第97話 覚醒へ
魔装高の生徒会執行部、それの役員というのは、かなりの重役である。
魔装法が教育に取り入れられた時点で、それに関する技術も求められた。生徒会役員は、それを持ち合わせ、しかも頭のきれる人物であるべきなのだ。
もちろん例外として、とても頭が良く、普通に執行部の仕事が出来る人材なら、選ばれるだろう。
陽毬さん――鷹宮 陽毬は、例外タイプだと思っていた。
◇
「陽毬さんって……強いんですか?」
率直な疑問を口にしてしまい、少し慌てる。
陽毬さんも、大袈裟にずっこける仕草をした。
「おいおい……その質問はないだろ~」
苦笑いしながら、俺と向き合った。
「これでも、先代副会長さ。白也の後ろに立つのに、弱いんじゃ話にならないよ」
「……!」
白也……兄さん、か……。
「……分かりました……全力で戦りますよ?」
「はっはっは! 随分と舐められたもんだね~」
拳銃を抜いて、身構える。
対して……陽毬さんは、なんの動きも見せない。
「始め」
隅に座り込んだ羽雪さんが、どうでも良さそうに言い放つ。
同時に、俺は陽毬さんに銃口を向け、引き金を引く。
「……あ?」
つい、そんな声が出てしまった。
銃弾が……発射されない?
「駄目だよ~銃の整備はしておかないと~」
「!」
間延びした声が、すぐ耳元で聞こえた。
それと同時に、俺の体が大きく後ろへ傾く。
後頭部を強く打ち付け、痛みに顔をしかめる。
「全く……予想外の事態に、すぐに対応できないのか?」
羽雪さんのボヤきが聞こえ、なんとか立ち上がる。
側に立つ陽毬さんから距離を取り、パラをすぐにチェックする。
「……湿気ってる……?」
触ると濡れるぐらい、湿っている。
「今の銃は防水だからね。守られてる部分を濡らさせてもらったよ」
陽毬さんはそう言って、銃を取り出した。
「どういう事ですか?」
「あはは~敵に回答を求めるというのは、感心しないな~。でも、教えたげるよ。私は、気候を操るのさ」
「気候?」
それは……温度とかって事なのだろうか?
「ああ、ごめん。ちょっと壮大にしすぎた。気候が与える影響を、強化したり出来るのさ」
つまり……良く言う、湿っぽい、とか、蒸し暑い、っていうのを、強くしたり出来るのか?
なんか微妙だな……。
「そう、微妙なんだよ」
俺の考えを読み取ったように、陽毬さんは微笑んだ。
「この微妙さを、戦闘でも使えるようにって考えてくれたのが、白也なんだ。つまりは、結界魔法の類だよ。このアリーナ全体に使用している」
それでも、銃を使用できないようにした。
それはつまり……不意をつける、有利に立てる。
「部分的にも影響を変えられるんだ。だから、黒葉くんの銃だけを、使用不能にまで出来たんだ」
防水機能を突破したら、案外脆いんだよね、と笑っている。
湿らしたって言うけれど……実際、水を入れられたみたいだ。服も、微妙にしっとりしている感じで、重い。
それでも……銃が使えなくなるほど、湿気らせるなんて、普通は不可能だ。魔装法の湿気だからこそ……そして、陽毬さんの魔装力が高いからこそ――
こういう……名もない魔法は、多く存在する。使い手が少なかったり、抽象的すぎて、名付けられないのだ。
「……物は使いようって、よく言いますよね」
「ん、そうだね」
俺はパラをしまって、ナイフを抜く。
武器的には、圧倒的不利になってしまった。
それでも――
「戦闘経験からしたら、場数は多く踏んでるッ!」
俺は移動魔法で接近する。
「……そうかな?」
陽毬さんは不敵に笑うと、動じる事なく俺に銃口を向けてくる。
顔の前にナイフを持ってきて、防御魔法の準備をする。
「確かに、場数は多く踏んでると思うし、実際強いよ」
もうすぐで……ぶつかる……!
