第89話 声
『お前は……強くなりたいのか?』
頭の中に響く声に、俺は目を細めた。
てか……どこだ……俺は今、どういう状況で……何をしているんだ?
「お前、誰だよ」
頭の中の声に問いかける。全く大丈夫じゃない奴の反応だよな。
『質問してるのは私だ。答えろ』
低い、威厳のあるような声に、俺は不信感を募らせる。
会った事……ないよな、こんな声の奴。
でも……俺は、知っている。何を知っているのかすら、知らないのに、知っていると、なぜか分かる。
「そりゃ、弱いよりは良いだろ。自分は死なないし、家族、友達、仲間……全員を守れるなら――」
すると、声は蔑んだような響きを含んだ。
『だから、お前は強くなれない。貪欲に何かを求める事を、してこなかったからだ。お前は、自分が死ぬという事に、危機を感じない。守りたいだのと言っても、いざとなったら、自分が犠牲になればいいと思っている』
思わず、俺は声を荒げた。
「あのなあ……! 俺は死ねないんだよ! 死んでも生き返って、巡って、命は循環される! それを……それを使って、みんなを守って、何が悪い!」
呪いなんだ……巡る命の、魔法で、呪い。
それを活用して、それで守って、それでみんなが幸せなら、それで、いいだろう?
「一体、何が分かるんだ!」
『全て、分かっているさ』
俺の口調に反して、謎の声は落ち着いた雰囲気で即答してきた。
『それで?』
何を言うでもなく、そう問いかけてきた。
「……は?」
『まさか、それだけか? お前は、自分が死んでもいいと?』
嘲笑うように、謎の声は続ける。
『別に良いのだろうな。それは勝手だろう。けれど、お前はそれで良いのか?』
本当に、全てを知ったような口調で、言葉を紡ぐ。
「……何を、言ってんだ?」
『逆だ。お前は、何を言っていない?』
拳を握り締める。
なんなんだ……? この、見透かされているような……。
「……俺は……どうせ、人間には戻れない……なら……」
俺の望み?
貪欲に求める何か?
そんなのは――
「全部超える。俺が特別なら、それを最大限に発揮する。もう、嫌なんだよ――」
三年前の、実験で傷付いた青奈の姿が……陽愛が、何度も事件に巻き込まれている姿が……フラッシュバックする。
「――目の前で誰かが傷付いて、怖がって踏み出せなくて……そんなのはもう、嫌なんだよッ!」
◇
目を開けると、茜色の空が見えた。つまり、仰向けに倒れている。
……何をしてたんだっけ……?
そこで、直前の戦闘を思い出し、慌てて体を起こした。
「やっと……お目覚めかい?」
声の方を向くと、どこから持ってきたのか……木箱に座った羽雪さんが、不機嫌そうに、自分の膝に頬杖をついていた。
その顔には、少しの擦り傷がある。
「え、えーっと……」
「心配するな。三十分は経っている」
ストップウォッチを見せてきて、全く見当外れなことを言った。
「いや、そうじゃなくて……」
どうなったのか、知りたかった。
すると、羽雪さんはため息をついて、ゆっくりと口を開いた。
「君は私のスピードについてきて、私を倒した。合格だ」
それを聞いて、力が脱けた。
良かった……関門は、突破できたようだ。
「それにしても」
羽雪さんが、少し不思議そうな声で言った。
「君の、あの時の速さはなんだったんだい? 私の移動魔法と加速魔法の混合と、瞬間的な速さのための加速魔法と収束魔法の混合……この連続加速移動についてこれるなんて、並じゃないぜ?」
まあ、予想はしていたけれど……そういう仕組みか。
それにしても、分からない。
俺は……何をしたんだ?
