第92話 襲来
「夜に呼び出すなんて……どういうことだ?」
俺は、文句とも疑問とも言えない口調で呟きながら、夜道を歩いていた。
時刻は八時半。
夜遊び、というレベルでもないけれども。
つい、この前、通り魔事件に巻き込まれたので、少し青奈が心配していた。
「お兄ちゃん……また、出かけるの?」
「ん? あ、ああ……」
てっきり、青奈は部屋にいると思っていたので、普通に玄関で靴を履いていた。
母さんは、まだ帰ってきていなかった。
「前にもさ、病院にまで行ったんだよ?」
心配してくれてるのか。
「大丈夫だよ。ちょっとだけ、出かけてくるだけだから」
出来るだけ優しく、安心させるように言った。
けれど、不安そうな表情は変わらない。
「お兄ちゃんだから、大丈夫だとは思ってる――信じてるんだけど……それでも、心配だよ」
軽く泣き目で、俺のことを見上げてくる。
うう……そういう表情をされると、兄として、弱いな。
「ごめんな。出来るだけ早く、帰ってくるからさ」
まだ、不満げだったが、なんとか頷いてくれた。
◇
そんなやり取りもあって、俺は少しだけ急いでいた。
向かう先は、羽雪さんと特訓している旧校舎ではない。
「なんで……魔装高に……」
ボヤきながらも、第三魔装高校に着いた。
跳躍して、門を乗り越える。もちろん、移動魔法と風魔法を使ったが。
そのまま、校庭へと向かう。
そこには……暗い中で、佇んでいる人影がある。
「羽雪……さん?」
疑問形になったのは、それが、一人には見えなかったからだ。
もしや……?
「輝月先輩……千条先輩……小園先輩……瓜屋先輩……?」
全員の名を呼んでみるが、それでもまだ、確信が持てない。
近付いてみると、五人全てが、その通りだったと分かった。
しかし……。
「野々……原?」
野々原 怜美。
捕まりたてホヤホヤの、ヴェンジェンズのメンバーである。
千条先輩の専用武器、鎖牙と思われる鎖に、縛り上げられている。表情はよく見えないが……ムスッとしてるようだ。
羽雪さん達に捕まって、取り調べをされてたハズだが……?
俺に気が付いて、暗闇から輝月先輩が手を挙げる。
「やあ、白城くん。呼び出して悪いね、こんな時間に」
軽く頭を下げ、近寄る。
全員、険しい顔だ。
「あの……特訓とかって言われて、来たんですけど……」
控えめに俺が言うと、羽雪さんが肩を竦めた。
「そうだよ、特訓。けれど、実戦に近い。いや、等しい。いや、実戦だ」
すげえ面倒に、遠回りした言い方だなぁ……。
それより。
「どういうことですか?」
すると、小園先輩がイライラしたような声を上げた。
「特訓、兼、防衛戦ってことよ!」
「は、はい……?」
瓜屋先輩がそんな俺を見て微笑んだ。
「他の奴も向かって来てはいる。けれど、間に合わないだろうな……」
千条先輩が、俺を無視して話を続けた。
全く分からん。
「とりあえず、私達で食い止めましょう」
瓜屋先輩はそう言って、姿勢を正した。
何が……どうなってるんだよ……。
「ついでに言えば、私達がこんな早くここにいるのは、私が第三で野々原を調べていたからだよ。それに、この四人は、近くで特訓してたからね。既に戦闘準備はできている」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
俺が慌てて声を張り上げた。
全員が首を傾げる。
「何と……戦うんですか?」
全員がキョトンとした。
「え……羽雪さん、説明しなかったんですか?」
輝月先輩が驚きの表情で訊く。
「うん。だって、急がないといけなかったし」
あっさり肯定。
「私が説明するわ――とりあえず、こっちに来て。一緒に、校舎側を守るわ」
小園先輩が俺を手招きして、校舎に向かって歩いていく。
慌てて、残りの四人……プラス、野々原を置いて、俺はその後を追った。
普通に、校舎へ入って行く。
え……鍵はどうしたんですか?
そんな疑問を言える状況でもなさそうなので、黙って付いて行く。
「今の状況は、まあ、簡単よ。どっかの考えなし共が、野々原なんて奴を捕まえてくるから、ヴェンジェンズとかってのが襲ってくるのよ」
淡々と、普通のことのように言う。
「え……!? い、今から、ですか……!?」
「そうよ。あの、野々原から絞り出した情報らしくてね。勝手に携帯とかも見たらしいけど、どうやら事実らしいわ。戦力は不明だけど……」
おいおい……何やってんだ……。
まさか……いや、予想はしてたけど……本当に……?
だって、今まで動きがなかったのは、派手に動いたら危険だと判断した訳であって……。
「け、警察には?」
「無駄よ」
呆れたように、即否定される。
どうやら、屋上へ向かってるらしい。
「今は別の事件があるらしくて、ほとんど出払ってる状態。残った人間なんて、邪魔になるか、役に立たないかよ」
別の事件……。
通り魔事件、だろうか……?
警察が出払うほどだ。並大抵の事件ではないのだろうが……通り魔が、ここら辺に現れたのだろうか?
いやいや、待てよ……その前に、なんでそんな情報を……?
