第80話 招待
学校は、本当に何もなかったように動いていた。
何人もの生徒が憶えていないらしい。空間魔法の乱発による、後遺症のようなものだろう。
その方が都合がいい……事実、俺としても助かっている。
◇
「いい天気だなぁ……」
俺は屋上のフェンスにもたれかかり、空を見上げていた。
手に持った紙パックを傾け、コーヒー牛乳を飲む。
昼食休憩中……俺は一人、屋上にいたのだ。
「たまには、静かに一人ってのも――」
「く~ろ~ば」
呟く途中で入ってきた声に、俺はため息をついた。
「何してんだよ」
「そんな、嫌そうに言わなくてもいいでしょ?」
声の主……瑠海は、頬を膨らませて言った。
左手には、購買で売っているコッペパンが握られている。
「あれ……お前、弁当は?」
いつも弁当を持って来ているハズなのだが……。
「ん? ああ……今日は、黙って出て来たから……」
少し俯いて言った。
その態度が気になり、俺は顔を覗き込む。
「どうしたんだ? 喧嘩か?」
「ん~……ちょっとね……。心配しないで、大丈夫だから」
そう言っても、やはり元気がない。
瑠海は、親と喧嘩することは多い。
普通の生活というのが好きな瑠海は、金持ちの自分の家庭に、親に反発するのだ。
「そうだ! 明日、私の別荘に来てよ!」
少し静かになったと思うと、いきなりそんなことを言い出した。
「は……? なんでだよ」
「理由? う~ん……黒葉と一緒にいたいから、かな?」
「他を当たれ」
可愛らしくニコッとする瑠海を、俺は胡散臭そうに見つめる。
何か……あるっぽいな。
まあ、普段住んでる家じゃなくて、別荘って所からして……なんか、あるよな?
明日は土曜日。瑠海が何かをするつもりなのか、はたまた……。
「え~? 駄目~?」
「だから、理由だよ」
こいつの別荘には、行ったことがある。
俺の家から、徒歩で一時間はかかる。駅とは反対方向にあって、言わずもがな、大屋敷、豪邸だ。
この町には似合わないぐらい豪華で、敷地面積も半端ではない。
瑠海がこの別荘に住んでいないのは、色々な理由があるのだが……しばらく誰も住んでいなかったため、手入れなどが必要だからだろう。使用人の方々も、こっちにはあまり来てないと聞くし。
「明日の夕方……五時ぐらいに迎えに行くからさ」
やっぱ、何かあるよな?
「……何もなければ、な」
「うん! 分かった!」
満面の笑みで、大きく頷くのだった。
◇
「明日の夜、出かけるから」
下校後、晩飯を作りながら青奈に告げた。
土曜日だし、わざわざ言うこともないとは思ったのだが……。
「え!? 夜!? ……お兄ちゃん……まさか……」
驚いたように、手に持っていたテレビのリモコンを取り落とす。
「何を勘違いしてんだ……。瑠海って奴を、かなり前に話したろ? そいつの家に――」
「うわあああっ! やっぱり、女の子の家に……」
「だから違うっつうの! いや、違わないけれど、違うっつうの!」
ショックを受けたような顔でソファに倒れ込む青奈に、声を張り上げる。
クッションに顔を沈め、のたうち回っている。
いつから……俺の妹は、こんなに愉快な奴になっちまったんだ……。
いいんだけど……兄を無視したりするより、よっぽどいいんだけど……。
なんだか、なあ?
