第87話 不明な点ばかり
呼び出し音が数回鳴って、留守番サービスに繋がった。
携帯を閉じて、私は首を振った。
「出ないなあ……」
瑠海も携帯を取り出しかけて、やめた。
「忙しいのかもしれないし、今日はいいとしようよ、陽愛」
「う、うん……」
私は迷いながらも頷く。
桃香を待ちながら、私と瑠海で黒葉に連絡を取ろうとしていたのだけれど……どうにも、忙しいらしい。
今日は一日中、ボーッと考え込んでいて、一人ですぐに帰ってしまった。
何か……不安だ。心配だ。
「考え過ぎ、かなあ~……?」
明日、訊いてみないと。
◆
俺は風魔法で、自分の身体の周りに竜巻を起こす。
その内に、拳銃を再装填する。
「考えが、甘いなぁ……」
嘆息する声が聞こえ、近付けないぐらいの風力のハズの竜巻を、右脚が突っ切ってきた。
ど、どうやってんだ、この人――!
急いで装填を終え、バックステップで蹴りを躱しながら、羽雪さんに銃口を向ける。
竜巻を消して、引き金を引こうとした瞬間に……その姿が消えていた。
「なっ……!?」
「だからさ」
戸惑う俺の脇腹に、蹴りが繰り出される。
咄嗟に防御魔法を張ったが、その一撃は重く響き、俺の身体は横に吹っ飛んだ。
さすがに慣れた。
受身をとりながら、すぐさま羽雪さんに向き直る。
完全に姿を捉えた。銃口を向け、引き金を引く。
バンッ!
砂煙が上がり、羽雪さんは高速で移動して銃弾を軽々しく避けた。
移動魔法を使ったとしても……ここまでの高速移動は、見たことがない。
再びの衝撃音が響いた時、俺の眼前には羽雪さんが立っていた。ジーパンのポケットに手を入れて、余裕の態度である。
しかし、俺には見返すことが出来ない。
対応しようとした頃には、俺の身体は宙を舞っていたからだ。バク転するように、後方へ一回転……胸を蹴り上げられたのだ。
息は出来ず、考えることも出来ず、俺は不完全な受身の体勢で地面に叩きつけられた。
「これで代表選手かよ。随分、魔装高も甘くなっちまったもんだ。それとも……輝月くんの人選が、間違っていたのかね」
首を傾げながらそう呟いて、羽雪さんはゆっくりと俺に歩み寄ってくる。
素直な恐怖心が渦巻く。
「やる気は、あるんだよね?」
「も、もちろん……ですよ」
咳き込むと、口から血が飛び散った。
それを見て、羽雪さんは一旦、警戒を解いた。
そして、少し休憩とばかりに、ストップウォッチを取り出した後に止めて、俺に話し始めた。
「君、最終代表選手なんだっけ?」
立ち上がり、俺は込み上げてきた血を飲み込んだ。
「は、はい……そう、らしいです……」
すると、羽雪さんは大仰に肩を竦めて、小石を拾った。
それを手で弄びながら、俺に背を向けた。
「なぜ、君のような一年を、輝月くんは選んだんだろうねぇ? なぜ、他のメンバーは、先生方は、それに同意したんだろうねぇ?」
まるで独り言のように、馬鹿にしたように呟く。
……俺にだって、疑問だった。
どうして俺のような一年に、重要なポジションに据えたんだ?
「理由の一つ」
右手で小石を放っては掴んでを繰り返しながら、羽雪さんは声を高める。左手の人差し指を立てて、俺に振り返った。
「君を、よっぽど信用しているか」
それは……どうだろう?
正直、そんなに信用されているとは思えない。小園先輩に関しては論外、瓜屋先輩だって納得してくれるとは思えない。
「理由のもう一つ」
更に、中指を立てた。
悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「今年の全生徒は、よっぽど弱いか」
それはない。即答できる。
俺が輝月先輩や千条先輩と戦って、勝てるとは思えない。
「最後に考えるのは……」
そう言って、小石を高く放り投げた。
空を見上げて、夕日に目を細める。
「君を生贄にでもして、勝ちに行くつもりなのか、だ」
はい?
「ど、どういう……」
「な~に、簡単な話さ」
軽い口調で、落ちてきた小石を掴んだ。
「よくあるだろう? メンバーで一番弱い奴を大将に据え、他の強い奴らは勝ちを稼ぐって作戦さ。もちろん、大将は普通、強い奴だろう? だから、その前の相手は少なくとも一番強い奴じゃない。それを利用して、大将戦の前に勝ちを決めるのさ」
確かに……ない話じゃない。
単なるパワー勝負じゃ、勝てないのだとしたら……そこは、『奇策』なのだろう。
「で、でも! それを……輝月先輩が……」
「提案するとは思えない、ってか?」
俺の縋るような言葉を、羽雪さんは冷たく遮った。
黙って頷く俺を見て、羽雪さんは大きくため息をついた。
「この大会には、学校の一年間の命運がかかっている。それぐらいして、当たり前だろう? フェアに戦る必要なんてない。それに、第三高校の優勝回数は極端に少ない。輝月くんが焦るのも、無理はないだろう」
分かっていても、どうしようもない。
それなら……最終代表選手じゃなくとも、なんで俺なんだ?
もちろん、大将戦だって勝てる可能性を捨てる訳じゃないだろう。だとしたら、なぜ俺なんだ?
