第95話 不穏
駅近商店街での近所迷惑な騒動は、陽愛の登場によって収まった。
「……それで……なんで、こうなってんの?」
ため息をつきながら、俺は額を押さえた。
あの後――桃香と瑠海に、陽愛が簡単な、俺と小鈴ちゃんの関係について説明をした。
そこで納得してくれた二人だったが……俺の家に行ってもいいでしょうか、という小鈴ちゃんの言葉を聞き、一緒に来ると言ってきかなかった。
そこで、陽愛も来る事になり……俺の家に、陽愛、桃香、瑠海、小鈴ちゃんの、四人が集まってしまった。
「まあ……飯、食ってくか?」
俺が訊くと、全員が無言で頷いた。なぜか、神妙な顔だ。
いや、小鈴ちゃんには話があるらしく……しかも、重要な話らしいのだが、他の三人が深刻そうな表情をする意味が分からない。
リビングの、ソファの前にあるテーブルを囲んで、四人が向かい合っている。
なんか、どうしようもないし……途中ではあったが、買い物はしていたため、とりあえず台所へ向かう。
仕方なし……修学旅行が夏休み直前に控えている青奈は、その準備やら何やらで忙しいらしい。それでも、もうすぐ帰ってくるだろうから、飯の準備はしておかないと。
もう一度、背後を見遣ってから……再びため息をついて、俺は夕食作りに取り掛かった。
◆
「ただいま~」
玄関の扉を開け、中に入ると、見憶えのない靴が四足あった。一つだけ、極端に小さい。
「あれ……お客さん? お兄ちゃ~ん?」
靴を脱ぎながら呼ぶと、お兄ちゃんが疲れた顔現れた。
「おう……青奈……お帰り……」
「ど、どうしたの……? なんか、すごい疲れてるっぽいけど……」
さすがに心配になる。
何かあったんだろうか……この前、事件に巻き込まれたばっかだし……。
「あ、お帰り~青奈ちゃん」
「え……? ひ、陽愛さん!?」
突然の声に驚いた。
お兄ちゃんの同級生の、鷹宮陽愛さんだ。
「あ……黒葉くんの、妹さん……? お、お邪魔してます……」
「あ、青奈ちゃんか~! どうも~」
「え、と……お邪魔してます、青奈さん」
次々と挨拶してくる。
最後って……小学生くらいだろう……お兄ちゃん、大丈夫だよね……?
よく分からない集まりに戸惑っていると、視界の端で小さく、お兄ちゃんがため息をついた。
◆
「あ、私のことは、お義姉さん、って呼んでいいよ~」
「呼ばせるか、てか、呼ばせるな」
瑠海のおふざけ発言に、俺は軽くツッコミを入れる。
青奈も帰って来て、いよいよ家の中が騒がしくなった。
今日は、人が多くても大丈夫なように、カレーを作ったのだが……既に、尽き気味である。
まあ、青奈はすぐに仲良くなれたっぽいし、問題はないのだが。
「それで、みなさんはなんで集まってるんですか?」
多分、特に深い理由もなく、青奈が訊く。
全員が黙りこくる。
数秒後、陽愛と桃香と瑠海が、同時に声を上げる。
「「「なんで集まってるの!?」」」
「俺の台詞だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
絶叫した。仕方なし。
少し落ち着いてから、あることを思い出した。
「小鈴ちゃん。話があるんじゃなかったっけ?」
すると、緩んでいた小鈴ちゃんの表情が、一気に引き締まった。
みんなが注目する中、小鈴ちゃんは重く口を開いた。
「はい……重要なことが……。でも、その……」
歯切れ悪く、もぞもぞと言葉を発する。
俺が首を傾げると、小鈴ちゃんの視線が、チラッと陽愛たちの方を向いた。
「……じゃあ、俺の部屋に来るか?」
「……! は、はい!」
気を利かせて言うと、小鈴ちゃんが頷いた。
しかし、他の四人が、一斉にざわつく。
「え……や……それって……二人だけじゃないと、駄目……?」
「そ、その……あまり、良くないって言うか……」
「ほ、ほらさ……小鈴ちゃんの……貞操が……」
「お、お兄ちゃん……それはさすがに……」
「おい、待て。瑠海だけちょっと待て」
狼狽える小鈴ちゃんを誘導し、俺は二階へ向かう。
「……私だって、入ったことないのに……」
「……ず、ずるいなぁ……」
「つ、遂に、黒葉の毒牙が――!」
「……お兄ちゃんって……ちっちゃい方が、好き……なのかな……」
背後から、何やらブツブツ言う声と、瑠海の失礼な言葉が聞こえたが……全て無視した。
◇
「それで?」
とりあえず、小鈴ちゃんをベッドに座らせ、俺は椅子に座って向かい合う。
緊張してなのか、ほんのり頬を赤くした小鈴ちゃんが、口を開いた。
「お、お願いします……! 登吾さんを、助けて下さい!」
「は、は……?」
一瞬、意味が分からずに固まってしまった。
「江崎……? 江崎が、どうしたってんだ?」
「それが……登吾さんだけじゃないんです!」
「ま、待ってくれ! 何があったんだよ」
興奮状態の小鈴ちゃんを、慌てて制した。
「落ち着いて説明してくれ」
「……! す、すいません……取り乱しちゃって……」
俺が、気にするな、という風に手を振ると、小鈴ちゃんは再び話し出した。
「研究所で……誰が気付いたのかは分かりません……ただ、表が、裏の存在を知ってしまったようなんです」
