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勇斗くん①


「やだ…なにあれコスプレ?」


 よし。その線ならこんな不審者でも通報なんて事態には至らないだろう。もう私は開き直って、まるで待ち合わせでもしているかのように家の前で待つポーズをすることにした。…そう見えますように、祈りながら。


「理恵さん、悪いけど今日は先に行っててくれる?」

「え~?折角学校まで見送りしてあげようと思ったのにぃ」

「うん、ごめんね。ちょっと忘れ物」

「待ってるよー?」

「えっと、宿題だから。終わらせてから行こうかなって」


 私の視界の外で、何やら制服少年が微妙に苦しい言い訳をしているようだ。しかし、お姉さんはその少年の殊勝な態度に心打たれたようで、「わかった、また連絡する~」と歩いて行ってしまった。私の前を通りすぎるときに、ふわっと優しい香水のかおりがする。大人できれいなお姉さんですね。


 カンカン、と安アパートの階段を歩く足音がして、どうやら少年は部屋へ戻ったようだ。


「ねえ」


 と、思ったら。視界に入らないところから話しかけられて、思わずびくっと肩を震わせてしまう。


「なにその格好?すみれさん」


 自分の名前を呼ばれてさらにびっくりしてしまう。そっと振り向くと、天使のように整った顔を惜しげもなく不機嫌そうに歪めた少年が、真っ直ぐ私を見つめていた。あら、さっきのお姉さんに対する態度と何か違う。


「えっと…勇斗くん?」


 名前を呼ぶと、勇斗くんはぴくりと片眉を上げた。否定はない。合っているみたいだ。こんな天使みたいな子そうそういないもの。え?でも待って。勇斗くんって、確かまだ小学生……。


「……なんか、大きくなったね?」

「バカじゃないの」

「えっ」


 探した言葉はバッサリと斬られた。


「3年間もどこで何してたの」 


 怒ったような勇斗くんの言葉で、私は足元が崩れたかのような錯覚に陥った。








「あ、ありがとう」


 家に入る鍵もなければ、お金もない私は、中学生である勇斗くんにタカっていた。いや、流れ的にそうなってしまっただけで、勇斗くんが「いいから」とキレ気味にいう強引さに負けてしまったからだとか、不本意であることは記しておきたい。

 勇斗くんが自販機で買ってきてくれた紅茶を受け取って、二人してアパートの階段に腰を下ろした。

 3年の月日というのは、成長期の人間をここまで変えてしまうんだなぁ。勇斗くんの背は、すっかり私と同じくらいになっていて、もう数か月ですぐに越されてしまうんじゃないかというくらいだ。背の順も前から数えた方が早いくらいだったのに。ただ、ひょろっとした体は前よりもしっかりしている。前よりいい物を食べているのかもしれない。


「さっきの人はお母さんの知り合い?」


 きっとあの人がいい物を食べさせてくれているのだろう。お母さんに頼まれてかな、と思い立って聞いてみる。

 …勇斗くん、そのものすごく険しい顔は似合わないからやめたほうがいいよ。


「母親なんて、もう一年以上会ってない」


 そして心底嫌そうにその言葉を吐き捨てた。


「あれがクズってのは、すみれさんもわかってるだろ?」


 本人の前で肯定しづらいところではあるが、あまり良い母親とは言えない…。勇斗くんのお母さんを思い出して、私は言葉につまってしまった。

 前から育児放棄気味で、家に帰ることが少なかった勇斗くんのお母さん。勇斗くん以外の兄弟も実は施設や他の家に何人もいるらしい。みんなお父さんが違うらしくて、会ったことはないけれど。だから勇斗くんはたまに我が家でご飯を食べたり、私が幼い勇斗くんの学校の準備をしたりと手伝ってきた経緯がある。大切な弟のようなものだ。


「さっきの人はナンパで知り合ったひと。たまに飯おごってくれる」

「ナンパ!?」


 言葉につまった私に投げかけられたのは、とんだ爆弾発言だった。


「え……ちょっと待って。あのお菓子に目がなくてかわいい私の天使がナンパを……!?」

「お菓子って…何年前の話…。それ食べる物なさすぎて飢えてた時代だよね…。」

「天使のような勇斗くんにナンパなんてされたら誰だってホイホイ付いて行っちゃうでしょお!」

「………………。」

「勇斗くん、もももしやと思うけど、今さっきがた部屋から出てきたってことは…まさかさっきの方は…勇斗くんの部屋にお泊り…」

「………………。」

「ええええ、勇斗くんの貞操は!?貞操は無事なの!?」


 思わず勇斗くんの肩を鷲掴みにする。勇斗くんはハァ、とこれまた嫌そうに溜息をついて「…うるさいな」と呟いた。

 ガーーン。これはショックです。思春期です。口うるさく言われるのがとっても嫌なお年頃です。

 私は3年の月日に涙を呑みながら、そっと彼の肩から手を離した。


「別にすみれさんには関係ないし」

「う、うん。そうだよね。ごめん。ナンパから始まる恋もあるよね。」

「…そんなんじゃないけど」

「ううん…大丈夫、みなまで言わなくても。最近の子はマセてるのね。」


 ふと見ると、勇斗くんの耳が赤い。しまった。また言い過ぎたかもしれない。勇斗くんの恋なら、純粋に応援してあげなきゃいけなかったのに。


「ごめんね、ちょっと勇斗くんからしたら年上すぎかな?って思って私びっくりしちゃって…!私より年上っぽかったもんね!」

「え?」

「ちがうの?」

「…二十歳って言ってたけど」

「そうなんだぁ。大人の女性って感じだったねぇ」

「………すみれさんも、そうでしょ?」

「え?」


 思わずきょとんと隣を見ると、怪訝な表情を浮かべた勇斗くんと目が合った。


「いや、あっちの世界では半年しか経ってなくて…。」

「は?あっちの世界?」


 ここで、やっと向こうの世界とこちらで時間の経過が違っていたことに気が付く。

 向こうに行っている間は、たったの半年だったけれど。こちらの世界では3年も経っていたのだ。私のいない間に相当な時間が経っていたことに、背筋が寒くなる。

 3年間。高校は?大学受験は?二十歳。本当なら私、もう成人している歳なんだ。ふと薄汚れたローブを見下ろすが、その下の身体に3年間分の成長なんてとても感じない。向こうの半年は半年でしかなくて、こちらの世界の3年間は完全に失われてしまったんだ。

 隣の勇斗くんは、3年間分成長しているのに。私、は。


「なに、どうしたの」


 急に怖くなって震えだした私に、勇斗くんがびっくりする。


「勇斗くん、どうしよう…。」

「なに、どうしたの」

「私、浦島太郎状態だよ……。」

「……意味不明なんだけど。」


 おどけた調子で言おうとしたけれど、声の震えは止まらなかった。

 勇斗くんは、こんな話を信じてくれるのだろうか。


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