第84話 謎
なんだ……何があった……?
俺は今、どこにいるんだ?
ゆっくりと目を開く。
身体は怠く、意識も朦朧としている。
真っ白な空が見える……いや、天井か。
なんとか、意識を失う前の事を思い出そうとする。
なんだっけか……。
そこで、コンクリートに飛び散った血が脳裏に浮かんだ。
そうだ。
俺は瑠海の家のパーティーの帰り、通り魔に襲われて、背中からナイフで刺されたんだ。
ゆっくりと身体を起こす。
「……痛ぅ……!」
突然の鈍い痛みに顔をしかめ、反射的にその部分に手を伸ばす。
刺された背中、左胸だった。
包帯が巻かれていて、傷も塞がっているようだ。
「死んで……ないのか?」
思わず、口に出していた。
あの一撃で死ねば、不死鳥の魔法が発動し、俺は復活していた。それならば、傷どころか、痛みさえもなくなっているハズなのだ。
周りを見る。
病室のようだ……小さいので、個室ということが分かる。
花瓶が置かれていたが、花はない。
ふと、窓の方を見て気付いたが……外が暗い。まだ、夜なのか。電灯が点いているから、分からなかった。
ガチャッと音がして、ドアノブが回る。
扉を開けて入って来たのは、青奈だった。身体を起こしている俺を見て、驚きの表情を浮かべている。
「お、お兄ちゃん……! 目、覚めたの!?」
あまりにもホッとした顔をしているので、俺も力が抜ける。
青奈にだって分かっているのだ。俺は死んでも、蘇るってことが分かっている。
それでも、心配してくれる。
それは、俺だって同じだ。青奈が怪我をした、襲われた、死にかけているなんて聞いたら、急いで駆けつける。
それに……蘇ると言っても、そんなにホイホイ死んでられるか。寿命が尽きるんだよ。文字通り。
「ああ、見ての通りだ」
今更ながら、腕時計で時刻を確認する。
一時半……日にちは、既に跨いでたか。
「驚いたよ……いきなり、お兄ちゃんが病院に運ばれたって聞いたから」
でも、大丈夫みたいだから安心した。
青奈はそう言って微笑んだ。
俺が運び込まれた病院は、町の中じゃ一番の大型病院だった。
なので、痛みさえも残らないように治療は出来たのだ。
それをしなかったのは、出来なかったのは――まず、夜だったというのがある。
俺が刺されたのは、十時半になる少し前。運び込まれたのが、十時四十分頃だと聞いている。時間的に、すぐに動ける医者が少なかったのだろう。
そして、もう一つの理由。
もちろん、医者は回復魔法を使うのだが……まさか、一人の患者に精神力を使い切っては、話にならない。多くの医者がいても、手術だってすることはあるのだ。手術一回で、全ての精神力を使い切るだろう。そうなれば、緊急事態などに対応できない。
そのため、回復魔法を使う限度が法律で決められているのだ。俺に使われたのは、出血を止めて、傷口を塞ぐ分だけ。
それでも、充分なのだが。
◇
「分からない……んですか?」
「はい……すいません」
病室に来た看護師が、俺に頭を下げる。
「いや、大丈夫です。こちらこそ、すいません」
お辞儀をすると、看護師は首を振って笑った。
看護師が病室を出て行ってから、俺はどしりとベッドに身体を預けた。
窓から射し込む日曜の朝日が眩しくて、俺は目を細める。
倒れている俺を発見し、通報等をしてくれた人物に会いたかったのだが……公衆電話からだったらしく、相手が誰かはよく分からない。
ただ、女性だったと……高校生ぐらいの少女だったのではないかと、言われている。
今日の八時半……つまり一時間後に、警察が事情聴取をするために、来るらしい。
「面倒だなぁ」
呟いて、俺は外を眺める。
まだ、陽愛や桃香や瑠海、品沼などへの連絡はいかないだろう。いや、連絡はいかないかもしれないな。
正直なところ、その方がいい。
下手にお見舞いなどされても、どうしようもない。それほど危険でもなかったし。
危険ではあったのだろうが……通報者と、病院の方々のお陰で、それほどでもない。今日の午後には退院できるかもしれないぐらいだ。
とりあえずは、事情聴取をされないと……帰してはもらえまい。
それにしても、だ。
少し……疑問が残る。
通り魔は、なぜ、俺にトドメを刺さなかった?