「とにかく、よ。何人かの実力者を、こっちに呼んでいる。それまでに、私達で持ち堪えるのよ」
説明終わり、とばかりに、歩速が上がった。
ん? なんか、引っかかるな……。
ヴェンジェンズの目的は……なんだったっけ……? 確か、リーダーと思われる男が、何かを言っていた気がする……ええと……。
ガチャッ!
屋上への扉を、小園先輩が躊躇いもなく開けた。
ゴバアァァァァァァァァァァァァァァン!
盛大な音と共に、屋上のフェンスが突き破られ、足場のコンクリートが抉れた。
「は……はあ……?」
思わず、変な声が出た。
しかし、それに構わず、小園先輩は真っ直ぐ歩いていく。
そして、空を見上げた。
「嘘だろ……チクショウ……」
無意識に、俺は呟いていた。
空には、想像していたような軍勢などはなかった。
男が一人、浮いているだけだ。
真っ黒な服、真っ黒な手袋、真っ黒なマント……不吉な雰囲気が漂う、不気味な男が空にいる。
それを認めた小園先輩も、動きを止めた。
表情は見えないが、強張っているようにも見える。
「こ、小園……先輩」
駄目だ……俺は、こいつを恐れている。
恐怖しているんだ。
勝ち負け、場繋ぎ、戦闘、の前に……俺では、向かい合うことさえも出来ない。
「逃げるよ」
小園先輩が短く言い、状況とは合わないぐらい普通に、踵を返した。
走ることもせず、普通の調子で歩いて来て、扉を開けた。
「え……? ちょ、え、えぇっ?」
「変な声を上げないでよ」
「いや……でも……だって……」
あまりにも対応に困った。
しかし、小園先輩は眉を少し上げただけだった。
「だって、あいつと戦えるの? 千条さえも蹴散らした男に、私が――いや、私達だけで、相手になると?」
確かに、その通りだ。
けれど……意外とあっさりしてるんだなあ……。
「どうすりゃ……いいんですか?」
「あの男だけなら、対応のしようがある……ハズ」
少し不安そうでもある。
「あんま、緊急事態で言いたくはないんだけど……大会前で、怪我したくないのよ」
いやいや……どうなんだろう……それ……。
今度は素早く、急いで、校舎を出た。
屋上にいたんだから、外へ出る必要はないと思っていたが……大間違いだった。
外から見て分かるほど、屋上がボロボロだった。
潰されていた、と言って、差し支えないだろう。
「輝月先輩達は……!?」
「分かれて警備しているはずだけど……裏目に出たわね」
そう言って、最初に集まった、校庭にまで戻る。
そこで……俺と小園先輩は、息を呑んだ。
羽雪さんが、野々原を後ろにして、男と対峙している。
「行くよ」
「……! はい!」
俺と小園先輩が、一斉に駆け出す。
その間に、男の拳が羽雪さんに振るわれる。それを羽雪さんは躱して、反撃に蹴りをいれようとした。しかし、その蹴りが当たる前に、前にも見た謎の力で、羽雪さんが吹き飛ばされた。地面を滑るように、体を打ち付ける。
クソッ……! やはり、羽雪さんでも無理なのか……!?
俺が拳銃を抜くと同時に、男がこちらを向いた。
それを見た小園先輩が、右方向にステップを踏んで注意を逸らした。
一瞬だけ、男が小園先輩に狙いを定めた。
その一瞬が……大事なんだよ!
俺は、移動魔法で加速し、一気に詰め寄る。
小園先輩に狙いをつけた両腕を、高速で戻って来た羽雪さんが押さえ込む。
撃てる……!
ズドンッ!
深く、重く、鈍い音が響いた。
羽雪さんの腕が……捻れている。力無く、ダランと両腕を垂らしたところに、男が素早い蹴りを放つ。
しかし、さすがと言うべきか、咄嗟に右脚でそれを防御した。
が……その脚からも嫌な音が鳴り、羽雪さんは後方に、不格好に吹き飛んだ。
何が起こったか……分からない。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁああッ!」
叫びながら、俺は引き金を引いた。
四発連続……全て、男に払われた。
すぐさま銃声が鳴り、小園先輩も発砲したことが分かったが……駄目だ。
男の姿は瞬く間に消え、気付けば、俺の体が吹き飛んでいた。
「ぐ、あ……げほっ! ごほっ!」
背中を地面に何回か打ち付けながら、かなり飛ばされた。肺に空気がいかず、激しく咳き込んだ。
そんな俺を、いつの間にか男が見下ろしていた。
遠くから足音がする……他を警備していた輝月先輩達が、気付いて、加勢に来てくれたのだろう。
「また……お前か……」
面倒そうな声を出して、男は俺に手のひらを向けてきた。
駄目……か……。
しかし、その時、男の目が大きく開かれたのが見えた。その顔は……月の光を背に受けていて、よく見えない。
それでも、薄らと笑みを浮かべているのが見えた。
「お前……そうか……もしや、とは思っていた……いや、聞いていたが……」
何かをブツブツと言った後、手を引いた。
首を傾げる俺を見下ろし、男は軽く浮かび上がった。
いつの間にか、野々原が後ろに立っている。
目的を果たせなかった……一人に、完敗した。
奥歯を噛み締めた俺に、男が去り際に言い捨ててきた。
その言葉は……驚きと共に……。
男の顔には、確かに、面白いことを発見したような、笑みが浮かんでいた。
「お前……不死鳥、か」




