第91話 確保へ
全く……意味が分からない。
俺は痛みすら忘れ、目の前の光景に眉をひそめるしかなかった。
「何してるの、白城くん。早く、こっちに来なさい」
井之輪先輩の言葉に、俺はハッとした。慌てて、井之輪先輩の方に駆け寄ろうとする。
「お待ちなさい」
野々原が鋭く言うと、黒いボールが俺めがけて飛んできた。
それが、俺の目の前で粉々にされる。
いつの間にか、井之輪先輩が断刈を手にして、俺を守るように立っていた。
「へえ……鉄じゃなかったのね。断斬鉄が効かないから、焦ったわ」
言葉とは裏腹に、井之輪先輩は落ち着きを払っている。
野々原が軽く舌打ちをした。
「実はね、野々原さん。野々原、怜美さん。私たちは、あなたを追っていたのよ」
羽堂先輩が口を開いた。
余裕たっぷり、という感じだ。
「本当は、もっと人を集めたかったんだけど……主に先輩を、ね。でも、これぐらいでも、充分でしょう?」
驚いた……朝の人探しって、羽雪さんたちを探していたのか?
それでも、井之輪先輩の登場には驚いた。
俺がボーッとした表情で見ていると、それに気付いたように、井之輪先輩が話を紡いだ。
「あなたたちの動きは、風紀委員会で追っていたわ。どうにも、委員長の気が済まないらしくてね」
ああ……千条先輩、負けたこと、根に持ってるんだ……。
負けず嫌いなんだなぁ~……。
「それでこの頃、あなたが動いているのを感知して、こういう風に追って来たのよ」
羽雪さんは、既に欠伸なんかしている。
リラックスしてんな~……格好良く登場して来たくせに、仕事は終わり、って感じだ。
「なるほど、なるほど。魔装高も、やられっぱなしの平和ボケ集団じゃないってことね」
野々原が肩を竦めた。
そのまま、流れる動作でポケットから黒いボールを更に三個取り出して放り投げた。
浮かんでいる……魔装法の対象物が六個に増えたのに、全て操作し続けられるのか……。
「白城黒葉以外は、死んでもらって結構よ」
六個のボールが、高速で迫って来る。
井之輪先輩が素早く断刈を回して、全てを迎撃した。
しかし……。
「なッ……!?」
「これは……」
驚く俺たちの前で黒いボールは弾け、煙幕を撒き散らした。
「なんと……目くらましか」
羽雪さんは、意外そうに目を丸くしている。
が、それも一瞬だけだった。
羽雪さんの姿が消えたのだ。
否、高速移動で、煙を突っ切って野々原を抑えに行ったのだ。
「井之輪先輩!? 羽堂先輩!?」
俺が叫ぶと、すぐ近くで返事をする声が聞こえる。
駄目だ……遂に、周りが見えなくなってしまった。これなら、濃くなる前に離れれば良かった。
後悔しても、野々原は遠くへ逃げてしまっているだろう。
◇
「悪いね……逃してしまった」
煙幕がほとんど晴れて、羽雪さんが戻って来た。
「いえ……私も油断していました」
井之輪先輩も申し訳なさそうだった。
しかし、羽堂先輩はまだ余裕の態度のままだ。
「こうもあろうかと、連れて来て良かったです」
よく分からないことを言って、羽堂先輩は携帯を取り出した。
「誰ですか……? 野々原は、あんな格好してても動きは速いですよ? それに、遠くに行ってしまっているだろうし……」
野々原の動きが速いというのは、第三が襲撃された時に確認済みだ。
俺が言うと、羽堂先輩は首を振って微笑んだ。
「遠くへ行こうと関係ないし、彼女は動かないからね」
数分後……気絶状態の野々原が、俺たちの前に倒れていた。
みんな沈黙だった。
連れて来たのは、意外というか……予想だにしなかった人物……。
生徒会執行部、書記、二年、吉沢静河先輩だった。
肩には、小型の――魔装法用だからだ――狙撃銃を掛けていた。
無言で、野々原の襟首を掴んで引きずって来たのだ。さすがに、もうちょっと丁寧に運んでやれなかったものか。
「ご苦労さま」
「……いえ」
羽堂先輩の労いに短く返して、吉沢先輩は野々原を道路に放り出した。
状態魔法か……なるほど。
相手を、様々な異常状態にする魔法だ。
どうやら吉沢先輩は今回、簡単な気絶魔法を使ったみたいだけども。
「優秀だね、生徒会は」
羽雪さんが口笛を吹いて賞賛した。
「同意ですね。狙撃手が待機しているとは、思わなかったわ」
井之輪先輩も感服している。
「それで……どうするんですか?」
俺が訊くと、羽堂先輩は野々原を調べ始めた。
ナイフが数本、黒いボールが数個……。
更に、両手を縛り、目隠しをさせた。
「まあ……これでも暴れるでしょうけど……戻って、取り調べね」
俺はホッと息をつく。
一応……今回は、『勝利』と捉えていいんだな?