一度トドメを刺されたが、生き返ったのでもう一度殺して……最終的に諦めた……いや、無理がある。第一、刺された左の背中……貫通したらしいので、左胸と言っていいだろう。その左胸の痛みは、あの時あの瞬間の痛みと同じ……気がする。
他に考えられるのは、俺が意識を失ったのを見て、殺したと思ったか。
これに関しては、少し自信がない。
ニュース通りなら、通り魔は三人を襲い、三人とも殺し損ねている。俺を合わせりゃ四人だが。
それなら、四回目はさすがに、殺したかどうかを確認するだろう。
次に考えられるのは、通報者に見つかり、逃げたかだ。
これは結構ありがちだろう。
通報者も、犯人が怖くて、警察などを待たずに逃げてしまった可能性もある。
まあ……それはゼロに近いが。
なぜなら、あの付近に公衆電話がないからだ。それに、高校生ぐらいなら携帯を持っているだろう。それで通報すりゃ早い話だ。
ありゃ……通報者にも、謎が多いな。
とりあえず、最後に考えられるのは、至ってシンプル。
犯人は、最初から殺す気がなかった。
九時を回った頃、事情聴取は大体済んだ。
それほどの情報も提供できなかったし、二人組の刑事はそそくさと帰ろうとしていた。
そこで、思い出して呼び止める。
「あの、刑事さん……他の三人は、どういう状況で見つかったんですか?」
三十代ぐらいの刑事が振り返り、もう一人に目で何かを伝える。
おそらく、話していいかどうかの確認だろう。
もう一人の刑事――少し若い――が肩を竦めたので、それが了承だったのだろう。三十代の刑事が話し出した。
「三人とも、夜の十時ぐらいだね……通報があったんだよ。血を流して倒れている人がいるので、急いで来て下さい!ってね」
俺の背筋に、寒気が走った。
「その……通報者ってのは……?」
「それがね」
俺が恐る恐る訊くと、三十代の刑事は少し困ったように眉をひそめた。
「公衆電話からで、分からないんだよ。多分、高校生ぐらいの女の子だと見当はついてるけどね」
俺は結構、ミステリー、謎解きが好きだ。
けれど、初めてだ。
犯人よりも……まして、自分を刺した、殺しかけた犯人よりも……通報者の方が気になったのは。知りたいと、思ったのは。
この通報者が、全ての事件を繋ぐのではないかと。
警察も、さすがに通報者と通報状況が似ている事に疑問を感じ、調べているようだ。
何かが……何かを……見落としているような……。
日曜、午後三時。
俺は本当に退院できてしまった。
既に痛みもないので、青奈と一緒に歩いて帰宅。いや……結構、距離があるんですが。
「良かったね~お兄ちゃん! 何もなくて」
「いや、何かはあったんだけどな?」
無邪気に笑う青奈を見て、俺も考えるのが疲れてきた。
誰が犯人だろうと、警察だって馬鹿じゃない。捕まえるさ。
「あ、例の陽愛さんとか、瑠海さんには連絡したの?」
青奈が訊いてくるので、俺は頭を掻いた。
「いや……だって、わざわざ心配させる必要はねえだろ」
少し考えるようにして、青奈は頷いた。
そういや、桃香の話はあんましてなかったな、青奈に。
「そうだね……大きくしない方が、いいもんね」
物分りが良くて助かる。
今度、青奈と陽愛を会わせてやるか。陽愛が、会いたがってたっぽいし。
そんな感じで、俺は暢気に帰宅した。
◇
次の日の朝。
かなり怠く、俺は身体を無理やり動かし、登校することにした。昨日の帰宅後、急いで買いに行った新品自転車でだ。
学校に着くと……例のごとく、掲示板に人が集まっている。
「うわ……また、何かやんのかな?」
「その通り。また、何かやるのさ」
俺の呟きに、後ろから返答があった。
軽く嘆息して、振り返るのも面倒でそのまま話した。
「そういや、この前……部活動反乱事件があった後に、輝月先輩が言ってたんだよな。すぐに忙しくなるって」
すると、後ろにいた品沼は、笑いながら俺の隣に移動してきた。
「ご名答だよ。これが、その忙しくなる理由さ」
大きく貼り出されたポスター……派手に、大きな文字で書かれている。
『東京魔装高校三校合同試合 聖なる魔装戦』
「どうせ、校内のあちこちに同じものが貼られるしねえ……HRとかでも言われるだろうし、全校生徒集会も開かれるだろうしね」
品沼は笑顔を崩さずに言う。
「聖なる魔装戦……ねえ……。凝ってるなぁ」
俺の呟きに、品沼は笑う。
試合って言ってる割に、戦って付いてる所が、また何とも言えないなぁ……。
兄さんから、話は聞いたことがあるんだよな……てか、出たって言ってたし。
看板に偽りなし、の通り、そのままだ。
東京に存在する、三大魔装高校を一箇所に集め、それぞれの代表が試合を行う。
三つ巴の戦争。
大イベントなのだ。これで優勝した学校は、色々と良い事がある。
まず、来年の入学生徒が増える。
そして、一年間だけだが……資金援助も増える。
第三の魔装法用アリーナが豪華なのは、このイベントの記念すべき第一回目に優勝したからだ。
しかし、近年は……第一が三回、第二が二回の優勝だ。
まあ、今年で七年目の学校だしな……それぐらいな訳だ。つまり、第三が優勝したのは、その第一回大会のみだ。
「今年は、良い人材がいるっていうし……大丈夫だと思うよ?」
品沼は他人事のように、ニコニコと語る。
そりゃ、良い人材はいるだろう。
例年と違わなければ、出る生徒の制限はない。生徒会長だろうと、風紀委員長だろうと、各種委員会の委員長だろうと、学級委員だろうと、誰だって出て良い。
しかし、出場人数は毎年違うので、まだ分からない。
「ま……いいんじゃね?」
一ヶ月後か。
七月三日だ。夏休みに入るのが七月十日からだし……まあ、いい頃合なのかもな。
全校応援ってのは面倒だが……ま、他の高校の実力把握とか、悪いことではない。
少しは、楽しみにしておこう。
「てか、『聖なる』、じゃねえだろ」
ぜってー血生臭いわ。




