第7話 戦い明けて魔装高で
物質変換魔法の説明を、先ほどは簡単に済ませてしまったが、案外難しいものなんだ。
というか、訓練とかをしない普通の人にはできない。
考えてもみてくれ。
道具や武器を通すことでしか効果を発揮しない魔法……と言っても、そんなのほとんど意味がなく、俺がやったみたいに、壁を通して発動もできるのだ。
そんなものなのだが、それでも、前から言う通り相性は重要だ。
回復魔法なんてものも存在するが、その魔法をかけて消毒液をやれば、様々に派生する。そういうものだ。
それを、自由に変えられる。変換できる。そんなものは危なすぎる。
使える人間は……厳しい訓練を積んだか、元々の才能だ。
事実、元々の才能で変換できる人間しか、俺は見たことがない。
だから、不良の先輩に言った、「才能が惜しい」という言葉はまんざら嘘でもない。
◇
帰宅して七時半。
青奈はテレビを見ながら俺を待っていた。というか、晩飯を待っていた。
前にも話したと思うのだが……青奈と俺は仲が悪い。俺が避けられているだけだが。この関係は三年前から始まり、続いている。
余談だった。
そんな関係の俺達だが、さすがに兄が左腕に大怪我を負って、結構な量の出血をして帰ってきたら驚かれた。心配されたというより、ほぼ怒られた感じだった。
「お、お兄ちゃん!? どうしたの!? 本当にもう……ちょっと待ってて、手当するから。動かないで座ってて!」
ものすごい剣幕で言われたので、俺も大人しく椅子に座る。
事情は話せなかったので……こけたらアスファルトから木が生えててそれに刺さった、と言っておいた。
さすがに嘘だとバレたようだが、深くは突っ込んでこなかった。
木の破片を取り除き、消毒し、包帯を巻いた。
一応は回復魔法を使った。とは言っても、使ったのはあくまで青奈である(俺に回復系魔法の才能はない)。
それから、急いで晩飯を作ったが八時過ぎになってしまった。俺ん家は、八時前には飯を済ませるようにしていたのだが……。
「悪い、疲れたから寝るわ」
俺は青奈に言うと、早くも布団に潜り込んだ。
◇
五時に起床した俺は、とりあえずシャワーを浴びて左腕の包帯を替えた。
意外にも、傷はほとんど治っていた。青奈の回復魔法のおかげでもあるんだろうが。
朝飯を作って、着替えを済ませ、昨日はすっぽかしたパラの整備をする。
それから、携帯を開くと……うわ……昨日送られてきたハズのメールが何通かあった。差出人は、予想通りというかなんというか、陽愛だった。
メール内容は、俺を心配してくれていて、昨日は何もやらなかったのかどうかという話が主だった。
『遅れてすまない。一応戦った。一人だけは倒しといた』
みたいな適当な返信をした。
怒られるだろうなあ……俺。
朝飯を済ませ、七時四十分に、自転車に乗って魔装高へ向かった。
自転車を駐輪し、真っ直ぐに生徒会室に向かう。
仕事が忙しいので、授業以外はほとんど生徒会室にいると聞いた。
扉の前に立ち、三回ノックをすると、どうぞ、という言葉が聞こえてきた。俺は少しだけ警戒しつつ、扉を開けて一礼した。
「一応、中間報告に」
俺は生徒会長席に座る輝月先輩を、真っ直ぐに見つめて言った。
正直、この先輩……生徒会長のことだから、あの先輩が登校してくるという情報も掴んでいるのだとは思う。それでも、自分で言いに来なければ安心できない。
なので、昨日のことについて大まかに報告した。
輝月先輩は穏やかな顔で聞いていた。
「……うん、了解。ご苦労さんだったね。後の二人もよろしく頼むよ」
爽やかな笑顔で、そのイケメン面の生徒会長は言ってきた。
まるで他人事のようだが……実際、他人事だろう。俺としては何も言えない。
「……はい。それでは、失礼します」
時間も丁度良いし……ま、こんなもんでいいだろう。
後は教室に戻って――
「ねえ、三年前の魔装法暴乱事件を覚えているかい?」
突然の言葉だった。
だが、その一言は俺に、反射的に銃を抜かせた。俺は振り返って、輝月先輩に銃口を向ける。
何も考えていない。何も考えられない。自分が何をしたいのかも、分からなかった。
「……どういうつもりだい?」
落ち着いた問い。けれど、俺は答えない。自分でも分からない。