黙っていると、羽雪さんは俺に背を向けた。
「驚いたぜ? 走ると言うよりも、滑るように、飛ぶように……まるで――大きな、鳥のようだった」
◇
「ただいま」
玄関で靴を脱いでいると、青奈が二階から下りてきた。
「ありゃ……お兄ちゃん、お帰り……」
「お前、寝てただろ」
「そ、そんなこと……ないよ……ふわぁあ……」
欠伸してるし、目が寝起きっぽいし、服と髪は乱れてるし。
「あ。明日って、お前は何かあるか?」
ふと思い出した。
青奈は、髪をガシガシと乱暴に梳かしながら、考え込むような顔をする。
「う~ん……土曜日、だっけ……?」
「ああ、そうだけど……お前、大丈夫か?」
寝起きとはいえ、曜日も分からなくなるとは、不安だ。
「失礼だなぁ……大丈夫だよ! 明日……うん、何もないけど?」
そうか、と呟いて、携帯を取り出す。
首を傾げる青奈を前に、メールの確認をした。
「……明日の午前中に、映画見るか?」
青奈は、結構好きだったハズの映画――陽愛と観に行く予定の映画だ。メールによれば、十時二十分から上映するやつを観るらしい。
そろそろ、二人を会わせてもいいと思う。
陽愛の話は前にしていたので、一緒に行くと伝える。
「えぇっ……」
不満げ、というか、微妙な反応をした。
「なんだよ、嫌そうな声出して。陽愛と行くのは不満なのか?」
無言で首を振るので、俺はもしや、と自分を指差した。
「俺と一緒に行くのが……」
「いやいや! なんでそうなるの!? んな訳ないじゃん!」
慌ててフォローしてくる青奈に、俺は眉をひそめた。
「それじゃあ、なんで?」
「だ、だって……私、邪魔なんじゃない?」
意味が分からず、ポカン、となった。
「なんで?」
「なんで、って……ああ、もう! お兄ちゃんって、鈍いなあっ!」
何かを勘違いしているんだろうか?
「でも、まあ……陽愛さんがいいって言うなら、行こっかな~……?」
モジモジしながら言う青奈に、俺は疑問符を浮かべたまま頷いた。
「ああ、来いよ。陽愛も喜ぶって」
玄関前で話すのもなんだかだし、とりあえず居間へと移動する。
ソファにカバンを置いて、キッチンへ向かい、そのまま晩飯の準備を始める。
「リクエスト」
手を洗いながら言うと、椅子に座りながら、青奈が手を挙げた。
「麺類とか、食べたい」
「温かいやつ?」
「冷たいやつ!」
季節的には少し早いけど……それじゃあ、ざる蕎麦とかでいいかな?
青奈が見始めたテレビで、ニュースが始まった。
何気なく、流して聞いていると……。
『昨日の夜、十一時頃、散歩中の二十五歳の女性が、連続殺傷事件の通り魔と思われる犯人に、襲われました――』
「!」
忘れてた訳じゃないけど……警察もなんとかやってくれているし、大丈夫だとは思っていた。
けれど、また被害者が出たか!
細かい場所などは分からないが、どうやら、隣町らしい。例によって、被害者は怪我を負っただけで、命に別状はないようだ。
大丈夫だろうな……襲われたからって、しゃしゃり出て、犯人探しなんてするつもりはないぞ。ただでさえも、他の件で手一杯なんだ。
「……復讐なんて、間に合ってる」
小さく、呟いた。
その日の夜に、陽愛からメールがきた。
隣町の映画館に行くらしい。ちなみに、今回の隣町は三大都市の方ではなく、反対側の町のことだ。
青奈も同行するということについては、既に許可は貰った。
「され、と……疲れたし、寝るか……」
今日を振り返って……思い出した。
急に俺の速さが、スピードが上がったこと。
自分でも驚くほどだった……成長、と言ってしまえばそれまでだが、あそこまでの急激な変化というのは、普通ありえないんではないだろうか?
特に、命の危機に瀕した訳ではないし――漫画のように、ピンチで覚醒、ということでもないだろう。
そして……薄らと記憶の片隅に残っている、謎の声との遣り取り。
あれは……なんだったんだろう?
誰だったんだ?
考えることが、この頃多過ぎて、俺は諦めて眠った。
記憶の隅に残る――遣り取りを終えた後の……俺の意識が戻る寸前で見えた気がした……羽は――?




