クリスマス①
「鈴木さんは、今年のクリスマスどう過ごすの?」
「ああ…っ。もうそんな時期かあ。」
帰り際、杉野くんの言葉に頭を抱えたくなった。
「ん? 時期っていうか、イヴはもう明後日だけど。」
「そう…そうなんだよねえ。」
もちろん、駅前を通って帰っているのだから、流れるクリスマスキャロルは嫌でも耳に入ってくる。そんな楽しい雰囲気に心踊らないわけがない。…自分が受験生でなければ。
「多分家族で過ごすと思う…。」
そんなに親しい友達もいないし。そもそも勇斗くんプレゼンツの勉強計画にそんなおちゃらけている時間なぞ存在しない。クリスマスなんて特別枠は計画表にあるわけがない。
それは杉野くんも同じなようで、私の言葉に頷いている。
「遊んだ分だけ損する気持ちになるよね…。オレは去年もそうだったんだけど…。」
浪人生の杉野くんは、肩を落としている。
「まあクリスマスは来年もあるから、我慢は今年で最後だと思って…。」
「そうだね。頑張らないとだね…。」
ただ、毎年行われる我が家のクリスマス会。実は、例年勇斗くんを招いているのだ。
きっかけは、一人っ子の幼い私が、いつも一人でいる勇斗くんとクリスマス会をしたいと母にお願いしたことから。
もちろん、最初の頃はうちの母が勇斗くんのお母さんに一応断って連れてきていた。だけど、だんだんと「今年もお願いできますよね?」と勇斗くんのお母さんは堂々と着飾って出掛けるようになった。そして声をかける必要もなく、当然のように勇斗くんが我が家に来る流れが毎年できあがる。
小学校へ上がる前後までの勇斗くんは、大人の事情なんて知る由もなかったので、普段は食べられないご馳走に、誕生日にも貰えないプレゼントに目を輝かせていた。それが学年が上がるにつれ、お母さんはどこへ行くのか、鈴木家に迷惑をかけているんじゃないのか、と気にするようになってしまった。
私が異世界へ行く前には、無理矢理引っ張って我が家に連れてくる羽目になるほどだった。
私がいない間の三年間は、うちの母が声をかけても、何だかんだ理由をつけて断っていたようだ。許し難い。
そんなわけで、私は勇斗くんに家族的なあったかいクリスマスを演出してあげたいのだ。
…彼女とか気になる女子がいるならば、お呼びではないところなのだけれど。
その点については、先日、クリスマスムード全開な駅前を歩いているときにさり気なく聞いてみた。
「あのさあ、俺がそんな暇あると思う?」
「え?勇斗くんってそんなに忙しいの?」
「見ての通り」
「私のお迎えしてるだけだよね!?」
「そうだよ?超忙しい」
「いや、勇斗くん…それは用事にしなくていいっていうか…。前にも言ったけど、私一人でも帰れるし…。」
「寄り道するからダメ」
「しないよ!」
「はあ、すみれさんってひどいね。普通、人の好意をそうやって無碍にする?」
「えええ…。私は勇斗くんの青春を心配して………」
「そういうのはお節介って言うんじゃない?」
「そうかな!?」
「うん、そう。俺が何しようが俺の青春は自由だ」
「う……。そう言われると…。とりあえず、そういう相手はいないから私で時間潰してるってこと?」
「………うん、もういいよそれで。」
最後には呆れた感じで投げやりな勇斗くんだった。「だめだこいつ」的な雰囲気を出すのは、姉としては本当にやめてほしい。浮いた話がない自分への、照れ隠しかな?あまり突っ込んでほしくない話題だったのかも。
ただ、わかったのは勇斗くんには予定はなさそうで、誘えば来てくれそうなことだ。
「勇斗くんに何かあげたいんだけどなあ…。」
ふと零した私の言葉に、隣にいた杉野くんが少し驚いた。
「家族のクリスマス会に呼ぶの?」
「うん、そうなの。毎年呼んでたから。」
「…そっか、いいなあ。羨ましいよ。」
「杉野くんも、家族とするんじゃないの?」
「ああ、うん。するよ。……家族、か。壁は高そうだなあ。」
杉野くんの最後の呟きが引っかかる。
「壁?」
「いや、弟くん。大変だなって。」
私が聞き返すと、杉野くんは曖昧に微笑んだ。自分の家族じゃないから、ということだろうか。確かに、成長した勇斗くんにとっては、我が家に来るのも気まずいかもしれない…。
杉野くんは私の沈黙に、慌てたように「まあ、何あげても弟くんは喜ぶと思うよ」と言ってくれる。
そう、そうだ。プレゼント!私はひとまずクリスマス会のことを置いておくことにした。
「喜んでくれる…の前にね、杉野くん!」
「うん、どうした!」
「プレゼントを買うタイミングがないんだ…!」
「…なるほど!」
杉野くんは一瞬で私の言いたいことをわかってくれた。
タイミング。私の自由時間は限りなく短い。唯一自由に動けるのは予備校へと出掛けるときだが、出掛ける時間までは勉強の予定がつまっている。予備校の終わる時間には、勇斗くんが迎えに来るので寄り道はできない。
つまり、勇斗くんにバレずプレゼントを用意することは不可能なのだ…!