「……ッ! そ、それで……メンバーは?」
「今のところ、誰も拘束などはされていません。けれど、多くの研究者が疑いをかけられ、外部との連絡も取れない状況なんです。このままだと……リバースの存在も知られて――!」
俺は口元に手を当てて、考え込む。
そうは言われても、また、播摩土研究所に行って、前のように忍び込めるか分からない。忍び込めたとして、内部事情もよく知らない俺が突っ込んでいって簡単に助け出せるとも思えない。
「俺は……どうすればいい?」
「え?」
「俺は何をすれば、江崎や、リバースの面々を、助け出せる?」
困らせる質問だとは、自覚していた。
それでも、俺じゃ分からない。
しかし、意外にも、小鈴ちゃんはすぐに言ってきた。
「今、通り魔事件が多発してますよね?」
「え? あ、ああ……」
突然、三大都市で多発中の通り魔事件が出てきたので、驚いた。
てか、被害者だしな、俺。
「あれが……同一人物だというのも?」
「ああ……ハッキリとはしてないけど、おそらくそうだろうって……」
「その犯人、サーフィスと接触してるんです」
「!?」
なんで……そんな……。
「いえ、接触された、って方が正しいです。詳しくは知りませんが、サーフィスがその人物に接触した日から、通り魔事件が起こっています」
「――ッ!? それって……つまり――」
「はい。何かをされたか、話したかしたせいで、その人は通り魔事件を起こしている可能性が高いです」
まさか、こんなところで繋がる点があるとは……。
でも、何をしたって言うんだ? また……実験……?
それしかないだろうな、奴らのやることと言えば。
「捕まえて下さい。その、犯人を」
へ?
「いやいや……捕まえるって……俺が?」
無言で頷かれる。
「だって、それって……警察の仕事じゃん? 連続無差別殺傷事件の犯人だよ?」
「けれど……手がかりを得るには、その人しかいないんです……。今じゃ、警備が厳重すぎて、サーバーから情報を得ることもできません……」
「そ、そりゃそうかもしれないけれど……」
サーフィスが接触した人物――そのせいで、人を襲ってるのだとしたら、無視できない。全く、関わりがない訳じゃないし。むしろ、二重で関わってる。
それに、俺に協力してくれているというリバースを助けるためなら――
ん? 待てよ……。
「なあ……その情報って、どこから手に入ったんだ?」
「……と、登吾さんが持っていた資料を、勝手に見てしまって……」
小鈴ちゃんが怯む。
少々可哀想だが……ここは、知っておくべきだ。
「それじゃあ……その、厳戒態勢になったのって……いつから?」
「……い……いえ、一ヶ月半ほど前からです……」
そうか、と呟いて、俺は頷いた。
「それじゃあ、今日はどうするんだ? 泊まってく?」
軽い調子だったので、話は終わりだという事を、小鈴ちゃんも感じ取ったらしい。
「い、いえ……場所はあるので……。そ、それで、さっきの件は……?」
俺は目を鋭くして、小さく頷く。
「了解した。最善を尽くすよ」
小鈴ちゃんは嬉しいとも、悲しいともとれない、複雑な表情で頷き返してきた。
◇
あの後、全員が帰っていった。瑠海には、最後まで大変だったが……。
小鈴ちゃんは、本当に大丈夫です、と丁寧に断ってきた。
いや、俺がロリコンだから泊まれって言ったんじゃないぞ!? 心配だからだよ!? マジで!
心の中での弁解はさておき……。
「一ヶ月半、前……」
呟いて、俺は自室のベッドに転がる。
それは、通り魔事件が起こるかなり前のハズだ。
そんな中、サーフィスが接触したのか?
いや、ありえない話じゃない。むしろ、リバースに邪魔されない分、そっちの方がありえるだろう。
けれど……おかしい。
小鈴ちゃんがそれを知ったのは、江崎の資料を見てだと言う。
でも、通り魔事件が起きた頃は、研究所は厳戒態勢。外部との接触は出来ない。
そんな中で、江崎はどうやって資料を手に入れたんだ?
それより何より、そんな中、どうやって小鈴ちゃんは研究所の外へと出ることが出来たんだ?
「おかしい……」
何かが、おかしい。
◆
「ご苦労さま」
「…………」
白城家から少し離れた道を、長身の男と少女が歩いている。
「君のようなしっかりした子は、なかなか貴重です。純真無垢ですからね、子供っていうのは」
少女は悔しげに、唇を噛み締めている。
「大丈夫ですよ、約束は守ります」
「……本当に?」
少女が、初めて声を発する。
ええ、と男が頷く。
この男は……白城黒葉が、アブソリュウスという怪物と戦った時、陰でそれを見ていた男だった。電話で、誰かと会話をしていたようだが――
「大丈夫です。リバースの方々……もとい、江崎くんには手出しはしないですよ。それに、白城くんだって、悪いようにはしません」
「本当……ですね?」
「疑っているんですか?」
念を押す少女に、男が首を傾げる。
少女は俯き、軽く首を振った。
男は微笑んで、そうでしょう、と軽く言った。
「そうじゃなきゃ……しませんよね。恩人である、白城くんを騙すなんて」
少女はもう一度、唇を噛み締めた。




