宮殿にて
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闇があった。
地の底の冷気と共に漂ってくる湿り気は、この場所が地上ではないことを物語っていた。
闇に眼の慣れた者であれば、無音の闇の中にうずくまる影があることを察知出来る。
それは息さえひそめ、身動ぎ一つせずに、ただ闇の中で物と化していた。
さながら影で作られた彫像のようである。そしてそれは実際にそうであろうとしていた。
「コウテイヘイカーゴシューツーザー」
たどたどしくさえある特徴的な調子をつけた声が、突如として闇に色を付ける。
頭上遥か上方にある石窓が、石同士が擦れる音を響かせながら開かれると、差し込んだ陽光が豪奢な玉座をさながら古の神書の一場面の様に照らし出した。
それと同時にどこからともなく松明を持った裸足の女たちが現れ、備えられた燭台に次々に灯りを点していった。
炎に照らし出された女たちはいずれも若く、素肌の上に体毛さえ透けるほどの薄布をまとったのみであった。
照らし出されたのは女たちばかりではない。玉座の間は地底深く岩の中に築かれたとは思えぬほどに豪奢で色彩豊かであった。
その中で、玉座の間の中央にうずくまる影の彫像はなお身動ぎもせず、ただ一人だけ闇の中に取り残されているかのようであった。
全身を甲冑にも似た漆黒の装具に包み、その顔色さえ窺うことは出来ない。
「面を上げよ」
影に投げかけられる声があった。
いつ現れたのか。玉座に男が座っていた。
痩せ細った顔に長い髭を蓄え、黄ばんだ歯を剥き出した口は半月のような笑いの形で固定されている。
幾重にも重ねられた衣からは、骨と見間違うほどに細い腕が伸びていた。
そのギラギラとした瞳は、人類が衰退して久しいこの時世においてなおこの男の野心が衰えていないことを示していた。
この男こそが玉座の主、皇帝ゲトボ7世である。
投げかけられた声に影の彫像が応えた。
「陛下にご報告申し上げること之あり。帰参致しました」
装飾された儀礼はない。皇帝がその回りくどい遣り取りを好まないことを熟知している故だ。
「呵々、貴様が飛んで帰って来るほどのことがあったか」
皇帝の口元は言葉を発してなお、欠けた月のごとく笑いに歪んでいる。
その笑いが、影から発せられた言葉で失せた。
「女王が領海を離れました」
沈黙の応え、皇帝の血走った瞳が影に言葉の先を促した。
「黒龍は廃棄領域を超え蒼の領海に入った模様」
影は短く事実を告げ報告を終えた。
沈黙が下りた。
表情を無くしたまま影を見ていた皇帝の口元が、再び半月に歪んだ。
「呵々……呵呵呵呵呵呵!!」
大笑。皇帝は血走った眼を影に向けたまま、歪んだ口元から機械が軋むような笑いをあげた。
「好機である!疾く支度を整えよ!黒の秘儀を余の前に顕かにせよ!」
「既に我が隊予備人員含め32名陛下のお下知を待つのみであります」
皇帝の激に影が即座に応えた。
「陽輝帆船の使用を許す!直ちに出航せよ!」
「諾」
最短の応えを残し影は跳ぶように玉座の間を辞した。
「呵々……呵呵呵呵呵呵!!」
玉座の間に響く狂喜が、緑の海に嵐を巻き起こそうとしていた。
予告
見知らぬ土地で出会った温もりに
幼い心は、喜びと安らぎを感じていた
しかし、旧き支配者の悪意無き傲慢が
恐れを知った幼子の運命を翻弄する
『緑の海のぷーりあ』
第2章
『はじめてのおともだち』
それは、大切で大好きな――永遠の絆