第73話 憶測
裏口から校舎に入った俺と陽愛は、真っ直ぐに四階へと向かう。
どういう結末を辿ったかは不明だが……今や、争いの音は聞こえてこない。
「急ぐぞ!」
息を切らしながらも、俺たちは生徒会室へと向かう。
「……! 待って!」
陽愛が驚きの入り混じった声で叫んできた。
立ち止まって振り返る。
「どうした?」
「……あれ」
指差す先には……四階、廊下の端、二つの人影が立っている。
「おいおい……まさか……」
ため息混じりに、俺は呟く。
顔がハッキリと見えて、確認できた。軽く舌打ちをして、拳銃に手を伸ばしかけて……やめた。
「桃香……瑠海……」
陽愛の呟いた通り、折木と瑠海が立っている。
そして、雰囲気で分かる通り……あの二人は、さっきの生徒たちと同じだ。
つまり、幻影の意思に、身体が乗っ取られている。
「悪いんだが、陽愛……俺のポリシーとかには反するんだけどさ……ここ、任せていいか?」
あまり好ましいことじゃない。
ポリシーとか以前に、女子一人に任せるってのは……なあ?
でも、ここは一対二だろうと、陽愛に頼む。
「……分かった、やってみるよ」
「ごめんな。いざとなったら、逃げていいから」
俺はそれだけ言って、陽愛たちに背を向ける。
俺の予想だと……手遅れになるかもしれない。
間に合ってくれよ――!
◇
生徒会室を扉を、ノックもせずに開ける。
入った瞬間、生徒会役員の面々が半立ちで身構えていた。俺の顔を見て、肩の力を抜く。
「どうも、白城くん。色々とお世話になってるわ。だけどね、ノックもせずに入ってくるのはどうかと思うわよ?」
羽堂先輩が落ち着いた口調で告げる。
俺はホッと一息つくと、扉を閉めた。
「すみません。でも、こんな状況でよくのんびりしてられますね」
すると、吉沢先輩が口を開いた。
「先生方が一人もいないのですよ。空間を上手くずらしたのかもしれません」
つまり、と水飼先輩が引き継ぐ。
「生徒会で対応するしかないんだよ」
「そんなことは、白城くんだって分かってるよ。誰だって分かるさ」
輝月先輩が悠然とした態度で言った。まだ、輝月先輩は穏やからしい。
「問題なのは、だったらどうするか、だよ」
全員が黙る。
やっと俺は、ここに来た目的を思い出した。
「相手側の目的は、知ってますか?」
「学校の乗っ取り?」
羽堂先輩の問いかけに、俺は頷く。
「そうです。そのために、彼らは混乱を起こした」
俺は自分の考えを話し出す。
「まず、空間魔法で二種類の空間を創り出す。その一つに、真相を知っている邪魔な人間を入れる。もう一つに、何も知らない全校生徒を入れる。その間に、本来の空間では、彼らが目的を達成する――」
ここで、言葉を一度切る。
「――そう、思っていました」
「どういうことですか?」
吉沢先輩が小首を傾げ、短く問いかけてくる。
「違ったんです。別空間から別空間への移動……それは、自分のいる空間を崩す必要があるんです。しかし、『魔装法研究部』の部長や、『人間研究部』の女子生徒は、空間を越えていました。俺の予想通りなら、彼らは本来の空間にいるハズ。けれど、本来の空間は崩せないので、移動は不可能です」
元々――ここまで大きな空間を、維持するのは大変だと思っていた。
しかも、離れた空間からの、自分がいない空間の維持。とてもじゃないが、精神力は保たない。
けれど……その考えが、間違っていたら?
第三空間には、『魔装法研究部』の部長が。
第二空間には、『人間研究部』の少女が。
それぞれ、本物がいたのだとしたら、どうだろう?
「彼らは、長く二つの空間を保つことが目的だった。もしくは、俺たちを元の空間に戻さないことが。俺と水飼先輩がいた空間には、『部長』がいました。俺と水飼先輩が、空間の核を見つけてしまったので、仕方なく登場し、ただ破壊されるよりも有効な使い方をした」
「それが……幻で本物を奪うこと……」
水飼先輩が、思いついたように呟いた。
陽愛を襲った奴らと戦った時、弱いと感じたのは、まだ幻影の意思が身体を奪いきれていなかったから。
「全員が認識したら空間は壊れる。だからこそ、生徒同士で戦わせ、混乱を起こした」
輝月先輩が俺の次の台詞を言った。
さすが。納得も早いらしい。
でも、と羽堂先輩が考え込むように腕を組んだ。
「それをする理由は? 彼らの目的は、学校を乗っ取るってことよね? それと、空間魔法……何が関係しているの?」
立て続けに疑問を口にする。
こっからは……本当に憶測だ。
「彼らは、少し滲ませたんですよ。目的を。彼らが本当に乗っ取るつもりなのは――」
そこで、輝月先輩がハッとした。
気付いたのか……すごいな。
「生徒会執行部です」
◆
私は、あまり戦いは得意じゃない。
一対二なんて、とんでもない。
けれど……今は、今は戦う。任せられちゃったから。
「桃香……瑠海」
私は、相手の名前を呼ぶ。
二人はゆっくりと近付いてくる。
拳銃を取り出して、必死に構える。
二人は、偽物じゃなく、幻じゃなく、本物。けれど、意思は偽り。
とりあえず、得意な幻惑魔法の煙幕を張り、こちらの姿が見えないようにする。壁に手をつき、魔法式を描く。それを両方の壁にする。もちろん、本当には描いていないが。
まだ、思考発動を完璧には使えない。
後は、イメージを湧かせて、魔装法を発動した。
水色のシミのようなものが、どんどん壁に広がっていく。
目に映る程度の壁一面に、水色が広がった。それにより、壁には特殊な力を帯びる。
サアア!
