第82話 挨拶
夢を見た。
あの時の夢……私が、人ではなくなった時のこと。
お兄ちゃんは、私は人間だって言ってくれたけど……それを、素直に認められない。だって、本当は違うんだ……私は死なないんだから。
お兄ちゃんだって、自分のことを認められていない、
本当の意味で、私たちが開放される日は来るのかな……来るんだとしたら、それは……いつになるんだろう――
◆
「なんで……女子って、ああいうのが好きなんだ……?」
俺は椅子に座りながら、ため息混じりに呟く。
視線の先では、瑠海と陽愛が踊っている。
「てか、なんで踊れるんだろう?」
体育とかでやってたっけ……女子はやるのか。創作ダンス。
それよりも……ああいうのって、男と女で踊るんじゃないのか? 周りの人も、同性で踊ってる組はないぞ?
いや、俺と踊ろうとされるよりはいいんだけど……。
「すごいね……私は、苦手だよ」
隣に座る桃香が苦笑いしている。
「それより、俺は腹減ったんだけど」
丸テーブルに頬杖をついて言うと、桃香は片手を丸めて口に当て、クスクスと笑った。
……やっぱ、可愛いよな。
「ん? どう……したの?」
俺の視線に気付いて、桃香が首を傾げる。
慌てて、なんでもない、と横を向いた。
「黒葉くんは……踊らないの?」
「冗談やめろって……そんな柄じゃないだろ?」
確かに、と言ってまた笑った。
移動しようと立ち上がる。さすがに……何も食わずに過ごしてられない。
時刻は既に七時だ。
「そう言えば……黒葉くんって……瑠海と、いつ出会ったの?」
いきなり桃香が訊いてきた。
「あれ……話してなかった?」
「うん。中学時代からの友達だって聞いてたけど……私、会ったこと……なかった気が……」
「ああ~……それは仕方ねえよ。だって、一年経ってすぐに転校したからな」
それは桃香だって聞いていたハズだ。
それとなく、だったからか、詳しくは知らないっぽいけど。
「あいつと会ったのは、中一の……転校してきた日だな。部活とかやってた訳でもないから、すぐ帰ろうとしたんだよ」
桃香は静かに聞いている。
懐かしい話だ……ちょっと恥ずかしくもあるけれど。
「そんでさ。帰り道の途中に、高級車が停まってたんだ。そこから降りてきた男二人が、瑠海を車に乗せようとしてたんだよ」
俺の正義感と言うか、ヒーロー気取りは、その頃から既に存在していた。
「全力で抵抗してたから、勘違いしちまってさ。突っ込んでって、瑠海の腕を掴んで一緒に逃げちゃったんだよ」
「え……?」
驚く桃香の反応を見て、俺は苦笑いした。
「けど、瑠海は別に誘拐されそうになってたとかじゃなくて……SPの人が迎えに来たのを、嫌がってただけだったんだよ――でも、俺の行動が、瑠海としては嬉しかったらしいんだ」
その日からベッタリしてきた。
なんでだろう……出会いとしては、最悪だと思うからな……関係ないとは思うんだけど……。
「そうなんだ……変わらないんだね、黒葉くん」
桃香は、どこか納得したと言うように頷いた。
「だけど、驚いたよ……お金持ちだったんだね……」
「そういや、いつ知ったんだ?」
「……? ここに、来た時だよ?」
良かった。
瑠海は自分が金持ちってのを隠してたからな……それも踏まえて、陽愛と桃香がいたのは驚いたけど。
それを教えたってことは、よっぽど親しくなったんだな。
「私が……初めて黒葉くんを見た時も……そんな感じだったなぁ……」
「え? 何か言ったか?」
「ううん……なんでもない」
笑顔で首を振る桃香。
何か呟かれたような気がしたが……気のせいだろうか?
