第90話 隣町で
土曜日の朝。
珍しく寝起きが悪かった俺は、散歩をすることにした。
欠伸をしながら、外へと出る。
時刻は五時半……適当に歩いていると、遠くから、何か大きな物が落ちたような音がした。
「?」
警戒しながら向かう。
どうやら、大きな空き地からのようだ。慎重に近付いて覗うと、一人の人物がオロオロとしているのが見える。
人物を確認してから脱力して、声をかける。
「何してるんですか……? 陽毬さん」
ピタリと動きが止まった陽毬さんが、こちらを振り返ってきた。
「や、やあ……黒葉くんじゃあ、ないか……」
苦笑いして、手を振ってきた。
軽くお辞儀をして、ゆっくりと近付く。
実は……この人のことを、少し疑っている。怪しんでいる、と言うか、警戒している。
この人と初めて会った時は、全く偶然だと思っていたが……陽毬さんは、俺の兄さんと知り合いだった。
本当に、ただの偶然なのだろうか?
「どうしたんだい? こんな朝早くに……」
「いや、ちょっと気分が悪くて、散歩してました。陽毬さんこそ、どうしたんですか?」
動揺している。てか、焦ってる。
さっきの音の出処は、ここのハズだけど。
「やっぱ……聞こえた?」
聞き返すまでもなく、頷いた。
陽毬さんは決まり悪そうにしながら、自分の背後を指差した。
「え……これ……は?」
そこには、大きなクレーターのような跡がある。
「前にも話したけど、魔装法を使ってたんだ。ちょっと、これは派手すぎたかな」
照れたように笑ってるけれど、とんでもない近所迷惑だ。
前から気になってたけど……なんで、こんなことしてんだろう? それと、この人の魔装法って……高レベルなのか?
「黒葉くん、今日はよろしくね」
「……へ?」
考え事をしていたせいで、何のことを言われているのか、分からなかった。
「へ? じゃないよ~。今日は、陽愛と一緒にお出かけしてくれるんでしょう?」
あ、その話か。
どうして知っているのか……なんて、陽愛から聞いた、以外ないよな。
「え、ええ……そうですよ」
「いいなぁ~羨ましいなぁ~」
目を輝かせて、何かを想像しているような顔をした。
どうしたんだ、この人……何考えてんの?
「それでも、付き合ってないんでしょ?」
「また、その話ですか……」
思わず、ため息をついてしまう。
そんな俺を見て、陽毬さんは快活に笑った。
「冗談だよ! 冗談! イッツ、ジョーク!」
親指を立ててくる陽毬さんを見て、深く考えるのも馬鹿らしくなった。
なんとなくだけど、この人は悪い人ではない。完全に勘というか、感覚でだけど。
「分かりましたよ……分かりました。あんまり、無茶しないで下さいよ……」
「了解! それじゃね~」
空き地を出ながら、陽毬さんをチラッと見る。
参ったな、という顔で、陽毬さんは自分の空けた穴を見ていた。
本当に……あの人は、何も隠していない……のか?
家に向かいながら朝日に目を細めていると、逆光の中から、人がこちらに歩いてくるのが見えた。
どこか……見たことがある。
そう思って目を凝らすと、意外な人物の姿が明らかになった。今日は朝から、随分と知り合いに会う。
「え……羽堂、先輩……?」
土曜日なのになぜか制服姿の、第三の副会長、羽堂今晴先輩がいた。
「あら、白城くん。早いわね」
短い挨拶をして、羽堂先輩は微笑んだ。
「どうも……てか、どうしたんですか?」
もちろん、休日に制服姿ということに疑問を覚えたからだ。
「別に、何かあったという訳ではないのよ。時期的に忙しいだけ」
「ああ……そうですよね」
言わずもがな、聖なる魔装戦である。
別に、第三でやる訳でもないのだが……全校生徒が応援するのだし、色々と大変なのだろう。
「でも、こんな時間にですか? こんな所で……」
首を傾げると、羽堂先輩は肩を竦めた。
「少し散歩ね。それと、ついでと言ってはなんだけど……人探し、かな」
ああ、嫌だな……本当。何かを誤魔化している態度だ。
この頃、こういうのが多いな……裏で、色々と動いてんのか……いや、そうなんだろうな。
あえて、深く追及はしない。
「そうですか……それじゃあ、俺はこれで……」
軽く頭を下げて、その場を後にする。
「白城くん」
呼ばれて振り返る。
「魔装大会、頑張ってね」
本心なのかどうか、それすらも怪しい表情で、一言だけ。
苦笑いして、もう一度頭を下げた。
◇
家に帰ってから、朝飯を作って軽く寝た。調子が悪かったので、多少無理やりにでも睡眠を取ろうと思ったのだ。
起きると、八時ちょっと前という自分としては丁度いい時間だった。
「少し早めに出かけるか」
「うん!」
青奈は結構元気だった。というか、かなり元気だ。機嫌がいい。俺もつられて、って訳でもないが、少し調子は良くなっている。
八時半に、俺と青奈は隣町へと出掛けた。徒歩で行くにも、三十分あれば充分な距離である。
現地集合……映画館前、となっていたので、九時過ぎに着いた俺と青奈は、少し歩き回っていた。
「あ! ちょっと喫茶店入ろうよ!」
青奈が俺の手を引いて、小洒落た喫茶店へと向かう。
「お、おい……」
とりあえず、拒否するでもなくその店内へと入った。新しくできたような、真新しい内装だ。
席に座って、メニューを確認する。
「えっと……ブレンドコーヒーとミニフレンチトースト」
「私は……う~ん……カフェラテと、クレープケーキで」
注文をして、しばらく待つ。
「随分と、朝食っぽい注文だね」
「あれぐらいしか、まともに頼む気が起こらなかったんだよ」
朝食を少なめに摂っていたこともある。他愛ない会話をしながら、外の景色を眺めた。
てか、朝飯食ってからそんな時間経ってないのに、クレープケーキってのも……どうかと思うけどな。
しばらくして注文したコーヒー等がきた。
「お、意外と美味いな……ここ」
俺としちゃ、商店街にある喫茶店、『きのまま』が気に入ってるんだが……ここも、いいかもしれない。こっちの町に何か用事があった時は、この店に来ることにしよう。
「美味し~!」
青奈も顔を綻ばせながらケーキを食べている。年相応の笑顔、それも満面の笑み……物食ってる時が、一番幸せそうな表情するなあ……。
休日って感じだな、こういう雰囲気。
なんとも平和っていうか、のどかっていうか――
ピシッ!