輝月先輩は、成長だとか言っていた。けれど……それだけなのか?
「あ~あ。だとしたら、なんてことだろう。そういうことを防ぐための、最終代表選手なのに」
芝居がかった、ふざけた調子で羽雪さんは続ける。
俺が首を傾げるのを見て、ニヤリとしてみせた。
「そうだろう? だって、最終代表選手は二回も戦うんだから。勝ち数だって、同じだよ」
ああ、そういうことか。
忘れていた訳じゃないが……やはり、そのリスクは大きいんだろう。
「俺が……代表選手に選ばれた理由って……」
一応、訊いてみた。
知らなくて当然だが、もしかすると、とも思ってしまった。
すると、意外にもあっさりと頷いてくれた。
「そりゃ、特別ルールじゃないか?」
聞かされていない単語が出てきた。
「特別……ルール?」
俺が再び首を傾げると、これも知らないのか、というように眉を上げられた。
「その名の通りだよ。各校の代表会議で、たまに特別ルールが設けられるんだよ。今回は、一年を出すことがルールだったんじゃないのかい?」
そんなの聞いてねえ……。
あるんだ、そんなのが。
誰が提案したんだ……まさか、輝月先輩じゃないだろうな……。
でも、そのようなルールで決められたというなら、納得だ。俺を出すために、輝月先輩が提案したとかじゃなければ、だけど……。
「それじゃあ、俺を最終代表選手にしたのも、もしかすると――」
「そうかもしれないが、今は分からないだろう? とにかく、君を強くしなければ、何も進まない」
そう言って、羽雪さんは左手でストップウォッチを取り出した。
急いで身構える。
「再開」
◇
「いってぇ……」
肩を回しながら呟く。
少しずつ暗くなっていく道を、俺はのろのろと歩いていた。
あの後……羽雪さんのスピードに対応しようとしながら、ボコボコにされた。しかも、属性魔法で追い詰めようとしながらも空振って、精神力を使いまくってしまった。
「容赦ないんだもんなぁ……いきなりだし」
丁度十五分経った後、じゃあ明日、とだけ言って、羽雪さんは消えてしまった。
「結局、どうなんだろ」
俺が選ばれた理由……更に、最終代表選手とまでなってしまった理由。
ま、大会がなくとも、俺は強くならなければと自分で思っていたところだし、丁度いい。
実戦訓練すぎて、ちょっと不安だけども……。
「あれ、黒葉!?」
例の十字路で、右からの声にハッとする。見ると、陽愛が立っていた。
「なんで……陽愛が?」
呟くと、陽愛は不満げに唇を尖らせた。
「今まで、桃香の家にいたんだよ。電話しても、黒葉、出ないんだもん」
「え……?」
思い出して携帯を取り出すと、確かに不在着信が六件ほどある。
その内三件、瑠海が連続でしてきているが……あまり気にしない。
メールにも、色々と書かれていた。
「全く……何の連絡もないから、心配しちゃったんだよ?」
陽愛はため息混じりに、でも安心したように、そう言ってきた。
少し首を傾げる。
「いや、だって……それぐらい……」
「この前、事件に巻き込まれたでしょ?」
「うっ……なんでそれを……!?」
事件と言えば、この前の通り魔事件のことだろう。
まあ、ニュースになったしなあ……少し遅く報道されたっぽいから、気付かれるにしては、納得のいくタイミングだ。
「黒葉はよく揉めごとを起こすから……」
呆れたように、やれやれ、というジェスチャーをする陽愛。
「お、お前だって、結構起こしてるだろ?」
「私は、巻き込まれてるだけだもん!」
「俺だってそうだろ!?」
不毛な言い合いを続けていると、空はかなり暗くなってしまった。
「詳しく、明日聞くからね!?」
「はいはい……。――送るか?」
「ううん、大丈夫」
俺は苦笑いを浮かべて、手を振った。
やっぱり、襲われたとなれば心配はされるか。
ナイフで一突き、だもんな……そりゃあそうだよ。多分、そうだよ。
「帰るか……」
俺も本格的に、頑張らなければいけないとは……先が思いやられる。
◇
「お兄ちゃん、お帰り~」
玄関に入ってすぐ、青奈の声が聞こえた。二階から下りてきた所だ。
その胸元に、ペンダントがぶら下がっている。
それを見て、不意に思い出した。
俺が刺されたことで、あやふやになってしまっていたが……。
「青奈……」
「ん?」
真面目な表情の俺を見て、青奈の動きが止まる。少し、不安げだ。
息を吸い込み、意を決する。
「兄さんに、会ったのか?」
空気が静まり返る。
ここで言った兄さんとは、もちろん、白也兄さんのことだ。
そこで、青奈は申し訳なさそうに俯いて、軽く首を縦に振った。
「ごめん……なさい」
慌てて、俺は首を振った。
「いや、責めてるんじゃないんだ。ちょっと、聞いたから……」
後半は言葉を濁した。
それよりも、確かめることがある。
「兄さんから、何か言われてたのか?」
青奈は少し戸惑ってから、首を横に振った。
「黒葉が気付いたら、隠す必要はない……とか、言ってたけど……分かんないよ」
「そ、そうか……」
平静を装ったが、少し、動揺した。
どういうことだ……? 兄さんは、青奈に聞け、と確かに言ったハズだ。
それなのに……気付いたら? 何に?
結局、謎が深まっただけだった。




