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第94話 暗報

 

「ハアァッ!」

「っと……!」

 振り下ろされた品沼のナイフを、防御魔法を施したナイフで受け止める。

 すぐに飛び退くと、さっきまで俺がいた場所を、鉛玉が通過していった。

 体を(よじ)って、銃口を駒井に向ける。

 それと同時に、俺の足元にナイフが三本突き刺さる。投擲向け……投げナイフだ。

「チッ……!」

 舌打ちして、跳び上がる。そんな俺を追いかけるように、植物の蔦が投げナイフから伸び始め、足を捉えようとしてくる。

 拳銃(パラ)を三点バーストに切り替え、蔦を弾き飛ばす。

「精密だよね……でも、それだけじゃ無理って、分かるよね?」

 何やら厳しそうに、品沼が俺を見据えてくる。

 雷を纏った銃弾が飛んでくるのを、空中で、風魔法を使う事で躱す。不規則に揺れながら、銃弾を躱し続けた。

 着地してから、品沼に三連射で攻撃する。それを、品沼は太い蔦を出現させて防ぐ。

「!?」

 身体を固くして一歩下がると、その傍を雷が走り抜けた。アリーナの床が抉れ、凄まじい音を立てる。

「……威力、増したんじゃないか?」

 駒井に苦笑いして、パラの弾倉(マガジン)を替える。

「制御の仕方を覚えたって感じかな?」

 そう言って、駒井が銃口を向けてくる。

 右斜め後ろから微かな殺気を感じ、パラとナイフの持ち手を入れ替えた。

 右手のナイフで品沼の一撃を受け止め、左手のパラで駒井を牽制する。

 スルッと音がして、俺の腕に蔦が絡まってきた。

「ッ!」

 ナイフからナイフへ、そのナイフから品沼へ、伝導させる雷を放つ。

 しかし、その間を蔦が中継することで、決定的な電力が行き渡らない。

「しまっ――」

 ナイフを捨て、慌ててその場から離れようとした。

 ――遅い。

 俺の身体を、雷の一撃が貫いた。

 

 ◇

 

「いや……参ったよ、マジで」

「それはそれで、どうかと思うよ?」

「あ、ははは……」

 アリーナの隅で、俺は缶コーヒーを飲んでいる。

 駒井の一撃をまともにくらった俺は、十分ほど、気絶していたらしい。

 それでも、駒井の電撃をモロにくらって、十分とか、打たれ強くなったものだ。

 それと。

 駒井の銃の扱いが上手くなっている。本人も言っていた通り、雷魔法の制御も出来ている。

 途中から、駒井だから、という安心感などは捨て、全力で戦ったつもりだったんだが……普通に強い。

「それにしても……ちゃんと、雷魔法、使えるんだな」

「え?」

 俺がボソッと言った言葉に、駒井は首を傾げた。

 少し……不安ではあった。

 駒井の意思でないとはいえ、自分の雷魔法で多くの人を傷付けた。しかも、それを一番使った時が、恐らく、最悪の記憶だ。辛かった出来事のハズなのだ。

 そんな精神的なダメージを受けたら……もう、雷魔法は使えないのではないか、と密かに心配していた。

 高校生ぐらいになると、そうなる確率は低くなるし、よっぽど大きなことでない限りは大丈夫だが……可能性はゼロじゃなかったし。

「いや……なんでもないよ」

 笑顔を向けると、駒井は安心したように缶に入ったココアを飲み干した。

「さて、と……まだ、()る?」

 品沼も缶コーヒーを飲み終えて、そんな事を訊いてくる。

 まあ、答えなんて、必要だったかは定かじゃないけれど。

「――ああ、もちろん。頼むよ」

 

 ◆

 

 資料を読み終わって、男が深く息を吐いた。

 約五メートル四方の部屋に、長机と、一人分の椅子が置かれている。その椅子にもたれ掛かりながら、男は額に手を当てた。

 他にある物と言えば、平凡なソファが配置されており、なんとも奇妙な空気を醸し出していた。なぜなら、その部屋は真っ白で、コンクリートの床や天井なのだ。長机と椅子はまだしも、ソファというのはなんとも場違いである。