突然、異音が聞こえた。
「……青奈。俺、ちょっとだけ用事あるんだ」
「え?」
「すぐ戻るつもりだけど……戻ってこなかったら、先に映画館で陽愛と合流してくれ」
少し気圧されたように、青奈は無言で頷いた。俺も頷き返して、軽く笑いかける。
二千円をテーブルに置いて、残りのコーヒーを飲み干す。
急いで、店を出た。
まさか……嘘だろ……こんな……休日に?
いや、休日とか関係ないのか。あっちにしてみりゃ。
映画館からも喫茶店からも、かなり離れた所まで走ってきた。人が通らない、薄暗い道だ。
「……ッ!?」
風を切る音に、慌てて横に転がる。さっきまで俺のいた場所に、黒いボールのような物が落下してきていた。
「あら……避けられてしまいましたわ」
いつの間にか俺の目の前には、メイド服のようなものを着た少女が立っていた。その少女に向かって、地面の黒いボールが戻っていく。
「お前……確か……」
「はい、ヴェンジェンズのメンバーの一人、野々原怜美ですわ」
そう言うと仰々しくお辞儀をしてきた。その周りを、四個の黒いボールが浮いている。操作魔法だろう。
一致する。品沼が、以前に戦ったと言っていた少女だ。
「何しに来やがった」
「まあ、口が悪いですわね……ちょっと、お願い事がありまして」
「お願い事……?」
何を言ってんだ?
敵意剥き出しじゃねえか……チクショウ。
「あなた、ヴェンジェンズに入る気はございません?」
は……?
意味が分からず、数分、硬直した。いや、意味は分かったんだけども、聞き間違いだろうと思って。
「なんで俺が、お前らなんかの組織に……」
「誤解していらっしゃるようですわ」
知ったような口調で、野々原は微笑を浮かべた。
「私たちは、やり方は少し乱暴でしたけれど、正義の組織ですよ?」
「何が正義だ、ふざけるなよ?」
即答すると、野々原はわざとらしくため息をついた。
「仕方ないですわね……こうなったら……手荒ですが、無理やり連れて行って、あの方に会わせるしか……」
「ああ……?」
ブツブツと言う野々原を睨みつける。
すると、ニコッとして片手を前に出してきた。真っ直ぐ、俺の方を指して。
「気絶ぐらい、してくれます?」
黒いボールが二個、猛スピードで俺に向かって飛んできた。一瞬焦ったが、身体を捻りながらなんとか躱す。
その直後に、もう二個のボールが俺の周りを回りだした。
なんだ……この、四個もの対象物を操作し続けられる精神力は!? 只者じゃねえぞ!?
四個のボールに翻弄され、全て躱したハズだったのに、ボールの一つが俺の左脚を強打した。
「チッ……!」
「まだまだ行きますわよ?」
武器は持っているが……不用意に出せない。出しても、これでは攻撃に移れない。
更に、右脇腹と左肩にもボールを喰らい、よろめく。
ヤバイ……このままだと……!
勝利を確信したのか、野々原がニヤリとした。
しかし、その表情が一瞬で固まる。すぐさま、不機嫌そうな顔になった。
俺の周りを飛んでいたボールを全て自分の側に戻した。
「……?」
首を傾げながら、周囲を見渡すと……。
「朝っぱらから……派手にやって――」
……なに?
なぜ、あんたらが……こんな所に……?
「――近所迷惑だろう、指導しようか?」
羽雪さん……その後ろには……羽堂先輩と、井之輪先輩が立っていた。
異様な組み合わせ、登場に、俺は反応できずに立ち尽くした。




