第77話 最後の空間
この世から、いじめがなくならないのは、なんでだろう?
強い人間と、弱い人間がいるから?
違うんだ。
強くあろうとして傷付ける人間と、優しくなろうとして傷付く人間がいるからだ。
強くあろうとする奴は、他人の気持ちを汲み取り、自分の心を抑えなければいけないんだ。
優しくなろうとしている奴は、相手のことを考えて、厳しくても怒ったりもしなければならない。
全て、綺麗事。
もっと事態は簡単で、強くて強気の奴が、弱くて弱気の奴を、自分の優越感のために踏みつける。
たった、それだけなんだ。
ノリが良くて楽しくて、友達作りが上手ければ、おそらくはいじめられない。
いじめている人を助けろ、なんて、それこそ綺麗事だ。
だって、誰もが、弱い方に流れたくはない。蔑まれて、馬鹿にされる方に、なりたくなんかない。
いじめの対象が一人なら、その一人の我慢で、生贄で、大勢が救われる。
いじめを失くす?
無理なんだ……それは。
個性が存在する限り、いじめはなくならない。
強い個性と弱い個性……大まかに、この二つの個性が存在する限りは、いじめも何もなくならない。
でも……俺は。
個性を蔑ろにしてまでも、いじめを失くしたいと思えない。けれど、いじめられていた奴が目の前にいて、変わろうとして、助けを求めているなら……無視したくない。
俺は、今まで酷い目に遭いまくってきた。
だから、少しは意志が強いと思っている。
みんなは俺を見て、こう言うだろう。
「それはお前が出来るだけであって、そのヒーロー気取りな助け方は誰でも出来る訳じゃないんだ」
そうだよな。
俺が出来る理由なんて、たまたま、それより酷い経験があったからだ。
そう……たまたま。偶然。
でも、それで、充分だろ?
お前たちが出来ないと言うなら、代表で俺が言ってやる。
嫌われ役でも何でも、引き受けてやる。弱い方に、行ってやるよ。
俺の偶然を、無意味に、無駄にしたくない。
ただ、それだけで……周りから見れば、模範解答の動きでしかない。
誰も出来ない、模範解答。
したくないんだ。
現実は、口で言うように軽くない。言動の一つ一つが、とんでもない重みを背負っている。
だからこそ……俺は、自分を特別だと、あえて言おう。
模範的なハズなのに、特別になってしまっていることを、俺はしよう。
彼女を……いじめから、救う。
「こま……い……」
咳き込む俺を見て、駒井は微笑みかけてきた。
覚悟をした奴の目。
「八木、さん……私は、あなたを許しません。白城くんと一緒に、私はあなたを、許さない」
胸の傷を左手で押さえながら、駒井は必死に八木に宣言する。
俺の携帯から、メールの着信音が聞こえたが……今はそれどころじゃない。
八木は、震えながらも立ち上がった駒井を見て、口笛を吹いた。
「許さなかったら、どうするんだ?」
その答えとして、八木の足元の床が雷撃により抉れた。
制服から……魔装法と道具の相性としては、あまり良くない物から、高濃度の雷魔法を使っている。
攻撃特化の属性魔法では、これぐらいの力があるのか。
いや……きっと、駒井の精神が……。
しかし、八木は余裕の体でニヤッとする。
「ほ~ら、どうした? やっぱり、お前じゃ、この身体を傷付けられねえだろ?」
そうだ。
あいつは八木の意思であって、品沼の身体だ。
俺にだって、傷付けられない。
「あなたを倒して、この空間を消滅させる」
駒井は力強く言い放つ。
そこで、俺は携帯を取り出す。
よく考えれば、メールを送ってきた人に助けを頼めばいいんだ。
俺の馬鹿。
相当やられてんな。
倒れた体勢から、携帯を取り出してメールを確認する。
水飼先輩? 元気になったのか?
何の用だろう?
『駒井 梨衣菜という女子生徒が、この空間の中心』
短い文だった。
それだけで……。
「どういう……ことだ?」
本人も気付かない内に……いや、そうだな。それは出来る。
空間を創った奴が、何を、誰を中心と考えて空間を創造したかによるんだから、そりゃ出来る。
でも……だからと言って……なんで……?
まさか、中枢の破壊と言って、駒井を殺したりはしない。
駒井の空間へのイメージを、崩してしまえばいいだけだ。
「こ、駒井!」
俺は、苦しい肺をなんとか機能させ、その名前を叫ぶ。
「どうしたの、白城くん?」
駒井は、ちゃんと八木に意識を集中させたまま応じる。
「この空間を、壊そうとするんだ! ただ、消えてしまえばいい、こんなの幻影だって、思い込めばいい!」
「え……そ、そんなこと、突然言われても……」
戸惑う駒井。
それを見て、八木が気付いたか、というように……ニヤッとした。
なぜだ?
気付かれるのを、待っていたのか?
なんの……ために……?
