表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/219

第93話 努力

 

 努力って言葉が嫌いだった。

 その便利すぎる言葉に、嫌悪感を抱いていた。

 成功者は、努力の結果、と言われるけれど、失敗者は、努力が足りなかった、と言われる。

 便利すぎて、応用が効きすぎて、人を傷付ける。

 しかも、その言葉が正しく見えて、傷つく事に気付かない。言う側も、言われる側も。

 だから俺は、努力なんて言葉で、他人の頑張りを評価したくなかった。少なくとも、心からの評価では、とてもじゃないが言えなかった。

 もし……もし、努力が本当に認められるのだとしたら……それは、成功も失敗も伴わない、単純な結果……。

 勝ち負けじゃなく、『満足』で決めるしかなかった。

 

 嫌な事ばっかだったよ。

 高校に入ってからは、色んな奴と知り合えて、楽しい事が多い。

 でも……いや、だからこそ、こんな現実は、直視したくもない。

 けれど、変えたいなら、直視するしかない。

 現実から逃げるなんて、実は簡単だ。

 難しいのは、現実を変える事であって、そのためには現実を直視するしかない。

 だから、俺はこれを直視して、変えるために努力(・・)しなきゃいけない。

 

「お前は……何を知ってんだよ……」

 俺の掠れた声に、男が振り向いた。

「なんなんだ……俺をヴェンジェンズに勧誘したのは、俺が不死鳥(フェニックス)だからだったのか?」

 答えが返ってくるとは、思っていなかった。ただ、口をついて言葉が出ていた。

 しかし、意外な事に、男は再び口を開いた。

「ああ……それだけじゃあない。お前には、成長の、『進化』の可能性がある。それにな――」

 俺の知らない何か(・・)を、こいつは知っている。

 それが……なんなのか……。

「――お前には、俺達と共に戦う理由が、あると思うんだがな」

「そ、れは……どういう意味なん――」

 追求しようとした瞬間、俺の頭上を、炎の塊が通り抜けた。

 男は目を細め、必要最低限の動きで、それを躱す。野々原がその後ろで、慌てて伏せている。

 輝月先輩達が、向かってきていた。

「お喋りはここまでだな……全員を相手取るなんて、御免だからな」

 そう言って、野々原も浮かび上がらせ、一瞬で消えていった。

 呆然として……倒れた。

 

 ◇

 

 その後、輝月先輩達と、少しだけ話した。

「ごめん……何も出来なかった」

 小園先輩が申し訳なさそうに、頭を下げた。

 千条先輩がそれを、複雑そうに見ている。

 一度、1対1(サシ)でやった事があるからだろう……その強さを知っているからこそ、なんとも言えないんだ。

「謝るな。今回は、俺達の対応も遅れてしまったしな……」

 輝月先輩も気まずそうだ。

 その通りで、俺達は何も出来なかった。

 みすみす、野々原を渡してしまった。

「時間稼ぎにも、なりませんでしたね……」

 瓜屋先輩も、暗い表情だ。

 羽雪さんは既に、救急車で運ばれた。警察を呼ばなかったのは、面倒事を避けたかったからだろうが……来るだろうな、警察も。

 遠くから微かに、サイレンの音が聞こえるし。

「お前らは、もう帰れ。後は俺が処理する」

 千条先輩はそう言って、一人で校門側に歩き出した。

「……どう……するんですか?」

「ん?」

 正直、判断に困った俺が言うと、輝月先輩が首を傾げた。

「任せよう。王牙が言った通り、俺達はもう帰ろう」

「で、でも……」

「心配いらない」

 食い下がると、小園先輩が空を見上げながら反応してきた。

「千条の父親は、警視庁の重役だから。多少の無理は通るわ」

 そ、そうだったのか。

 だから、警察の情報とかも知ってたのか……なんとも言えないなあ、それ。

 とりあえず、千条先輩を除く全員、帰宅する事となった。

 

 家に帰るまで、色々と考えていたが……今は、後回しにする事にした。

「ただいま……」

「あ、お帰り」

 青奈が、洗濯物を抱えながら、リビングから応じてきた。

 今回は、目立った傷もないし……大丈夫だと思っていたのだが……。

「……お兄ちゃん、また喧嘩?」

「え……いや……してねえよ?」

 牛乳を飲みながら、青奈の近くまで来た時、そんな事を言われ、少々焦った。

 実際、喧嘩ってレベルじゃなかったけど。

「それは嘘だよ。だって、硝煙の匂いがするもん」

 なんで分かるんだよ!

 いや、俺が教えたからか……。

 一応、そういう知識を教えちゃったからなぁ~……遂に、青奈にも、分かるようになってしまったか……。

 なんというご時世。

「いや……そんな、怪我するような事じゃなかったし……?」

 言い訳っぽく言うと、青奈は疑うような目で見た後、ため息をついた。

「まあ……実際、目立った怪我はないようだし……今回は良いよ」

 やったー!

