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ゆめ

※ すみれ視点に戻ります

 召喚された私が最初にされたのは、魔物退治にどう役に立てるかという検査だった。

 古い呪術を使って異世界との門を開いたらしいのだけれど、前例は随分昔で、詳しいことは全然伝わっていないようだった。よくそれで異世界から勇者だか何だか、召喚しよう実行しようなんて思ったなあと不思議だったけれど、異世界召喚計画の推進力が何なのか、すぐにわかった。


「…………………一体、貴女は、」


 絞り出すような言葉を区切った彼を見上げても、無表情に見返されるだけだ。待っても言葉は続かない。多分、貴女は何ができるんだ、とか何か力を持ってはいないのか、とか、そういうことを言いたいんだと思う。私は何度試しても何も反応を示さない魔力検知器の前に座って、そんな彼の様子をぼんやり見ていた。


 おとぎ話レベルの前例では、召喚された異世界からの勇者はとてつもない魔力をもって、お供を数人連れただけで巣食った魔物を打ち滅ぼした、と伝承されているそうだ。残念ながら、見ての通り私には何の力も無かった。


 彼が言葉を切ったのは、一応は私に配慮したのかもしれない。召喚を指揮したのは彼で、来たいと言って来たわけではない私に負い目を感じてはいるのだろう。

 王家を説得して、祖先が築き上げた莫大な財産を異世界召喚の資金へと注ぎ込んだ。周りを納得させるだけの魔法の才能も、家柄もあって、それが彼にはできた。そんな彼の全てをかけた結果が、こんなちんちくりん女子高生が一人現れたというだけでは、やりきれない思いが溢れるのも当然だろう。

 国庫も使った膨大な資金を投入して、国内からかき集め、他国からも買い集めた魔石は私一人を召喚することで一粒も残らなかった。彼にはもう、チャンスはない。


 だから、私は。彼が無表情ながらも虚しく、無力な私を眺めるその視線に耐えるのだ。


 転機は、私が初めて魔石を使って、暖炉に火を起こそうとしたときだった。握った火の魔石から、けた違いの火力が出て、危うく魔導研究所を全焼させるところだった。私も火傷を負った。

 さすがに、優秀な魔法使いが何十人と勤めていた場所なので、最悪の事態にはならずに済んだけれど。治癒魔法で火傷を治してもらったときは、感動すらした。


 そこから、彼は私の魔力伝導率の高さに注目して、魔物退治への活路を見出したのだ。王城へ続く街道近くの街にも魔物被害が出て、いよいよ軍をもって国を挙げ、というそんな頃だった。


 私も嬉しかった。見知らぬ土地に来て、所在ない心持ちでいるよりも、危険だろうが役に立てることが嬉しかった。虚しい視線を浴びることもなくなって、何よりホッとした。


 旅に出る前にあの優秀な魔法使いは約束してくれた。「命だけは、守る。」そう短い約束で。

 ……実際、危ない目にも気持ち悪い目にも何度も遭ったけれど、命だけはこうして無事なのだから、約束は守られている。

 ただ、魔法使いの彼と私の、最初の頃からのギクシャクした空気だけは、半年間ちっとも変わることがなかった。お互い変えようという気も暇も、なかったものだから。




 そんな、ついふた月ほど前までいた異世界をふと思い起こして、私は自分の手を部屋の照明に透かしていた。


「今は、なんの力もないのにね」


 あの世界だけの、不思議な力。特別な手。握った彼の手の大きさだけは、今でも思い出せるのに。


 ぱたっとベッドに手を下ろす。さあ、寝よう。明日も朝から勉強しなきゃ。

 電気を消して窓の外に目をやると、勇斗くんの部屋の窓はまだ明るい。最近、夜遅くまで点いている。何、してるんだろう………………。勇斗くん、といえば…、この間勇斗くんの手を握ったとき、思ったよりも大きい手だったな………。

 勇斗くんと魔法使いを重ね合わせて、勇斗くんももう少し成長したらあれくらい大きくなるのかな、と考えながら眠りに落ちた。





 寝る前にあの世界に思いを馳せていたせいか、夢を見た。

 無表情な魔法使いが魔法を使う見慣れた姿、小柄な格闘士が拳を誰かに打ち込んでいる…………旅へ出る前に顔を合わせた王族………旅に同行してくれた、軍の少佐………魔導研究所で宛がわれた私の部屋………、コマ送りみたいに出て来る映像が、ぐるぐる回って最後にはどんどん溶けていく。

 煮詰まったその底を覗くと、無残に壊れた研究所が見えた。王城にも火が放たれている………実体のない馬が大きな車を曳いて、縦横無尽に走っていた。車の下で人が潰されている。

 怖い。

 怖い。

 こんな光景、私は知らない。

 魔物のせいではない。

 あの馬は、魔法で作り出された生き物?

 人の手で?

 いつ?何?どうして?

 ああ、そうか。

 これは、夢だ。

 夢でありますように。


 どうか、


 どうか、私が消えた後

 あの世界に平穏が訪れていますように。








 目が覚めた私は、胸がドキドキしていた。何か嫌な夢を見た気がする。怖い夢だったけれど、心臓の不安な鼓動以外、何も浮かばない。ストレスが溜まっているのだろうか。勉強のしすぎか。


 私は起き上がると、カレンダーの横に貼った今日の予定を確認した。問題集のノルマ、予備校への時間、勇斗くんの夕食作り。移動時間やご飯を食べる時間、お風呂の時間まで書いてあるが、そのへんはざっくりとしか守っていない。書いたのは私ではなく勇斗くんだ。

 杉野くんと出会ったときに、私の勉強を見ると豪語した勇斗くんは、まずは私の勉強計画から立て始めたのだ。結構なスパルタ計画をパソコンで作り上げ、私に「これで偏差値20は上げるぞ」と渡してきた勇斗くん。彼の夕飯時間までちゃっかり設定されているのには笑ってしまった。

 しかし、一応は私も自分の中で勉強計画を立てていたものの、勇斗くんの緻密な計画は完璧で、無駄がなく、思わず唸ってしまう。すごくスマートだ。おかげで私の勉強進度はとても順調だ。


「問題集を解いている中で躓いたところは、必ずチェックを入れておくこと。はい、これ付箋。ただ、あいつには絶対聞かないで。」


 と言っていた勇斗くん。あいつっていうのは杉野くんのことだったけれど、どうするつもりなのかと聞いたら、後で俺がまとめて教える、なんて返ってくる。どうやって中学生が大学受験レベルを教えるというのだ。

 …最近夜遅くまで電気が点いているのと、関係があるんだろうか……。ま、まさかね。


 私は、ん~っと伸びをすると、まずは朝ごはんを食べようと、階下へ降りることにした。

 朝のエネルギーは、大切だね。


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