「確かに、空間中枢はそいつだ」
八木は、俺の疑問に答えるかのように喋りだした。
「だが、創造主は俺なんだよ。正確には、俺と部員数名だがな」
益山じゃなかったのか……。
しかし、それなら逆に話が早い。
こいつを倒せば、空間は崩れる。
気絶させるぐらいなら、身体の持ち主である品沼も、許してくれるだろう。
同じことを思ったのか、駒井はより集中した表情になる。
破壊的雷魔法が使える駒井……その駒井に狙われながらも、八木は余裕の表情を崩さない。
「いいぜ? やれるもんなら、やってみろよ」
駒井は迷わず、雷撃を放つ。
気絶させることが目的なので、かなり出力は落としている。しかし、充分速く、攻撃としては最高だ。
それは呆気なく……品沼の身体を撃ち、倒した。
痛みを堪えてなんとか歩み寄ると、気絶している。これで、この空間も崩れていくハズだ。
元々、不安定だったんだし、創った奴が倒れれば、中枢を壊さなくても充分だ。
そう思っていた時――空間が揺れた。
大きく波打つように、壁、床、天井……全てが揺らぎ、暴れているようだ。
「これは……空間が、崩壊しようとしてるのか……?」
呟いて振り返ると……駒井の様子が、おかしい。
何かに……無理やり、入り込まれているように、身体を自分で抱いている。
「こま、い?」
空間は、捻れ、圧縮され、収まるように――駒井に吸い込まれていく……!?
「駒井ッ!?」
叫んで、一歩踏み出した瞬間……その目の前の床を、雷撃が抉った。
「え……?」
立ち止まる俺を、突き飛ばすように雷が直撃した。吹っ飛んで、壁にぶち当たる。
元々の傷もあり、耐え切れずに吐血する。
また、暴走――?
いや……何のキッカケもなかった。それに、彼女はもう、弱くない。
「空間魔法を創る時、中枢となるものを決める……そこから、空間魔法は形作られていく」
いつの間にか……階段の上から、俺を見下ろす影があった。
見憶えのない三年生……まさか……。
「八木……?」
「その通りだ」
その三年生は頷いて、ゆっくりと階段を下りてくる。
今いる空間は、第一空間……つまり、本来の空間だ。
この姿こそが八木の本当の身体、本人なのだ。
見渡すと、気を失っている品沼が少し離れた位置に倒れていた。
「簡単なことさ。空間魔法と言えど、核があるんだ。順番からすれば、その核を創ることが先……それなら、少しの精神力で、核だけを保つことが出来る」
そんな……まさか……ここまできて……。
嘘、だろ?
「品沼の身体を乗っ取ることを、気絶させられることで強制解除した。その瞬間……魔法空間が崩れる瞬間に、空間の核だけを保った」
本人を空間中枢にする……つまり、彼女の中に、小さな空間ができると思えばいい。その小さな空間を維持するのには、創った者の精神力と、本人の魔法空間に対する気持ちだけ。
駒井は、魔法空間の破壊を強く思えなかった。
だから、八木を倒すことにした。
しかし……八木は少しの精神力で、核だけを維持した。
その結果――
「破壊された空間は、核が残ってるにも関わらず崩れた。その不安定な空間の欠片は、暴れた。行き場のない、暴れる空間の破片は、唯一の逃げ場へと入った」
「それが……今の駒井だって、言うのか……」
「そうだ」
随分と遠回りしたような説明の後、俺は呆然とする。
どうすりゃ、いんだよ……?
いや、分かりきっている。
「八木。改めてお前を倒す。それでいいってこったろ」
俺がパラを握りしめて言うと、八木は笑った。
「そうだな……核もなくなりゃ、それで終わり。そのためには、俺を倒せばいい。ただ……出来るかな?」
ハッと振り返った瞬間、俺の右肩を雷が撃ち抜いた。
「ぐアァ!」
再び壁にぶつかり、血を吐く。
そうだ……俺も、限界がきている。
無言で立ち去ろうとする八木に、俺は必死に問いかける。
「なんで……なんでだ! もう、お前たちの目的は不達成……いや、充分だろ!? これ以上、駒井を傷付ける理由はなんだ!?」
その叫びに、八木は嫌味な笑顔で振り返った。
「そうだな……散々邪魔してくれた、お前への復讐もある。けど……一番は……」
我を忘れたように、本当にただ、暴れるだけの駒井を見て笑った。
「駄目な奴は、最後まで駄目……誰も、手を差し伸べてなんかくれねえって、教えたいのかもな」
「……クソッ……チクショォォォォォッ!!」
ふざけんなッ!
駒井は、駄目な奴なんかじゃない……なんで、お前たちが分かってやれない!?
俺よりも近くにいたハズなのに……チクショウ……!
「俺が、俺が差し伸べてやる! 駒井を、俺が手助けしてやる!」
その叫びに、八木は口笛を吹いただけだった。
「ま、せいぜい頑張れよ。こいつに暴れさせて……俺はその間に、ヴェンジェンズへと転校するよ」
最後まで嫌味に……それだけ言って、八木は消えていった。