煙幕を突き破り、二人が武器を持って現れた。
けれど……二人はウロウロとするだけで、私を捉えられない。
この水色がある限り、壁に面する私の姿は、壁に映る。魔装法で、壁に鏡の力を付与したからだ。
私の姿は様々に反射し、更に廊下にも映す。それで、私の居場所がよく分からなくなってしまうんだ。
「ちょっと大変だけど……戦わなくても、なんとかできるもんね……」
両手を胸の前に合わせて、自分を勇気づけるように呟いてみた。
そこで、油断していたんだと思う……。
◆
「随分と……なめられてるのね」
羽堂先輩が、かなりの間の後に言った。
「確かに少数だけど、この学校で退くつもりなんてないわよ」
「確かにないですねぇ~」
「私もありません」
女子陣が全員、不愉快そうに言った。
しかし……この予想は、限りなく正解に近いだろう。
輝月先輩は考え込むように黙っている。
「この空間で俺たちを襲撃し、生徒会執行部に成り代わる。その後、どうするんだ?」
しばらく考えて、輝月先輩が疑問を口にした。
「結局、奴らの言う、学校の乗っ取りってのとは違うんじゃないか? この空間が崩れ去れば、問題にされるのは、あいつらの方だろ」
そこも……おそらく、だが……。
「生徒の意識を支配したように、魔装高全体を支配するんです。と、言うよりは……ここでの出来事の記憶を、引き継がせようとしているんだと思います」
「……それは……」
何かを言おうとした輝月先輩を、半ば無視するように、俺は少し声を大きくして言った。
分かりやすく、言い切った。
「この空間で、生徒会執行部を倒す。精神力、意識の途切れた生徒会役員の幻影を創り、空間を崩す。そして、幻影で本物の生徒会役員を操る」
できなくはない。
この幻影による本物の乗っ取りも、空間が崩れることによってできた不自然さを利用したものだ。
さすがの生徒会役員も、やられた後ではどうしようもない。
「なるほど……それで、生徒会執行部の乗っ取り、か。だけどなあ……成功したとしても、いつかは戻るだろう?」
輝月先輩が面白そうに言った。
「そうですね。でも、彼らはそれで充分なんだと思いますよ? 少しだけ、生徒会権限を使用して、作り変えようとしているだけなんだと思うんです」
学校の改革。革命。
いじめのない学校。
平和な世界。
おそらく、それは一部の人間の考え。
本当は……もっと目的があるハズだ。
それは、俺にはまだ、分からないが……。
「だけど、それは俺たちがやられたら、の話だろ? 確かに、生徒会執行部は少数だが、簡単に負けると思うのか?」
輝月先輩は不敵に笑った。
そうだ。
生徒会執行部は少数精鋭。
人数は少なくとも、簡単に負けるハズがない。通常なら、十人でかかろうと、三十人でかかろうと、勝ち目は低い。
だが……俺の考えが正しければ……。
その時、生徒会室の扉が開いた。
俺が通って来た扉ではなく、隣接する空き部屋との間の扉。奥の右側にあるのだ。どうやら生徒会で使っているらしいが、物置としてというか、お茶などを準備したりするのに使ったりもしているらしい。
そこから、お茶を盆に乗せた、品沼が入って来た。
「……輝月先輩、品沼にはどうやって集会の連絡がいったんですか?」
「ん? いや、俺が水飼から電話をもらう前に、生徒会室に一緒にいた」
「……本当ですか?」
「ああ、そうだけど――」
俺はパラを抜き放つと、品沼に銃口を向ける。
気付かなかったのか……身内と思って油断していたのか……輝月先輩ともあろう人が……。
品沼は素早く反応した。
盆を俺に放り投げる。湯呑みが床に落ちて割れ、お茶が飛び散った。
発砲して、盆を砕く。
それと同時に、品沼は四本のナイフを投げた。
それぞれ一本ずつ、驚きで動けなかった生徒会役員に突き刺さる。
「あが……!」
「う、あ……」
「え……あ、あ……」
「う、う……」
それぞれ、驚愕の声を上げて、椅子に深く沈む。
「しな……ぬま……ッ!」
俺は歯軋りをして構える。
違う……こいつは、品沼じゃない……。
「ふう……お前が来るとは予想外だった。白城……だっけか?」
品沼の顔で、姿で、笑った。
「本当は、駒井を暴れさせようとしていたんだが……お前らが話に集中してたから、不意打ちできたぜ」
「……確信はなくとも、すぐに撃つべきだったよ。お前が……」
そいつは、大仰に両手を開く。
品沼では考えられない、酷い笑顔で。
「そう……俺が、『人間研究部』部長、八木だ」