「その事件が……なんだって言うんだ。覚えていたら、何かあるのか」
無意識に口から言葉が飛び出した。
今にも引き金を引きそうだった。意思に関係なく……その衝動を抑えられそうになかった。
しかし……頭が真っ白になった瞬間、俺の拳銃は手元から消えていた。
「感情的になるな。周りが見えなくなってるぞ」
いつの間にか、輝月先輩は俺の前に立ち、俺のパラを持っている。
そのお陰で、俺も少しずつ冷静になってきた。
「すいません……」
謝ると、輝月先輩は俺の腰のホルスターにパラを差し込んだ。
「いや、俺も悪かった。知っていることをわざとらしく聞いてしまった」
本当に悪いと思っているようだ。
いや……この件に関しては俺が悪い。
「いいんです……それでは……」
俺は沈んだ気分で生徒会室を出た。
◇
「ちょっと! ちゃんと話してよ!」
教室に入ると、まあ、陽愛が居て。それでもって、第一声はそれだった。
何に怒っているかって、あの適当なメールとか、なんで状況とかを教えなかったのか……みたいな。
「わ、分かった分かった。うん、心配させてごめん」
あまりにも怒るもんだから、俺も気圧された末に話してしまった。
話したけれど、更に怒られた。そりゃそうなんだろうなあ……。
その日も普通に授業を受けて、昼休み。
弁当は作らなかったので、購買で適当にパンを買ってきて食べる。
コッペパンを食いながら、俺は遠目に陽愛を見る。
陽愛は俺と違って、普通に友達がいる。まあ、当たり前かもしれんが。今は女子の友達三人と弁当を食べている。
別に、無理して友達が欲しい、って訳でもないが……なんというか、羨望の眼差しを向けるしかないな。
遠い目をしていると、一人の男子が俺の前にやってきた。
あまり背が高くなく、小柄。優しそうな顔立ちの奴だ。
「やあ、白城くん」
俺には見憶えのない奴だが……クラスメイトだよな……?
あ、いた気がする。地味にだが、結構成績良い奴だったハズだ。
えと……名前は……。
「確か名前は……品沼 悠……だよな?」
「うん、そうだよ。憶えててくれたんだ」
良かった、間違ってなかった。
「一緒に昼食とっていいかい?」
「……ん? あ、ああ……」
こんなことは初めて過ぎる。
いきなりのことで戸惑ってしまった。
品沼は弁当を机に置き、椅子を引っ張ってきて俺の前に座った。
「話すのは初めてだね。僕は君に興味があってさ」
珍しい奴だな……俺みたいな根暗に関わろうと思うとは。
「ほら、白城くん、魔装法の授業で成績良いよね? 詳しいんだな~って」
俺も知識は結構ある方だからな。
昔、兄さんにも教わってたし。
「ああ、まあな。でも、授業に出る内容なんて、大体が皆知ってることばっかだろ」
俺はコッペパンを飲み下し、コーヒー牛乳を飲み始める。
「そうだけどさ……分からないことだってあるよ。それに、魔装法と武器の相性がすぐに分かるってのはすごいことだよ」
それは……自分の訓練、自習によるものだ。
三年前から俺は、魔装法について詳しくなろうと思った。
強くなろうと、思ったんだ。
あれから品沼とは他愛ない話をして、昼の休憩時間を過ごした。
午後の授業も難なく受けて、学校を出る。
陽愛は用事があるとのことで、急いで先に帰っていった。
「今日も行く予定なら、ちゃんとメールしてよね! 分かった!?」
帰る間際に、陽愛は怒り気味に俺にそう言ってきた。
そうだな……陽愛も当事者だ。友達としても、少し配慮が足りなかったかもしれない。
そんなことを思っていると、歩いて校門を出ようとする品沼が目に入った。
俺は自転車を走らせ、横に着ける。
「よっ。お前、家近いのか?」
いきなりの登場で驚いたらしいが、俺だと分かると笑ってきた。
俺の問いに、品沼は首を横に振った。
「違うよ。電車で帰るんだ」
「ふ~ん……そうか。電車使うなら、第二高とかの方が近かったんじゃないのか?」
納得の疑問が一緒に頭の中に巡っていたが、疑問を口に出してみた。
「そうでもないよ。それに、僕としては、第三高校の方で良かったよ」
俺はそうか、と言った後に別れを告げ、自転車を走らせた。
いつもより急ぐ。
なぜってそりゃ、今日で決着をつけるつもりだからに決まっている。