◇
翌日、土曜日。
母さんは仕事、青奈は友達とお出掛け……家には俺一人。
なので、久しぶりに眠っていた。
休みの日でも、週間づいていることなので、どうしようもなく早く起きてしまうのだが……それもそれで、疲れを感じない訳じゃない。
ベッドに横たわったまま、俺は目を瞑り続けていた。
ふと目を覚まして時計を確認すると……十一時を過ぎている。
「うお……さすがにやべえかな……」
青奈は夕方に帰ってくると聞いているので、俺と入れ違いになるかもしれないな。
欠伸をしながら一階へと下りて、冷凍庫から適当に冷凍食品を抜き出す。
作るのは面倒だし、たまにはいいだろ。
そう思いながら、冷凍食品を電子レンジへと入れる。ボタンを押して待つ。
「あ~楽だ~」
椅子に座って、テレビをつける。
ニュース番組で、通り魔の事件を報道している。被害者は既に三名出ているらしいが、死亡者はゼロのようだ。
「物騒だな……ここらの町じゃないか」
ここらの町……魔装三大都市のことである。
都市、とは言っても、三分の二は町であって、一番離れているのが都市と呼ばれる。別々に呼んでも面倒なので、三大都市としてまとめている。
魔装三大都市と言うのは、この町と隣町、そして隣町の更に隣の都市。
この三都市だ。
俺の住んでいる町は、この三都市の中で一番田舎っぽい。
播摩土研究所があった隣町、その更に隣の都市の順で開発が進んでいる。
とは言っても、それほど中心地でもない都市が、魔装三大都市なんて呼ばれているかというと……まあ、理由は簡単だ。きっと、誰もが考える通り。
この三都市にあった研究所の共同研究により、魔装法が発見された。
なので、この三大都市には研究への資金提供などが惜しみない。
「隣町か……恐い恐い」
魔装法が使われ始めた頃は、犯罪が多発していた。そりゃ、便利な力が使えたら、はじける奴らもいるだろう。それは、警察が魔装法を使えるようになって解決されたが。
俺は冷凍食品を手に取って、テレビを消した。
◇
適当に過ごした午後……その夕方五時丁度に、随分と立派な車が迎えに来た。
「白城様。お迎えにあがりました」
テレビに出てくるような執事が、運転席から降りてきて俺にお辞儀をした。
確か……守屋さん……だったかな?
「どうも、お久しぶりです」
俺もお辞儀をし返す。
服装はいつものでいいと言われたが……やっぱり、あれだな……。
「どうぞ」
後部座席の扉が開けられる。
乗り込む前に確認すると……瑠海が乗っていた。
青いドレスを着て、艶かしく足を組んでいる。
「……予想通りだな」
「え? このドレス、見透かされてた!? しまったな……前は、赤だった気が……」
「そうじゃねえよ!」
待たせても悪いので、仕方なく乗る。
「今日、パーティー開くのかよ」
「うん」
即答……。
「お前、黙ってたよな?」
「ご、ごめん……だって、言ったら来てくれないでしょ?」
申し訳なさそうに頭を下げてくる。
俺は仕方なく、ため息をついて済ませた。
「でも、予想通りってことは、勘づいてたのに来てくれたんでしょ?」
「……ああ……」
少し不機嫌そうに答えてやる。
その通りではあるが……瑠海には色々と心配や迷惑をかけているから、今回だけ、だ。
一回だけ参加したことがあるが……空気的にと言うか、俺にはとにかく合わない空間だった。
「それで? なんで俺がお呼ばれしたんだ?」
疑問だ。
そういやこの前、こいつ、パーティーに参加してなかったっけ?
「お父さんが……今、日本にいるから。会っておきたいんだって」
瑠海の父親、か……何回か会ったことはあるが……今、日本にいるのか。
「会いたくは……ねえなあ……」
思わず呟くと、瑠海がクスクスと笑った。
「そうだよね。あんな気難しい人に、会いたくはないよね」
「いや、そういう訳じゃねえけどさ」
走り続ける車の窓越しに流れていく景色を見ながらも、俺の心境は複雑だった。
「俺の服、このままでいいのかよ」
「いいよ。あっちで着替えてもらうけどね」
それともう一つ、と瑠海がニコッと笑った。
何かを企んでいるような顔で……。
「今日は、サプライズゲストもいるから」
◇
別荘に着いた俺は、すぐに一室へと連れて行かれた。相変わらず広い……建物の色彩は白が主となっている。
手入れしたのだろう。清潔になっている。
守屋さんともう一人の使用人が俺の着替えを手伝う。う~ん……こういうの、苦手なんだけどなぁ……。
仕方ない。
このパーティーには、最後まで付き合ってやるか。