「でも、それは王道な戦い方ばかりで……私のような、トリッキーには、向いてない」
銃声と共に……俺の体が、壁に叩きつけられる。
つまり……6メートルほど、飛ばされたのだ。
「爆発……魔法……!」
込み上げてくる血を吐き出し、俺はなんとか立ち上がる。
規模も威力も、凄まじい。
そういえば……前に、陽愛と青奈と一緒に、映画を観に行った。
その日の朝に、地面にクレーターをつけた陽毬さんを見つけたのだ。
この……爆発魔法か……!
しかも、それだけではなかった。
「こ、れは……」
「ごめんね~そういうのが、得意なんだ」
俺の体には、糸のようなのが絡み付いている。
爆発魔法と、並列してかけたんだろう。
さっきの気候に関する魔法などのように、こういう、特に分類もされていない魔法を、総称して特殊魔法という。
この糸も……特殊魔法の類か。
汗を拭って、糸をナイフでかき切る。
「おわ……一瞬で切るなんて、さすがだね」
驚く陽毬さんに、俺は再び移動魔法で近寄る。
今度は……もう、気が抜けないない事を、分かっている。
連続で放たれる、爆発魔法を帯びた銃弾を、風魔法の急変化の移動を混ぜて避ける。
「ハアッ!」
宙返りをして、陽毬さんの頭上を越え、後ろからナイフを振り抜く。
対応も早く、振り返った陽毬さんが、おそらく防御魔法を張ったであろう、服の袖でそれを払ってくる。
「くッ……!」
左に傾いた姿勢から、横に一回転する。そこから、左脚で回し蹴りを放つ。
それを更に右腕で防がれ、反動で俺は体勢を崩す。そこに、陽毬さんの銃弾が飛び込んできて、後ろに仰け反ってしまった。更に蹴りが続くが、なんとか、バク転で躱した。
「ひゅう~バク転なんて、生で初めて見たよ~」
気の抜けた調子で、陽毬さんは口笛を吹く。
俺は息を整えながら、汗を拭ってナイフを構え直す。
「ウアァッ!」
短く息を吐き、詰め寄って、ナイフを突き出す。
上手くいなされたが、そのまま、俺は横に一回転して左拳を叩き込む。
「……っ!」
服の左肩部分に移動魔法を施したので、予想以上のスピードだったのだろう。陽毬さんが、少しだけ焦ったようにそれを右上腕で防ぐ。
その一瞬の焦り、隙を狙い、俺は右脚で蹴りを放つ。
移動魔法ではなく……風魔法を使い、速さよりも強さを意識した攻撃で打つ。
「おおっと!」
さすがに危険だと思ったのか、陽毬さんは華麗にターンをしてそれを避け、大きく後ろに下がった。
そして、俺に銃口を向け、引き金を引く。
俺は防御魔法、そして、風の属性防御魔法を張った。
爆発の威力を減少し……爆風も、属性防御魔法の力で緩和した。
なんとか持ち堪え、踏みとどまる。
ナイフの鋒を向け、そこから、雷撃を浴びせる。
「ほおっ!?」
これは予想外だったらしく、慌てた様子だったが……移動魔法で避けられた。
それを追うように、俺は移動魔法をかけた速度で動く。
雷魔法をナイフに纏わせ、下から上へ、斬り上げる。
「おりゃあああッ!」
「!!」
両腕を組んでガードされたが……それでも、後方に吹き飛ばすほどの効果はあった。
陽毬さんは立ち上がりながら、意味ありげに笑いかけてきた。
「なんか……気付かない?」
「……え?」
「汗、かかないかい?」
「――ッ!」
そう言えば……さっきから、妙に汗をかくとは思っていた……でも、それは季節が変わってきて……。
!?
