出会い -はじまり-
「…たまには、こんな役得も悪くないかなぁ。」
とある日の昼過ぎ。僕は今、勝手知らぬ土地を走る電車に揺られている。
海岸沿いを走っているからか、車窓からは美しい海が見える。故郷に海はないから新鮮で気持ちが良い。
「窓から顔を出してみたらもっと気持ちいいのかもしれないけど、さすがに無理かな?」
この幸せ気分の中、少しばかり頬を緩ませてみる。
のんびりとした空気の中、僕は少しばかり眠っていたようだった。
眠る前はぽつぽつ人がいたような気もするが、今では僕たち以外のお客は居ない。
何気ない風景に僕は何故幸せを感じているのか?
…そう、気が付けば、隣に可憐な少女?が座っていた。
彼女は目を瞑っているから寝ているようだ。僕の肩を枕にしながら。
「まさか旅行先で、こんな美味しいシチュエーションに出会えるとは…ね。」
そう、僕は故郷から少し離れたこの地を旅行中なのである。
普段は故郷の役所で働く、いたって普通の公務員。毎日働いては寝る、働いては寝るの生活。
そんな面白みもない日常に対する気晴らしとして計画した2泊3日のプチ旅行。
今は初日の移動中なのだが、こんな嬉しいハプニングに遭遇中というわけだ。
ふと、隣で眠る少女をちらっと見てみる。
弱めの癖が付いたセミロングの黒髪が目立ち、全体的にふんわりとしたイメージを抱かせる少女だ。
少女…と言える歳かはわからないが、可愛らしいパーカーを着ているから幼く見える気もする。
可愛らしい花の髪飾りをしており、椅子の上に雑に置かれている彼女の持ち物であろう鞄もシンプルながらも可愛いデザインだ。
とにかく…
「可愛い娘だなぁ。」
この一言に尽きる。
美しいというよりも可愛いといった方が似合う女性だ。だから少女と言ってしまったのかもしれない。
ほんのりと感じる甘い香り。
僕はあまり女性との付き合いがないからわからないが、これが女性特有の香りというものなのだろうか?
そんないい気分を味わいながら、僕の旅行は続いていった…。
こんな状況になっていることに気づいてから数分。
ふと考え直してみると、おかしなことが何点かあるように感じた。
「満員電車とかならわかるが、こんなに空いている中、何故僕の隣にわざわざ座ったんだ?」
他にも、見た感じ清楚な女性なのに鞄が乱雑に置かれていることにも疑問を感じる。
とは言えども退かすことも出来ず、そのままなわけなのだが…
「…んぅ。」
透き通るような可愛らしい声が聞こえた。彼女の寝息だろうか。
もしかしたら起きるかとも思い、彼女の事をまじまじと見てみる。
「…ん?」
何かがおかしい事に気が付いた。彼女は汗だくだったのだ。
時期は春。それほど暑くもない時期にこの汗の量は尋常ではない。
それに何やら冷や汗というのか、あまり良くなさそうな雰囲気だ。
「…んんっ。」
よく耳を澄ましてみれば、寝息だと思っていた彼女の声も少しばかり苦しそうにも思える。
…つまりだ。いろいろと噛み合ってきた。
おそらく彼女はこの電車に乗った時点で体調が良くなかったのだろう。
力尽きるような形で偶然僕の隣の席に座りこむ。そしてそのままお休み…と。
「…だとすると、どうするかなぁ。」
さすがに調子の悪そうな女の子を放っておくのは目覚めが悪い。
かと言って、何が出来るかと言われれば特に思いつかない。
そんなこんなで悩んでいた僕だったが、本能がそうさせたのか、彼女が寝言のように弱弱しい声で呟いた。
「…の。」
「の?」
「の、飲み物………下さい…です…。」
「あー…。」
目的地ではなかったが、彼女を背負って次の駅で途中下車。
早くも僕のプチ旅行、計画破綻の予感あり。