「悪い、待たせた」
映画館前で、陽愛と青奈が立っているのを発見し、声をかけた。
「いいよいいよ!」
陽愛は元気良く、映画館内に入って行く。隣で、青奈も笑っている。
なんか……仲良くなれたみたいだし、良かったな。
今日は、二人を顔見知りにさせ、仲良くさせることが大きな目標だった。
俺の望みも、叶ったってことだな。
既に券は買っていてくれたので、すんなりと入場する。飲み物を買って、席に座る。
しばらくして、映画が始まった。
席は、俺を挟んで、左に陽愛、右に青奈だった。
ド派手なアクションシーン……使い過ぎだろうと言いたくなるほどの爆薬……豪快だった。魔装法によって、アクション系の創作物のハードルは上がっているため、仕方ないと言えば仕方ないのだけれど。
時折、大きな効果音にビビった陽愛と青奈が、無意識に俺の手を握ってくるのに参った。
苦手なんだよな……女子と触れるのって……。
青奈は妹だから、そんなんでもなかったけど。
「面白かったね~」
青奈が背筋を伸ばしながら言った。俺も身体を伸ばして、欠伸と共に頷く。
「どうする? このまま、帰っちゃう?」
陽愛が言うので、俺はどうしようかと考えてみる。
「え~! お昼食べてこうよ~」
青奈が甘えたように言ってくる。こいつ、すごい自由な感じ。
「だとさ……陽愛、いいか?」
「うん、私は大丈夫だよ」
とのことで、近くのファミレスに入る。
ドリンクバーと、適当に注文をする。
待っている間で、さっきの映画の話が始まった。しかし、なんか俺とは重視のポイントが違うらしい。そんなシーン、語るほどあったかな?
「……ちょっとだけ、席外すわ」
俺は二人に告げて、席を立つ。二人の方からは見えない、店内の陰に移動した。
携帯を取り出し、素早くメールを打つ。
数分後に返信がきた。相手は井之輪先輩だ。
どうにも、野々原が喋らないらしい。そりゃ、当然といや当然だろうけど……。
「さて……どうしたもんか……」
大きな成果だろうが、喋らなければどうしようもない。
千条先輩さえも打ち負かした、あの男の正体を知りたいのだが……。
「な~に、難しい顔してんの?」
ヒョコッと目の前に出てきたのは陽愛だった。手に、オレンジジュースの入ったグラスが握られている。
「どうした?」
「それは私の台詞。私たち待たせて、何かあったの?」
気付かない内に、そこまで硬い顔してたか?
とりあえず、今はそこまで深刻な状況じゃない。ここで不安にさせても、どうしようもない。
「いや、なんでもねえよ。母さんが、ちょっとだけ体調悪いっぽくてな……」
誤魔化せたかどうかは、どうにも分からないが……陽愛は、ふうん、と呟いた。
やっぱ、言うべきか……?
陽愛だって、無関係じゃない。どうせ、すぐに知ることだろう。
ウジウジと悩んで、結局口を開いた。
「陽愛、あの――」
しかし、その口に冷たいガラスが押し付けられた。
陽愛のグラスだ。
笑顔で、陽愛は首を軽く振った。
「い~よ、大丈夫。ほら、ご飯来ちゃうよ?」
オレンジジュースを少しだけ啜らせてもらって、俺も笑った。
暢気といや、暢気だったかもしれない。
ヴェンジェンズの動向にばかり気を取られ、色々なことを忘れてしまっていた。
あの後、飯を食べてすぐに解散した。
青奈と駄弁りながら帰り、そのまま、俺は眠ってしまった。
その日の夜だった。
羽雪さんから、緊急の特訓という、メールが届いたのだった。