「も、しかして……」
「その通り! 私が、気候の魔法で、発汗させてるんだよ」
そうだった……その魔法なら、確かに出来る。
銃を使わなくさせるだけで、もう、解いたと思っていた……。
「さっきから、結構激しく動いてるよねえ? 属性魔法も、積極的に使っている……脱水症状とか、気を付けた方が良いよ?」
「――!」
トリッキー……か。なるほどな。
さっきから、真面目に戦ってると思いきや……時間稼ぎって事だったのか。
自称するだけ、ある。
「なら……早いとこ、決着つけましょう」
「おいおい、焦るなよ若いの。人生は長いぜ?」
俺は移動魔法で詰め寄って、勢いのまま、跳躍する。
「お……?」
驚く陽毬さんに、俺は風魔法を使って、落下速度を上げた両脚蹴りを放つ。
「ネタバレしたからには、まともに戦うのはパスって感じかな」
そう言うと、陽毬さんの周りに霧が漂い始めた。
緻密な気候変化……こんな事まで出来るのか。いや、それとも……。
バアンッ! 盛大な音と共に、俺の両脚は床を蹴った。
反動でくる痛みを堪え、瞬時に飛び退く。
「良いと思うよ? 1年でその力は……よっぽどの、経験の上に成り立っているんだろうね」
陽毬さんの声で、慌てて振り向く。
「でもさ……それじゃ、足りないんだよ。まだ、上げてかないと、ね」
一瞬だけ、スローモーションで映る視界に……6発の銃弾が見え……全てが、大爆発を起こした。
◇
『お前では、足りない』
いつかの声が聞こえ、俺は拳を握り締める。
「足り……ない? 何がなんだよ……! 意味が分からない! 何をすれば良い!?」
暗闇に叫ぶ俺に、声は嘲笑うように続けた。
『分からないだろうな、お前には。無意識なのだから』
「無意識……? じゃあ、どうすりゃ良いんだよ!」
分からない……何をすれば、限界を超えられる?
どうすりゃ、今以上に強くなれる……?
羽雪さんとの戦いで、魔装力は上がったし、基礎訓練も出来た。何かの力も、垣間見た。
でも……足りないって……何がなんだ!?
『気付かないか? 命や、仲間を懸けた戦いで、お前はしぶとく勝ってきた。それなのに、訓練とやらでは、その強さが活かされない。それじゃあ、駄目なんだよなあ……』
「……?」
何が言いたいんだ、この声の主は。
『お前には、前にも言った、貪欲さが足りない。決意は分かった。しかし、それに付いてくる、明確な意志がない。勝つ事と、強くなる事は違うぞ?』
「それじゃあ……どうしろってんだ……?」
『簡単だ』
馬鹿にしたような口調になり、声が迫ってくるような気がした。
『一度、委ねてみろ』
◆
「気絶……しちゃった?」
私が近寄って確認すると、黒葉くんは見事に気絶している。
「そうらしい。とりあえず、介抱しようか。よろしく、陽毬」
羽雪さんも、重い腰を上げてくる。
「あの……羽雪さん。本当に、ここまでしちゃっても……?」
「良いよ。そうじゃなきゃ、進化なんて――」
羽雪さんの言葉が途切れた。
アリーナの扉が開き、そこから、数名の生徒が入って来た。
一人は……確か、桃香ちゃん。もう一人は、話に聞いてたのと一致するから……多分、瑠海ちゃん。もう一人は男子生徒……ああ、確か、悠くんだ。
そして……陽愛。
「あれ? どしたの?」
私が訊くと、4人は唖然とした。
一番最初に口を開いたのは、陽愛だ。
「お、お姉ちゃん!? ど、どうしてここに!?」
「ん、ヤッホー、陽愛い~」
私が片手を挙げると、他の3人も驚いた顔をした。
様々な反応だったが……対応する前に、羽雪さんの声で遮られた。
「白城……くん?」
全員の視線が、倒れている黒葉くんに向けられる。
いや、これは――
呆然とする全員の前で、黒葉くんが上半身を起こす。
全身に、赤々と燃える、炎を纏わせて。