「もう本人に欲しい物聞いて一緒に買いに行けば?」
「ほんとはサプライズが良かったんだけど…仕方ないかあ」
「じゃサプライズはまた来年、ね。」
「うん、今日は早速何か欲しい物ないか聞いてみる!」
意気込む私に、杉野くんは穏やかに微笑んだ。
「来年、サプライズするならオレも手伝うよ。」
私は彼を見上げる。
今年度、どちらか、あるいは両方か、志望校に合格すれば、杉野くんとはもう会うことはなくなるだろう。
今の言葉は、進む道が違っても、連絡をとってもいいということだろうか。
「ありがとう、杉野くん。お願いするね。」
自然に笑顔になった私を眩しそうに見て、杉野くんは嬉しそうに微笑んだ。
杉野くんと予備校の出口を出たところで、いつものように勇斗くんが立っていた。今日も寒さで鼻の頭を赤くしている。
「勇斗くん、待った?」
「待った。」
勇斗くんは率直だ。私はいつものように、手にしたマフラーでぐるぐる巻きにしてあげた。毛糸の中に顔をうずめて、勇斗くんは暖かそうに目を細めた。
「お待たせ弟くん。」
「弟じゃない。」
杉野くんの挨拶に、覇気のない声で返事をする勇斗くん。この前はあんなに杉野くんに突っかかっていったのに、最近会ってもこの調子だ。意外に人見知りだったのかな?
「早く行けば?何で俺らに付いてくんの?」
三人で歩き出したところで、勇斗くんは杉野くんを見もしないで言った。
人見知りは継続中みたいだ…!
「こら、勇斗くん!」
「いやあ、クリスマスだね。」
「は? だから何?」
杉野くんは気にとめた風もなく、イルミネーションに飾られた商店街に目をやる。
「ねえ鈴木さん。何か欲しい物ある?」
「えっ、私?」
杉野くんの唐突な問いかけに、横で勇斗くんが「はあ!?」と声を荒げている。
「ほら、勉強頑張ってるけどさ~クリスマスもどうせ勉強だし。何かご褒美欲しいじゃん?せめての慰みにオレとプレゼント交換しない?」
「う、うん。それはいいけど…。」
「良くない。浪人生は浪人生らしく大人しく勉強してろ。浮かれたこと言ってんな。」
「あれれ、弟くん。もしかして羨ましい?」
「誰が……!」
はっ!ここで私は杉野くんからのアイコンタクトを受け、気がついた。この流れで勇斗くんに欲しい物を聞けということですね!
「勇斗くん、いいじゃん!私ともプレゼント交換しよう!」
「は、はああ?すみれさんまで、な、何言ってんの」
珍しくしどろもどろになる勇斗くん。その慌てた顔はなかなか見れないレアショットである。
「交換なんて…俺出来ないから。何も…。」
お金の面を心配しているのだろうか。しかし、これならあげる分には大丈夫そうだ。ナイス杉野くん。
「勇斗くんからは愛でいいよ、愛!私への愛!体で払ってもらおうか!」
「え」
肩叩き券とか、お手伝い券とか、そういうのでいいよ!そう思って勇斗くんに笑いかけると、一瞬真剣な思案顔で固まった。
「ちょっ、鈴木さん。それは青少年の精神衛生上よろしくないからやめよう。」
「え?えっと、肩叩き券とかでいいんだけど…。」
「ああ、そういう………。」
「何言ってんだ変態…。頭湧いてんじゃねえの。」
「ええ? だって弟くん、今なに考えた?」
「………………………………。」
あれ。なんか二人の間に火花が見える。バチバチっと。…気のせいかな!?
「あの、じゃあほっぺぷにぷにさせて欲しい。」
「イヤだ。」
「頭なでなでしてもいい?」
「…イヤだ。」
「抱きしめさせてもらっても?」
「すみれさん、俺をいくつだと思っているわけ…?」
ううむ。私が異世界に行く前には普通にやらせてくれていたのに。いや、普通っていうか、さすがに5年生になってやっているのは確かに嫌そうな、嬉しそうな、もどかしい表情を浮かべていたような気もするけど…。
とにかく完全拒否されるようになってしまうという三年の月日って無情だ。かわいい勇斗くんの温もりを感じられない私は欲求不満である。とは言っても、私の発言でいつものように不機嫌になった勇斗くんを前にしては、欲求が通ることがないのは明白である。
私の悪いところは、勇斗くんを10歳のまま感じているところなのだろう。
それから三人で商店街を歩いて、駅に着くまでにそれぞれのプレゼントを考えて購入した。
私は杉野くんに、勉強中にも使えそうなマグカップを。杉野くんは、私にいい匂いのするサシェとハンカチを。私は勇斗くんに、寒さに凍えなくて済むように、手袋を買ってあげることにした。
お互いにプレゼントの内容はわかっているのだけれど、折角ということで、3日後のクリスマス当日に渡すことになった。
別れ際、私は杉野くんにこっそりお礼を言った。
「杉野くん、ナイスアイディアだよ。今日はありがとう!」
禁止されていた寄り道を、勇斗くん公認でできたのだから。今日ロスした時間は、この後寝るまでに取り戻さなければいけないけれど。
いつもの穏やかな笑みを浮かべて、杉野くんも小さな声で言った。
「いやいや、オレも役得。鈴木さんありがとう。またね。」
クリスマス気分を味わえるからかな、杉野くんも喜んでくれているみたいだ。
杉野くんに感謝しながら、彼と別れて勇斗くんと二人、歩き出した。
帰り道は、勇斗くんは全然口を開かなかった。
交換のプレゼントのこと、考えているのかな。その点は逆に困らせてしまったかもしれない。
念のため私は伝えておくことにした。
「勇斗くん、私へのプレゼントはほっぺぷにぷに券でいいからね。」
「絶対にイヤだ。」