第79話 解決
一年A組の教室で……俺は帰り支度をしていた。
正確には、俺、陽愛、折木、瑠海、品沼の五人がいる。
「ったく……教師ってのも素っ気ねえなぁ……」
俺はため息混じりに呟く。
今回の事件で負った怪我は、例によって、保健室の園田先生に治してもらった。
それでも、やはり中途半端なのだが……。
「気付いてたけど、お前たちの問題だから……って、おかしいだろ!? こんなに校舎とかが被害を受けたのは、先生にも問題があるだろ?」
不満を言う俺。
時刻は既に下校時間……しかし、俺たちは今まで、先生やら生徒会やら呼び出され、今回の事件についてのことを話していたため、遅くなったのだ。
「まあまあ……とりあえず、無事に終わったし」
「黒葉だけは、無事じゃないっぽいけどね」
陽愛がなだめてくるのを、瑠海が茶化す。
「色々と大変だったよ……僕は、何もやってないけどね」
品沼が、引け気味に言う。
俺は、別に、と首を振った。
「そ、そうだよ……品沼くんは品沼くんで、大変だったんだから……」
折木が慰めるように慌てて言った。
とりあえず、俺は鞄を肩に掛ける。
「じゃ、帰りますか」
◇
あの後……俺は、少し怒り気味の、陽愛、折木、瑠海の三人に担がれて、保健室へと運ばれたのだった。
なんで怒っていたのかは不明だが……とりあえず、その日は駒井とは会えなかった。
俺たちより、訊かれることは多かったんだろう。
結局、八木を捕まえたという連絡は届かなかった。
既にヴェンジェンズに逃げた可能性がある。その点については、教師陣も黙っているつもりはない、らしい。
◇
品沼は駅に向かい、俺は陽愛と折木と瑠海の三人と、駄弁りながら家に帰った。
家に入ると、青奈がソファで眠っていた。
「おいおい、風邪ひくぞ」
起こそうと思って……やめた。
どうやら、疲れているようだしな……せめて、俺が晩飯を作り終わるまでは眠らせてやろう。
そう思い直し、毛布を取って来て、青奈に掛ける。
鞄を部屋に置いて、晩飯を作りに向かうと……後ろから、青奈の寝言が聞こえた。
「……分かんないよ……私……――にい……」
ん?
なんか……懐かしい響きがあった気がする……。
気のせいか?
「俺も疲れてるしなあ……」
呟いて、晩飯を作り始めた。
◇
次の日、学校は何事もなかったかのように始まった。
昨日の夜には、少し青奈に元気がないぐらいで、特に変わった点はなかった。
早めに自転車を走らせ、俺は学校に着き、真っ先に生徒会室へと向かう。
予想通りと言うか……当たり前になってしまっているが、そこには輝月先輩が一人でいた。
「おはようございます」
「やあ、おはよう」
さすが、と言うべきか……普通に登校して来て、怪我をしているのか分からないぐらいに平然としているのには、驚く。
俺だって、両脚が痛い。
「さて、何の用かな――と、訊くまでもないか」
輝月先輩は落ち着いた笑みを浮かべた。
分かりきってる……俺は頷いた。
「八木は、捕まっていないんですか?」
俺としちゃ、正直どうでもいいことから聞いてみた。
「そうだね、捕まっていない。主に風紀委員会が動いてくれているらしいが……見つからないんだよ。さすがに学校外となれば、風紀委員会も好き勝手には動けないよ」
八木が駒井にしたことを、許すつもりはない。
許さないけれど……むしろ、この学校に戻って来ないと言うなら、それはそれでいい。駒井が再び傷付くことがなくて済む。
「それじゃあ……『魔装法研究部』と『人間研究部』の処置は……?」
これは、少しだけ気になっている。
「ああ……あの部内にも、今回の件に関与していない部員はいたからね。存続の方向だよ」
「でも、少なくなってしまうんですよね……部員は」
輝月先輩は微笑んだまま、目を軽く閉じて頷いた。
なら……本題だ。
「駒井は、どうなるんですか」
それだけでも、知りたい。
輝月先輩は、呆れたような顔で首を振った。
「やれやれ……せめて、他の部員も心配しておやりよ――とは言え、一番の被害者かもしれないしね」
輝月先輩は一息ついて、完結に言ってきた。
「お咎めなしだ。今言った通り、彼女も被害者なのだろうし、逆に功績もある……今件に関しては、見て見ぬふりだよ」
見て見ぬふり、か……。
まるで、いじめみたいだ。
深く考えると、全て皮肉になりそうなので……俺は無言で、一礼をした。
生徒会室を出ようとした時、後ろから声がした。
「少しでも、ゆっくりすることを勧めよう。すぐに……忙しくなるからさ」
輝月先輩の、意味ありげな言葉は気になったが……とりあえず、俺は教室へと向かった。
新たな事件の予兆でも、しているのだろうか……。
いや、待てよ……?