 殺風景なその部屋は、実験室(・・・)のようで、男の手に握られている資料が擦れる、紙の音だけが響いている。それもなければ、静まり返っているだろう。

「疲れてるんですか? 登吾さん」

 その静寂の中に、幼く、高い声が響いた。

 登吾と呼ばれた男は、その声の主に、作り笑いを浮かべた。

「ああ……大丈夫――って言うと、嘘になるかな」

 十歳ぐらいだろう、幼い声の少女は、少し悲しそうな顔をした。

 そして、履いているスリッパでパタパタと音を立てながら、扉を開けて右側の方の壁にまで移動する。そこには、三十センチ四方ほどの窪みがある。そこに手を入れて、何やら動かした。

 数秒後、その中から出てきた紙コップを、少女は手に取った。

「あちちち……」

 そのまま長机の方まで、パタパタと移動する。そこに、その紙コップを置いた。

 そこには、ミルクティーが注がれていた。

「ありがとう、小鈴」

 登吾と呼ばれた男が礼を言うと、小鈴と呼ばれた少女は愛らしく微笑んだ。

 

 江崎登吾。それが、彼の名前である。

 彼のいる部屋は、自室と言って差し支えなかった。ただ、寝る時に必要なベッドなどの寝具はなく、生活感は全くと言っていいほどない。

 その部屋があるのは、播摩土(はまど)研究所という大型研究施設の地下空間に存在する。

 播摩土研究所には、研究所と同じぐらい巨大な地下空間が広がっており、研究員個人の部屋が設備されている。

 しかし、それは全研究員に該当するものではない。

 研究員の三割は、この地下施設の存在すら知らない。残りの七割が、個人的に部屋を用意されている。

 それだけでなく、申請をすれば、他の空き部屋を使う事を許される。

 どうしても知られたく(・・・・・・・・・・)ない実験(・・・・)をする時、この地下研究施設を利用されることもある。

 ただ、地下ということもあり、滅多に大きな実験はされないように管理されている。

 

 小鈴と呼ばれた少女には、名字がない。

 正確には、名字が不明なのである。

 彼女は植物状態で、研究所近くに捨てられていた。それを保護した研究者達が、実験対象にし、彼女にある力を埋め込んだ。

 完全消去(オールキャンセル)。彼女が恐怖などを感じたり、否定しようとした魔装法を、無効化する力だ。

 その実験から目覚めた時に記憶を失っており、現在まで続いている。


 それにしても、随分と親しくなれたものだ。

 江崎は苦笑して、そんなことを思った。

 小鈴に非人道的な実験を施したのは、紛れもなく、同じ研究所の研究員なのだ。自分のことだって、警戒して当たり前……いや、最初は少なからず警戒されてはいたが、今となっては落ち着いている。それこそ、一生心を開いてくれなかったかもしれないのに。

 小鈴には、ここに隠れてもらっているし、すぐ隣にもう一つ空き部屋を確保している。当分、バレる心配はない。

 しかし、未だに小鈴のことを探している(サーフィス)側の、目と鼻の先に匿うというのは、あまり心臓に良いことではない。

「それよりも、か……」

 長机の上の資料に、再び視線を落とす。

 (リバース)の実行班が集めてくれた情報である。

 そこには、信じられない情報が記されていた。

「まさか……そんな人物……いや、学生が……」

 一人呟いて、再び額に手を当てた。

 

 ◆

 

 あの、品沼と駒井に、特訓に付き合ってもらった日曜日から、一週間以上が経過した。

 何が問題なのかは分からないが、羽雪さんは未だに、退院を許されていない。

 確かに怪我は深刻そうでもあったが……回復魔法などがある、今の医療設備で、ここまで時間がかかるとは思わなかった。

 なので、結局俺の特訓は、品沼と駒井のコンビと戦うこと、になった。

 そうは言っても……俺はまだ、このコンビに勝てていない。

 そりゃそうだろう……品沼一人にも、勝てるか分からないのに、駒井まで援軍ときた。簡単に済む話じゃない。

 

