。目の前には綺麗な王宮の花園ではなく、絶対零度と話題の見目麗しき公爵家嫡男であるお父様。次の週には婚約が決まり、なんと四ヶ月後には式が挙げられていた。恐るべし公爵家。そしてお父様。


拗れたと言うか何も始まっていない関係のままお兄様ができたせいで、自分に笑ってくれないお母様が赤ちゃんのお兄様に笑っているものだから、お父様は赤ちゃんのお兄様に嫉妬して更にお母様の小指にまだ繋がっていない赤い糸をお父様は片結びしてしまった。

ちなみに、その話を聞いた私もお兄様の赤ちゃんの頃のお姿を見たかったと嫉妬したわ。




目の前で嬉しそうに笑っているお父様は、結局私が幼い頃まで、頑なにお兄様と私を抱き上げることはなかった。人生初の嫉妬を我が子に体験してしまったのだ。そもそも我が子と言う認識はあったのだろうか。



私がお兄様以外どれも同じような顔に見えてしまうドライさは、お父様のものだと確信している。私は薄っすらお父様に「お前はミシェルのための駒だ」と言われた記憶があるのだが、私が「おにいさまいがいは、にんじんね!」と幼いながらにお父様に吐き捨てたことで、お母様がやっと数年間の我慢を爆発させることができ、半年の間に渡るお母様からの無視のせいでお父様は今の優しいお父様に変わった。お母様に私とお兄様が似ていたお陰か、ぎこちなくも私達に触れ合っていたらやっと自分が父親だと思い知ったらしい。そこからお父様は一気に親馬鹿っぷりを晒す羽目になった。



……まぁ、駒とにんじんとどっちが酷いかと言われれば、使えもしないにんじんだろうが、お母様は泣きながらお父様をにんじんと言った私を抱きしめたのはよく覚えている。たが幼い頃は今よりも本当に人の顔の判別ができなかったのは確かなので、お兄様以外の顔を私は覚えていなかった。お父様であろうとも、お母様であろうとも、声でしか私は人の違いが分からなかった。




それ以来お父様は人参が食べれなくなったのだが、お母様の長年の心労を思えば人参しか食べれなくなったって償いきれないだろう。



それ以来お父様の独占欲に耐えていたお母様が立ち上がり、お父様の歪んだ性格を直し、今では可愛らしい理由で喧嘩(お母様が一方的に無視)する仲だ。




でもだからといって私からお兄様を奪っていい理由にはならないわ。




なので不機嫌になった私は若干お父様に冷たく当たってしまうが、お父様に合わせたドレスを着ていると言う事実が更に気分を下げさせる。



お父様はとても喜んでいるけれど、喜んで欲しいのはお父様ではなくお兄様よ。



ため息だけはぐっとこらえ、「ミシェルはどうしているだろうか」、「ミシェルは男に声を掛けられていないだろうか」、「ミシェルは今日は王妃様の元に残ってしまうのだろうか」、「ミシェルは俺のこともう嫌いになったんだろうか。それは許さない」と、先程まで私のドレスに喜んでいた筈なのだが、いつの間にかミシェルミシェルミシェルミシェルとお母様のことしか会話に出さなくなったお父様を遠くに見つめた。



そして見慣れた王宮に馬車が止まり、仕方ないので不機嫌になってしまったお父様の手を取って馬車を下りた。不機嫌になりたいのは私の方だし、ほらお父様、お顔が怖くてお城の騎士が目を逸らしていますわよ。それに今日は宰相閣下としてそんな顔をするのは許されません。ちなみに、お母様が怒る原因をその国の宝と称される頭脳で考えてみて下さい。私でも分かります。



だが曲がりなりにもお父様は宰相として眉間のしわを取り、お顔が綺麗な分5倍はありそうな威厳を孕んだ笑みを浮かべた。目は笑ってないので、やはり気配に敏感な騎士たちはお父様の顔を見ない。……まぁ王宮勤めなら、お父様のお母様の溺愛っぷりを知っていることでしょう。何度かミシェルが心配だからと唐突に屋敷に仕事を放り捨てて帰ってきたお父様を、必死で王様の近衛兵が連れ戻しに来たことがある。城では王様の近衛兵の約半分が唐突にお母様の元へ走り出すお父様の監視に当たっていると噂があるとかないとか。お父様に言わせれば緊急の仕事の時はしていないし、多忙すぎてお母様に会えなければ会えないほど仕事の効率が下がっているので屋敷に帰った方がいいんだと騎士に城へ連行されながらいつもぶすくれている。

天下の宰相様、恐るべしですわ。



いつ見ても立派な宮殿にいつかお兄様と住んでみたいわ、なんて隣のお父様から意識をそらしつつ会場へと向かう。…こんないかにもお揃いですわよ!と言った格好をお父様とするのは恥ずかしい。いつも以上に周りの貴族からの視線が集まっているのが分かり、引きつる顔に何とか笑みを貼り付けた。





「……お父様、きっとお母様は王妃様の元にいらっしゃいます。早く行って差し上げて下さい」





お母様と王妃様はとても仲がよく、こんな夜会の日にはお母様は王妃様の元へ行き必ず側に立っている。そう、お父様に怒っている日には。けれど今日は特別な日なので、きっと楽しく二人で王座に近い場所で会話なさっていることだろう。陛下の隣に立つことを許されているのがお父様なら、王妃様の隣にはお母様が許されている。



このまま私まで陛下のお傍に行くのは御免なので、お母様と一緒にいらっしゃるお兄様の元へ向かうため、そして一刻も早くペアルックをやめるため、私はお父様と離れお兄様を探すために踵を返した。



既に殆どの参加者が集まっているようで、広い会場ではなかなかお兄様の姿を見つけることが出来ない。何てこと。



お兄様はどこにいらっしゃるの!?と必死に、けれど不自然のないようにお兄様を探し回った。駆け回って探したいのはやまやまだが、そんなはしたないこと出来ないもの。私はカロリング=アンリの妹であり、カロリング公爵家の娘でもある。



だから私は綺麗に着飾るし教養も知識も得る努力を惜しまない。なんて言ったってお兄様の為ですもの。



……それに早くお兄様を見つけないと面倒くさい事態になってしまうわ。世界一素敵なお兄様なのだから、それはもうご令嬢達が群がる群がる。




どう見てもお兄様に相応しいとお思いで?と鼻で笑ってしまうような自意識過剰なご令嬢ばかりで、お兄様の前で醜くお兄様の取り合いなんて下品な行動をするのだから、私が追い払わないと収集が付かなくなってしまう。




でも必要以上にお兄様は優しく振る舞うから、家柄で断ってしまえばいいような相手でさえ、ダンスの申し込みを受けている。本人は至って穏便に場の収集を図ろうとしているのだろうが、真逆よ真逆。我こそ先に!と更に群がる女…いや令嬢ばかりで思わず地団駄を踏みそうになるのは許して欲しい。




兎に角、女のあしらい方が上手いばかりに、裏目に出ているお兄様のガード役を果たすべく、今度は趣旨を変えて令嬢の塊を探すと…。





見つけたわ。





ここからでも聞こえる程きゃいきゃいと淑女の嗜みもなく騒いでいる群れの真ん中に、背の高い私の愛しの人が。




こうしては居られないわ。カツンと高いヒールを鳴らして、私は笑みを携えお兄様の元へ足を進めた。







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