この時期と言うと……。
「白城くん」
考えながら廊下を歩いていると、不意に、声をかけられた。
顔を上げると、駒井の姿があった。
「駒井!? もう、大丈夫なのか!?」
俺はつい、声を大きくしてしまった。
駆け寄る。
「うん……まだ、話を訊かれたりするけど……大丈夫」
微笑みながら言う駒井を見て、俺はとりあえず安心した。
「プライバシーとか、今回の事について……」
「あ、それも大丈夫だよ。ちゃんと、守られてるから」
左手を前に出し、ひらひらさせて、駒井は俺の心配を否定した。
確かに……疲れているようだが、どこかホッとしている雰囲気だ。
俺は安堵のため息をつくと、駒井は笑った。
「やっぱり、優しいね」
「おいおい……そりゃ、心配はするよ。俺なんかを、他の本当に優しい方々と並べるなって」
少し呆れ気味に言うと、また笑った。
その顔を見れるだけで、俺は今回、動き回った意味はあると思う。
「白城くんのくれた言葉は、誰よりも優しかったよ。心から、思ってくれてるんだ、って……感じた。白城くんの優しさは、他人のために必死になれるとこなんだよ? その時点で、白城くんは優しいよ」
その言葉は優しげで、その言葉の持ち主は笑顔で……とても、暖かかった。
俺には、勿体無いほどだった。
他人のために必死になれるのは……優しい、か……。
そうかもしれないが……俺の場合は、違うんだ。
過去の、自分に降りかかった不幸への――誰も手を差し伸べてくれなかった不運への、個人的な仕返しなんだ。
俺はしてもらえなかったから、俺はしてやる。
ごめんな……駒井。
俺は、悪い奴なんだよ。
自己満足で、誰かに礼を言われる必要はない。
でも――
「白城くん、助けてくれて、ありがとう」
――笑顔でそう言った彼女を、彼女の笑顔を守ることができて――良かったと、心から思った。
◇
B組の駒井とは分かれて、俺は教室に入った。
席に座ると、隣の席が騒がしかった。
「やっぱり、姫波さんって頭いいよね~!」
「髪も綺麗だし……羨ましいよ~」
「ねえねえ! どんなシャンプー使ってるの!?」
瑠海の席だ。
完璧な外見、中身だって相当。そんな瑠海に、女子が集まっているのだ。
少し騒がしい気もするが……これぐらいなら許せるし、安心してるので、気にならない。
人の長所は、時には短所になる。
妬みの対象となり、意味もなく、虐げられる。
瑠海は長所が多いだけでなく、転校生というのもある。
俺としては、いじめられたりしないか、心配な所ではあったのだが……どうやら、その心配も無用のようだ。
笑顔で多数の女子と接する瑠海を、俺は遠目に見守ろう。
「瑠海、人気者だね」
いつの間にか俺の隣に立っていた陽愛が、囁くように言った。
「まあなぁ……あいつの立場はいつだって、他人に依存するしかないんだよ」
「それはそうだよ。でも、やっぱり可愛いよね……」
珍しいな。
「あれ? 陽愛、そういうのに嫉妬するのか?」
少し小馬鹿にしたように言うと、顔を真っ赤にして否定してきた。
「ち、違うって! 嫉妬なんかしてないし! 私、そういうの気にしないし!? ただ、改めて見ると、本当にそうだな~って!」
「あ、ああ……分かった分かった。落ち着けって」
苦笑いして、俺は陽愛を落ち着かせようとする。
部活動反乱事件は終わり、平和な日常が戻っていた。




