第88話 特訓
痛みに呻きながら、俺は身体を起こした。
最終代表選手に選ばれた日から、既に三日が経った。
一昨日は休ませてくれたのだが……基本、スパルタっぽい羽雪さんによって、俺は痛めつけられていた。
死んだら全快する訳だけど……普通の傷、痛みは、回復したりしないんだよな……。いや、死にたい訳じゃないけど。
朝五時半。
ゆっくりと身体を動かして、部屋を出る。
朝飯を作るため、一階へと下り、台所へと向かった。
◇
母親が出勤してから少し経って、六時四十分に青奈が起きてきた。
うわあ……すげえ、眠そう……。
「お……は、よぉぉ……ぁぅう」
欠伸混じり、というか、八割欠伸で言ってきた。
「おはよう。もう、顔洗ってこいよ」
さすがに呆れない訳にもいかないぐらいの、かなり怠そうな顔だったぞ。
目をショボショボさせながら頷いて、青奈は洗面所へと向かって行った。
苦笑しながら、卵焼きを皿に乗せる。
「んじゃ、行ってきます」
「いってらぁ……ふわ……しゃぁい……」
「……」
まだ寝惚け気味の青奈に、俺は黙り込むしかない。
とにかく、手を振って玄関を出る。
「黒葉!」
自転車を出して、道路に出ると同時に声がかけられた。
瑠海が笑顔で立っている。
「よう……どうしたんだ?」
自転車に乗るのをやめて、押しながら訊く。
ああ……俺、自転車で通う意味あるのか……?
「いや、今日は早く起きたし、一緒に登校しようかな~……なんてね」
俺の所まで駆け寄って来て、ニコニコと言ってくる。
久しぶりだな、おい。
並んで歩きながら、軽く雑談をする。
「そう言えばこの頃、放課後は忙しそうだね? やっぱり……今度の大会の……?」
俺は無言で頷く。
そういや近頃、忙しくてあまり喋ったりしなかったな。
「わりい……ちょっとな。俺としちゃ、もうちょっとゆっくりしたいんだけど……」
つい、本心として大きく嘆息すると、瑠海は控えめに笑った。
「頑張ってね。黒葉ぁ」
最初は励ましっぽい言葉だったのに、後半は甘えた声で擦り寄ってきた。
「うあぁ! おい! くっつくな、って!」
慌てて身を捩ると、すぐに瑠海は離れた。はにかんでいる。
どうやら、いつものようにベッタリしてきたのではなく、俺を元気づけようとしたらしい。
驚くような所で気を利かせる奴だな……。
「……ありがとうな」
「え? 何? もっとスキンシップが必要なんだね!」
「ちげえよ! おい、抱きつくなぁぁぁ~!」
朝から、騒がしかった。
◆
ったく……疲れる。
俺はため息をついて、目の前の人物を見据える。
そりゃ、一年の白城に辛い思いだけさせて、俺たちが楽するのはないと思うけどよ。
「どうするよ、鋭間」
ボヤきつつ、自分の専用武器、鎖牙を構え直す。
特訓として、俺と鋭間は二人で、卒業生と戦闘を行っている。四年前の、風紀委員長だった男だ。
「とにかく……登校時間までに、なんとか区切りつけるぞ」
鋭間の合図と同時に、二人で一斉に襲いかかる。
不敵に笑う相手……ぜってぇ、泣かしてやらぁ。
◆
「特訓とは……ご苦労だね」
「冗談じゃねえ」
品沼がふざけた口調で言ってくるので、俺は机に突っ伏しながらも言い返す。
「でも、大変なんでしょ?」
陽愛の心配そうな言葉に、俺は曖昧に頷く。
確かに、大変だ。死ぬほど大変です。
「き、気を付けてね……? この頃は……物騒だし……」
桃香が、不安げに言ってくる。
まあ……つい最近、物騒な事件に巻き込まれたばっかだし?
そりゃ、気を付けてはいるけどさ。
「とりあえず、魔装法の実技授業は勘弁だな……今日は、魔装法の歴史だっけ? 無駄だよなぁ~あれ」
大体は知られている事のハズだし。
「そんなこと言わないの」
陽愛が小さい子を叱りつけるように笑ってきた。
前も言われた気がするな……こういうこと。
◇
「あ、黒葉!」
俺が購買でパンを買ってから教室へ戻る最中、陽愛がダンボールを抱えながら話しかけてきた。
ダンボールを二つも積み重ねていたし、危なそうだったので、パンを一つのダンボールに乗せてから持ってやる。
「あ、ありがと」
「これ……どこまでだよ」
「保健室まで」
俺の問いに、陽愛が短く答えてきた。
遠いじゃん……。
ともあれ、乗りかかった船なので、一緒に運ぶ。
「あ、のさ」
ずっと無言だった陽愛が、突然口を開いた。
「ん?」
「明日って、空いてる?」
あ~、と唸って、頭の中で予定を確認する。明日は土曜日か……一応、空いてるか。
「ああ……空いてる……な」
少しつっかえながらも、頷く。
「じゃあさ、映画、見に行かない?」
「は……映画……?」
笑顔で言う陽愛に、俺は首を傾げた。
映画とか、久しく見ていない。
なんの映画か話を聞けば、どうやら、最近公開したアメリカのアクション映画らしい。
「意外だな……アクション系とは」
陽愛は恥ずかしそうに笑った。
「ん~……出演者とかが好きでさ……豪華らしくて、楽しそうなんだ~」
意外すぎるな。いや、意外でも……ん~……どうだろう? って、どうでもいいか。
その映画、確かにテレビとかでも見たことある気がするな。かなり、金かけてるって話だった気がする。