◇
正式会場で俺は、テーブルに座って料理を食べていた。
「黒葉~? ここにいたの?」
瑠海がヒョコッと出て来た。
「ああ……腹減ったんだよ」
「アハハ……ごめんね。無理させちゃって」
「いいよ、別に」
申し訳なさそうにする瑠海に、俺は手をひらひらさせる。
「そろそろ挨拶したいんだけど……まだ、忙しいか?」
「う~ん……多分、もうちょっとだとは思うんだけど」
言わずもがな、瑠海の父親である。母親の方はいつも日本にいるので、今日は遠慮しておく。と言うか、この豪邸には来てないらしい。
「あくまでも、仕事関係のパーティーだからね」
「それに、俺や陽愛がいるのはどうなんだよ。しかも、踊ってるって……」
そう言ってやると、瑠海は照れたように笑った。
「あ、しまった……頼まれてたことがあったんだ……後でね!」
瑠海は思い出したように言うと、手を振って、会場から出て行った。忙しねえな。
「隣、いいよね?」
そう言って、俺の隣の席に陽愛が座った。
いつの間に……分からなかったわ。
「桃香は?」
「外の空気を吸いたいって、出てったよ?」
俺が訊くと、陽愛が小首を傾げながら答えてきた。
何やら会場が薄暗くなり、誰かがスピーチを始めた。
「驚いたよ……瑠海がこんなにお金持ちだなんて」
ニコニコと陽愛が言う。
「……大丈夫、だよな……? 別に、関係が変わったりとか……」
少し心配になって聞いてみる。
陽愛や桃香に至って、そんなことはないと思うが……瑠海は昔、金持ちってだけで陰口叩かれたりもしたからな。
「大丈夫、当たり前だよ」
そうだな……。
俺は言葉に出さず、ただ、頷いた。
それから約十分後……俺は一人でテラスにいた。
風に当たりたかっただけ。それ目的なら、外に出るより、ここの方がいい。
「白城くん」
後ろからの声に振り返ると、そこには……。
「お久しぶりです。姫波さん」
頭を下げる。
そこには……瑠海の父親、姫波剛玄の姿があった。
気難しそうな顔で、いかにも仕事人というイメージだ。
「また、瑠海がお世話になるね」
「いえ……こちらこそ、よろしくお願いします」
俺が言うと、剛玄は少し微笑んだ。
「挨拶が遅くなってすまんね……仕事の相手と話していたもので」
樋渡さんとかだな。
「いえいえ……俺なんて、遊びに来たようなもんですから……気にしないで下さい」
それから、学校の様子などについて話していた。
そこに陽愛がやって来た。一瞬、俺と剛玄が話しているのを見て立ち止まったが、手招きすると近付いてきた。
「君は……」
剛玄が首を傾げると、陽愛が慌てて言った。
「私は鷹宮陽愛と言います」
すると、剛玄は得心いったと言うように大きく頷いた。
「鷹宮くんか。瑠海から話は聞いてるよ。高校でできた友達だってね――私は、姫波剛玄。瑠海の父親だ」
厳格な雰囲気で言う剛玄に、陽愛は驚いたような顔をしてから慌てて付け加えた。
「あ……高校では、瑠海さんとは仲良くさせて頂いていて……」
深く頭を下げる。
「あの子には寂しい思い……大変な思いをさせているからね。よろしく頼むよ」
それから剛玄は慌ただしく階段を下りていった。
「へ~……あの人が瑠海のお父さんかぁ……」
陽愛が、どこか不思議そうな顔で呟いた。
その黒髪を風が撫でる。
「似てなかったろ」
「はは……そんなことは……」
俺がふざけて言ってみると、陽愛はどこか遠くをみつめた。
静かな空気が流れる。
もう六月なのか……口を開こうとした時、俺の携帯が鳴った。メールか。
確認すると青奈からだった。
何時に帰ってくるのか、晩ご飯はいるのか、等だった。
「もしかして……妹さんから?」
陽愛が静かに言った。
「お、なんで分かったんだよ」
「え……いや、別に。なんとなくだよ」
笑っている陽愛に、それとなく問いかける。
「今度会うか? 青奈に」
一度、陽愛は驚いたが……すぐに、微笑んで頷いた。
素早く返信して、携帯を閉じた。
「よし……一階に戻るか」
頷く陽愛と共に、俺は一階へと戻った。