 なんて言えず、代わりに、風呂に入ってくる、とだけ言ってリビングを出ようとした。

「……本当にさ」

「ん?」

 振り返ると、青奈は洗濯物に視線を落としたまま、手の動きを止めていた。

「無理はしないでよね……いつか本当に、死んじゃうよ?」

「……」

 死んじゃうよ、か……。

 分かってて、言ってるんだよな。

 そりゃそうだろうよ……こんなに無理して戦ってりゃ、普通は、いつか死ぬ可能性があるだろう。

 実際、経験済み(・・・・)なんだから。

 それを踏まえても……青奈は、俺を心配してくれている。

「ああ……そうだな……ごめん。気を付けるよ」

 心にもない事は、言わない主義なんだけどな……。

 でも、ごめん、だけは本心だった。

 青奈には……心配させてばっかだからな。

 でも、それと釣り合うぐらい、俺だって心配しているんだぜ?

 

 寝る前に携帯を確認すると、陽愛からの、お礼のメールがきていた。軽い返信だけしておいた。

 すると……別の人からの新着メールがあった。

「ん……これは……」

 俺の記憶違いでなければ、これは輝月先輩だったハズだ。

 時間が時間だし……少しだけ、違和感を感じた。

 見ると……明日の事らしい。

 明日といえば、俺の特訓の日だ。

 けれど……羽雪さんの状態が状態だしな……。

 

 『明日は、学校のアリーナへ来てくれ。羽雪さんは無理だが、臨時で特訓相手を用意した』

 

 なるほど、やっぱりそうなるか。

 その相手ってのが気になるけど……明日になりゃ、分かる事だしな。

 疲れてたのもあって、早々と就寝した。

 

 ◇

 

 次の日の朝。

 青奈は友達と、母さんは仕事で、二人共出掛けた。

 自転車を走らせ午前9時。俺は魔装高にいた。

 昨晩、襲撃を受けたとは思えない、穏やかな空気だ。少数の部活動の音のみが聞こえてくる。

 真っ直ぐ、アリーナへと足を運ぶ。

 日曜日でも、許可を取ればアリーナを使える。それは、輝月先輩が取ってくれているだろう。

 扉を開けて、中を覗く。

 半分、予想通りだった。

 つまり、半分は予想外。

「品沼……と――」

 輝月先輩が、品沼を特訓相手に選ぶとは思っていた。

 けれど……。

「久しぶりだね、白城くん」

「おう……久しぶりだな、駒井」

 実際、そこまで久しぶりって訳でもない。

 何度かメールの遣り取りをしていたし、喋らずとも、廊下で見かけるという事はあった。

 ただ、面と向かって話すのは久しぶりだ。

「もしかして……二人が?」

「うん、まあね。特訓相手って事で良いよ」

 品沼が手の中でナイフを回している。

 なんか……おかしいな。

 強くなるための特訓なんて、意外に簡単だ。

 魔装法を使いまくって、応用したりする。新しい魔装法の経験を積むだけで、魔装力は少しずつ強くなっていく。

 要は、実戦経験で強くなれるって感じだ。

 羽雪さんが最初にした特訓は、シンプルな戦闘手段に対する対応。シンプルだが、通常より強化されていたりもしていた。それだけでもなく、移動魔法の使い方を更に広げるってのもあった。

 けれど……それだからこそ、この二人はおかしい。

 共闘経験はないハズだし、息を合わせての戦闘には、慣れていないだろう。

 駒井に至っては、生まれながらの魔装力は強いが、まともな戦闘経験は少ないハズだ。あまり、戦い慣れていないって聞いた。

 この組み合わせは……どうなんだ?

「とりあえず……始める?」

 品沼が訊いてきたので、俺は腕時計を確認する。

 9時半……さて、何分かかるか……。

「よし……始めよう」

 俺が拳銃(パラ)を抜くのを合図に、駒井も拳銃を取り出す。駒井らしい、小さめの回転式弾倉(リボルバー)だ。

 とりあえずパラを構えて、主戦力であろう品沼に狙いを付ける。

 パンッ! という音と共に、品沼の姿が消える。

 いや、消えたんじゃなく、移動魔法を使ったんだ。それも、結構なスピードで。

 でもさ……そういうのは、羽雪さんで慣れちまったんだよな……!

 風を切って、品沼のスピードに合わせる。あの日、無意識に出来た、超高速移動は無理だが……これでも、移動魔法の質は上がった。

 品沼も速いが、目で追えないほどじゃない。

 俺の右側に回ってきていた品沼から、更に距離を取る。

 品沼の主武器(メインウェポン)は、大型ナイフ。単純な話、遠距離なら安全という訳だ。

「ッ!?」

 と、完全に油断していた俺の足元に、銃弾が撃ち込まれる。

「そんな風に無視されると、ちょっとね」

 駒井が撃ったのか……。

「訓練してたのか?」

「うん」

 そんな会話もほどほどに、俺は気を引き締める。

 何をやってんだ、俺。1対2って理解してたハズなのに、油断していた。

 安物のナイフも抜き、改めて構える。

「それじゃ――」

 ――現実を変えるために――

「努力しますか」

 

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