「ま、いいと思うけど」
「本当!? それじゃあ、後でメールとかするから!」
嬉しそうに言って、小走りに保健室へと入っていく。
なんで急に……まあ、いいけど。
◇
放課後。
例によって、俺は旧校舎にいた。
「やあ、こんにちは」
羽雪さんは、軽い調子で挨拶してきた。
「……どうも」
俺も短く挨拶を返す。
今日は……少し、違う。
「前に言った通りだよ。今日は、今までよりも、ついてくる。できなかったら、代表選手を降ろしてもらうよう、輝月くんに頼むんだね」
という約束。
四日間の内、三日は戦っていた。
もちろん、あの速さは驚異だが……何度も戦っていれば、慣れる。
「じゃあ……三十分だ」
ストップウォッチを取り出し、羽雪さんが宣言する。
押した瞬間、俺が動く。
先に攻撃されたら、翻弄されてしまうだけだ。先制しなければ、気持ちからして圧倒される。
移動魔法で詰め寄り、右肩に移動魔法を使う。素手には魔装法を使えないためだ。
その勢いで腕を突き出し、右拳を振り抜く。
自分でも上出来だとは思う、いい攻撃ではあったと思う。
初歩ぐらいなら。
「いいと思うよ? そういう、積極性、向上心」
羽雪さんは、俺の攻撃を止めていた。
防御魔法をかけた、ストップウォッチで。
「なかなか良かったからね。躱すの、間に合わなかったよ」
特に褒めるようでもなく、それだけ言って、ストップウォッチを流れるような動きでポケットにしまった。
先制に失敗した……。
特に作戦はない。
今までの戦いからすると、羽雪さんは近接型だ。しかし、ここで距離を取ってもどうしようもない。
むしろ、高速で移動する羽雪さんを、銃などで捉えるのも至難の業だ。
ここは、離れるべきじゃない。
服から風を吹かせ、自分を中心に竜巻のようなものを起こす。それを、前にやったように、自分の方向に引き寄せるようにする。
至近距離から、右脚で蹴りを放つ。
風魔法に引き寄せられるため、羽雪さんは避けるのやめ、腕で防御してきた。
これは……いける。
当たった瞬間、俺の足を通して雷魔法を放つ。
しかし……不発。
防御してから一瞬で、腕を引いたのだ。そのまま、雷を避けるようにバックステップをした。
いけると思ったんだが……やばいな。離れられたら、終わりだ。
拳銃を抜き、至近距離から銃口を向ける。
「その程度かい?」
気付けば、羽雪さんは俺の前の前にいて、見事すぎる踵落としをして、パラを地面に叩きつけていた。
その足で踏ん張り、左脚で俺の胸を蹴りつけてきた。
風魔法の発動をやめ、なんとか上体を逸らして、ダメージを軽減する。
普通なら、ここは一旦退くのだが……やるしかない。
更に前に踏み出し、今度は俺が左脚で蹴りつける。それを止められるのと同時に、俺は左脚を地面につけて、右拳を振り切る。それすらも、左腕に流された。
移動魔法、強化魔法、風魔法を使って、出来る限りの速さで、連続で打つ。
防御されようが、流されようが、羽雪さんが移動動作に入る前に攻撃する。
一瞬の間に、反撃がきた。左拳の攻撃を、右腕で止める。
「ハアッ!」
短く気合を吐き、右脚で回し蹴りを放つ。
空を切った。
羽雪さんが、跳んだのだ。かなり高く。
落下速度も合わせった蹴りが、俺の左肩を直撃した。
「ぐ、あぁァァァァァぁぁッ!」
貫かれるような衝撃に、右手で左肩を押さえて、思わず蹲る。
そして……羽雪さんの姿が、視界から消える。
駄目だった……高速移動を、させてしまった。
こうなれば、俺に抵抗する術はない。
代表選手を降ろされても……別に、文句はない。
元々は嫌だった訳だし、羽雪さんからも言ってくれれば、輝月先輩だって諦めれくれるだろう。
一年を入れなきゃいけないなら……品沼だっていい。
他にも……実力のある一年はいるハズだ。
俺が出なきゃいけない理由なんて――
いや、冗談じゃない。
ここまでして、わざわざ三年生の中にまで入れられて、みんなにも気を遣わせて……今更、降りる、だと?
ふざけるなって。折角、人がやる気になってんだ。俺が珍しくも、乗り気に、精一杯やると決めたんだ。乗りかかった船じゃなく、完全に乗っている。
それなら、やってやるよ。
要は……速さを見極めるんだ。
反応を素早く、そして、それに追いつけるスピードで……。
「……速く」
瞬間、自分の身体が温かくなったような気がした。
突然……熱風にでも煽られたような……火で温まっているような……。
移動魔法を使って、全力で動く。
……景色が、違う。
速い。自分が今までにない速さで、動いている。
背中に羽でも生えたように……地面を蹴ると言うより、滑るように動いている。
どうなってんだ……?
どこだ……どこに……見えた!
羽雪さんを、見つけた。
慣れない自分のスピードを、コントロールに苦労しながらも、扱う。
羽雪さんに近付く。羽雪さんは、少しだけ驚いたような表情をしながら、俺に高速の右脚蹴りをしてきた。
いけるか……いや、大丈夫だ。躱せる。
身体を捻って躱し、その勢いで横に一回転し、左脚で回し蹴りをした。
羽雪さんは慌てて――初めて見た――腕で守ろうとした。
爆音が響き渡り……砂煙が上がり……静かに、なった。