 ◇

 

 ある日、放課後の特訓も終わり、買い出しをしてから家に帰ろうとしていた。

 少し遅くなるだろうが、駅近くにある商店街を利用しよう。家から離れる場所にあるが……家を通り過ぎて、いつもの、東商店街を利用するよりは早い。

 駅近商店街に行き、八百屋で品定めをしていた時……ふと、見憶えのある姿が目に映った。

 慌てて、その人物を追う。

「ちょ、ちょと……!」

「……はい?」

 声をかけると、最初は気付かなかったようだが、すぐに自分に対してだと分かったらしい。くるり、と振り向いてきた。

「やっぱり……小鈴ちゃん」

 その名を口にする。

 ちょっと前に研究所絡みで知り合った、壮絶な人生を送るハメになってしまった少女である。

「く、黒葉さん……!?」

 小鈴ちゃんも、驚きの声を上げる。

 まさか、会うとは思っていなかったのだろう。しかし、それは俺も同じだ。

「なんで……こんな所に? 外へ出て来て、大丈夫なのか?」

 訊くと、悲しそうな顔をした。

 とても後悔するような……家出をしてしまった少女のような――

「まさか……無断で――?」

 小鈴ちゃんが、黙って頷く。

 確かに……この商店街は駅の近くなのだから、隣町の駅で電車に乗り、この町の駅で降りれば、自然とここにも来れる。そのための金がなどがあったかどうかは別として。

 いや……そんな事はどうでも良い。

 ったく……江崎は何をやってんだ……。

「あれ? なんで、一人でここにいるんだ? 一人……だよな?」

 肝心なところを問うと、小鈴ちゃんは目を見開いた。

「そ、そうです……! 伝えなきゃいけない事が――」

 バサッ!

 突然、声を遮るように、俺の背後で紙袋か何かが落ちたような音がした。

 振り向くと、そこには瑠海が立っていた。

「あ……あ……」

「?」

 瑠海が、呆然として俺を見ている。

 俺が首を傾げていると、やっとのことで、瑠海が口を開いた。

「まさか……黒葉が、ロリコンだったなんて……十歳ぐらいの女の子を……ナンパするだなんて……」

「は、ハアッ!?」

 思わず、間抜けな声が出る。

「いやいやいや! 話してただけじゃん! ちょっと立ち話してただけじゃん!?」

「だ、だって! 今、一人……だよな?って、確認してたじゃん!」

「いやそれは――」

 なぜか、後半は涙目で叫ぶ瑠海。

 てか、なんでそんな一部始終だけ聞いてんだ。聴覚どうなってんだよ。

 その時……今度は前方で、何かが落ちる音がした。顔の方向を戻すと、そこには桃香が立っていた。瑠海と同じく、呆然としている表情だ。

 え? それって、まさか?

「そん、な……黒葉君に……幼女愛の……趣旨が……」

「ねえよ! 究極的な勘違いだ! てか、まず話聞けよ!」

「私が中学一年の頃から拒まれ続けた理由って……そういう理由で……」

「っな訳ねえだろ!」

「小学校の頃から……あんまり、恋愛とかに興味なさそうだったのも……」

「それは昔過ぎだろ!? てか、その頃、周りの奴らも全員幼女じゃん!」

 そこで、二人からすごい細目で見られた。

「ごめん! なんか言い方悪かった! って、少なくとも、その時は俺も幼かったんだから、別にいいだろ!?」

 とても近所迷惑っぽい、俺の弁解が続く。最早、何の話をしているのか分からない。

 小鈴ちゃんが、とても弱りきった顔をしている。

「あれ……小鈴ちゃん?」

 不意に、瑠海の後ろから声がした。全員がそちらを向くと、陽愛が立っている。

「それに、皆も。どうしたの?」

 ここで……関係性を知る人登場。助けて、陽愛。

 

  

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