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この世に神はいない  作者: YOGOSI
一話
3/6

この世に愛はないⅢ

「ちょっと!」


 柄にもなく大声を出した。


 しかし、彼は気づいていないのか、それとも無視しているのか。そのままドアのロックを解除して、中に入ってしまう。


「マジ……?」


 何かをやるような人間だとは思えないが、そんな人間が私を買ってきたのだという事実がある。何が起こるかわからない。火種は極力消したかった。


 どうにかして入れないものかと周囲を伺ってみる。裏にも入口らしきものはあったが、カードキーのようなものがないと開かないようだ。


「連絡先とか誰も知らないし。どうしよ――」


 明日まで待てばいい気もするが、明日になれば手遅れのような気もする。私の焦りはピークだった。


「あんた、恭一くんの学校の人かい?」


 周囲を掃除していたおばあさんが私に尋ねる。


「きょう……?」


 堤恭一つつみ きょういち


 そう言えば、そんな名前だったかもしれない。


「はい、えっと、彼、忘れ物しちゃって。ここまできたんですけど、オートロックで、部屋番号も、電話番号も知らないんで」


「そうかい。なら届けてやんな。恭一くんの部屋は507号室だよ」


 おばあさんは管理人なのかなんなのか、懐から鍵を出して裏の扉を開けてくれた。


「しかしべっぴんさんだね。恭一くんの彼女?」


「いえ、そういうわけでは……」


「あんなことになって、恭一くんも変わってしまってねぇ」


「あんなこと、って?」


 おばあさんは露骨に、しまった、という顔をした。


「まあ、後は本人から聞いとくれ。そこ曲がったらエレベーターあるから」


 一応、おばあさんに頭を下げてエレベーターに向かう。


 あんなこと。


 堤恭一に、何があったのか。


 何かがあったからこそ、今ああなのか。


 脳の中身は、援助交際のことを口止めする要素の一つだと捉えているようだったが、心は否定しているような浮ついた心地で、目的の部屋番号を目指した。


 ここまで来たら後に引けないということだけは確かだった。


 507号室。一フロアに部屋は七つしかなく、広さ、立地。どちらも賃貸ながら中々にいいアパートのようだ。


「もしかしたら金持ち?」


 そう考えるに連れて、心が軽くなってくる自分に気付く。


 金を持った男というのは、大抵金でなんでもできると思っている。若いなら尚更、金は私たちを縛る。


 女ももちろんそうだし、私だってそうだ。高校生で皆、気付く。


 世の中は、愛より夢より、結局『金』なのだ。


 そんな決意をしながらも、目的地前に到着。507号室。


 どうする。


 弱腰で行くのは不味い。弱みを見られても、強気で。上から。


 相手はクラスメイトの男子だが、きっと童貞だ。どうにかなる。そう、どうにかなる。


 自分に言い聞かせ、インターフォンを押す。


 暫くしても、返事はない。


「……まあ、基本的に最初は下で色々やるし、怪しいよねぇ」


 唐突に訪問してくるのはNHKの人と、宗教勧誘だけだ。


 それでもめげずにインターホンを押す。


「……誰?」 


 がちゃり、と重々しく扉が開く。チェーンを忘れずにつけている。用心深

い。


「あたしあたし。同じクラスの長谷部」


「ああ……」


 何か納得したような声。自己紹介をしても、チェーンを外す気配は無かった。


「堤くん、さっきのあれ、見たよね。あれさー、私、ばらされると困っちゃうわけ」


「だろうな」


 彼は当然だろう、という風に答えた。


「それで追ってきたの?別に長谷部さんが誰と援交しようと俺には関係ないし。俺も別に誰かに言う気ないから」


 じゃ、と言って、一方的にドアを閉められてしまった。


「え、ちょ、ちょっと!」


 そんな言葉を信用できないからここまできたのだ。


 インターホンを連打し、ドアを叩く。


「……んだよ」


 かなり迷惑そうな顔つきで、ドアを開ける彼。私は素早く、ドアの隙間に足を突っ込んだ。


「ほら、口約束って不安だからさ。それに、ここの管理人さんに、堤くんのこと、色々聞いちゃって」


 私が彼について知っていることは、多くない。


 だが、彼もまた、何か事情がある人間だということだけは、理解できる。


「道理で……。あの人、結構おせっかいなんだよね」


 私の足を払いのけようとする彼の足に、抵抗する。


「だからさ、ちょっと入れてくれない?ゆっくりとさ、お話、しようよ」


「別に誰にも言わないって言ったろ。それに、クラスで話すやつなんていねーし」


「今の時代、ネットとかも怖いんだよねぇ。噂とか立つと、やりにくくなるしさぁ」


 扉を開けるか閉めるかの応酬は、私が完全に有利だった。彼も、私が女であるということを理由に、扉を無理やり閉めることができないでいた。更に言えば、私は結構な時間までこの玄関の前で粘ることもできる。


「私、あんなことやってるじゃない?だからさ、夜十時くらいまではここで粘れるんだよねぇ」


 そう言うと、彼は折れたように扉を閉める力を解いた。


「わかった、わかったよ。チェーン解くから、足どけろ」


 はーい、と媚びた声で言うと、扉が一度締まり、そしてまた開く。

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