この世に愛はないⅡ
私は身体を売る。男が身体を買う。
女に生まれ落ちた時からできる、商売。
勿論、違法だって言うのは分かっている。でも、私にはお金がいる。
安く売っているつもりはない。安くても五万から、気のいい客は十数万とか、平気で捨てるように渡してくる。中には性的交渉をしなくても、少額の
お金をくれるひともいる。
そう言った客との、専用のアプリケーション。
取り敢えず目標額は二百万。余裕があれば三百万。今はまだ、少ししか溜まっていないけれど。
そのお金で、私は家を出る。一人で生きる。あの忌々しい両親を捨てて。
そう思うたび、私の瞳に活力が宿る。どんな仕打ちも耐えることができる。
今しかない。今、行動を起こさなければ、永遠に変わらないのだ。
今日の客は当たりか外れか。
当たりなら普通に金を払って帰る。大当たりは報酬上乗せ。外れは何とか値切ろうとする奴。それか現金を持たないで踏み倒す気でくる奴。
「黒のスーツに、麻色のネクタイ、ね」
アプリでその容姿を確認する。
今日会う男は妻帯者らしい。つまりは浮気だ。
妻帯者はいい客であることが多い。下手に揉め事を起こせないし、いざとなったら強気に出ることができる。
更に言えば、奥さんがいるのにこういうのに手を出すのは基本的に弱い男である。
逆に危険なのは、金払いのいいおっさん。報酬はいいのだが、大抵変なところにコネを持っていたりする。厄介極まりない。実際どうなるのかわからないが、弁護士や警察にコネがあると言われると、不安になってしまうのも確か。
私は別に風俗に行きたいわけではないし、快楽が欲しいわけでもない。ただただ、金が欲しいだけ。
今回の客を発見。周囲を見定める。人気は多い方が実は怪しまれない。オヤジならともかく、まだ若いサラリーマンなら彼氏でもなんとでも言い訳はつく。
だから、今回は制服から着替えなかった。制服っていうのはやっぱ結構な付加価値が付くものだし。
場所も良くなかった。基本的に、目印も何もないような場所で待ち合わせる。コンビニから何個目の曲がり角、とか。言い訳がいくらでも聞くからといって、そう言った警戒を怠ったのは事実だ。
「お待たせ」
演技っぽさが無くなった、誘う声で男の腕を取る。
「ああ――」
男が格好いいかどうかは判断しない。顔を直接見ないことを心がける。
そうすると視線は必然とどこかへと向くのだが、その先にあるものを私は捉えていた
「――」
血の気が引く音がした。
見たことのある格好。同じ制服。クラスメイトの男子。確か、名前は堤、なんとかといったはずだ。
男の腕を胸に押し当てている私の姿を、彼は感情のないような瞳で目に焼き付けているようだった。
そして、彼は興味を失ったような表情で、私から目を背けた。
「どうかした?」
どうしよう?
学校にバラされたら退学?それ以前に、親に――。それは不味い。それだけは嫌だ。
「ごめん!今日は無し!」
恐怖に駆られたわけではない。ただ、私がこんなことをしていると広まるのは、絶対に避けなければならない
私は走る。これが女なら厄介だった。だが、男ならまだなんとかなる――。
走りながら私はそう思っていた。
身体を売ることに、もう抵抗はなかった。お金だけが私を満たしていたのだ。
「歩くのはっや!」
雑踏に紛れる彼の後ろ姿をなんとか追うと同時に、彼の印象を思い出す。
誰とも話したことはない。話すこともない。
ただ淡々と、学校に来て、帰る。
根暗。顔はいい。生理的に受け付けない。ノリ悪い。でも顔はいい。
女子の間ではそんな評価だったはずだ。
何処をどう走っただろうか。私はいつの間にか、マンションやアパートが立ち並ぶ地区に来ていた。
大きなアパートの、オートロックの鍵を解除しようとしている姿を、私は見逃さなかった。