第71話 新たな謎
「な、なんだ……!?」
「何が……起こってるの?」
「もしかして……!?」
俺、陽愛、水飼先輩はそれぞれに驚きの声を上げ、周りを見渡す。
学校のあちこちから聞こえてくる……一箇所じゃない。
「とりあえず、こっちに!」
俺は叫んで、廊下を一直線に走り出す。
廊下の反対側に向かいながら、陽愛に事情を説明する。
「じゃあ……やっぱり……。なんか、違和感があったんだよね」
少し息を切らしながら、納得のいった、という顔で陽愛が言った。
やはり、違和感を感じている人はいたんだ。
「本当なら、学校関係者全員に事情を説明しちゃえば、その瞬間に空間は崩れんだけど……」
今は、この音の真相を知らなければいけない。
廊下の反対側に着いた俺たちの前では――
何十人もの生徒が、戦いあっていた。
「おい……なんだよ、この状況は……」
銃弾が飛び交い、ナイフやらなんやらの刃物がぶつかり合う。拳と脚が相手を吹き飛ばす。
「ど、どうしちゃったの……こんな……」
陽愛と水飼先輩も絶句している。
すると、その戦いの渦の中から、一人の一年生がこちらを向いた。
「お、おい! 助けてくれ! いきなり、何人かの奴らが襲って来たんだ!」
どうやら、最初に戦い始めた奴らがいて、その何人かが無差別に人を巻き込んで戦っているらしい。
「チッ……。状況もよく分からねえけど、助けを求められたら無視できねえよな」
俺は舌打ちをして、拳銃を片手に喧騒の中に突っ込む。
陽愛には向かないので、離れているようにと伝え、水飼先輩には遠距離からの支援を頼んだ。
しかし……何人かの生徒は、我を忘れたように暴れていて、二、三年生も混ざっている。さすがに、すぐに決着とはいかない。
数を素早く数えると、突然戦い始めたと思われるのが十六人。巻き込まれたと思われるのが七人だ。
「クソッ……! どうなってんだよ!」
悪態をつきながらも、なんとか三人目を倒す。
正直、陽愛を助けた時の疲れが残ってる。しかも、こんなすぐに戦うと思っていなかったため、パラの再装填をしていなかった。
左手でナイフも取り出し、左右から殴りかかって来た二年生の男子をいなして、峰打ちで倒す。
どうやら……十六人も、共闘しているようではないらしい。
それに気付いた頃には、こっちは共闘している七人の内、三人目が大怪我を負って戦闘不能に陥った。
相手はまだ、九人残っている。
「仕方ない……逃げるぞ!」
まだ元気な四人に、三人を背負わせる。俺はその間、水飼先輩と共に九人をなんとか食い止める。
「黒葉!」
振り返ると、陽愛がこちらに向かって走ってくる……!
「お、おい! 何してんだ!」
「いいから!」
追い返そうとしたが、陽愛は自分の拳銃を取り出しながら、更にスピードを増した。
そして、俺と襲いかかってくる九人の間に狙いを定め、引き金を引く。
その銃弾は……煙を帯びていた。
「魔装法……!?」
幻惑魔法か!
床に着弾すると、銃弾は煙幕を撒き散らした。
九人の姿が一瞬で見えなくなる。
「陽愛、ナイス! 逃げるぞ!」
無闇に攻撃されないように、俺は左後ろへ避けながら叫んだ。
十人全員で、階段を駆け下りた。
「ハァ……ハァ……つ、疲れた……」
一階へと逃げ出し、そこから更に、廊下の反対側へと移動したのだ。
移動魔法も使っていたが、全速力だったし、疲れた。
「いやよぉ……なんで、いきなり襲って来たんだよ!?」
一緒に逃げていた中の一人が、大声で怒鳴った。
「大声出すなよ……それに、学校中でまだ、色んな奴らが戦い合ってるようだぜ」
俺は疲れた調子でボヤいた。
その通りで、さっきの戦いは止めることが出来たが、学校のあちこちから絶え間なく、争う音が聞こえてくる。
俺は後ろの水飼先輩を振り返ると、携帯を取り出した。
「水飼先輩、この空間なら、本物のみんなに繋がるんですよね?」
「その、はず……だけど」
俺の手の中の携帯を見つめて、水飼先輩は自信なさげに頷く。
物は試し。
携帯で品沼に電話をかける。
……出ない。
「あいつ……今、どういう状況なんだ?」
第三空間の時は仕方ないけれど、今も出ない。何かあったのか?
「とりあえず、この騒ぎが、『魔装法研究部』と『人間研究部』の仕業だってのは確実だよねぇ~……」
水飼先輩が控えめな笑みを浮かべて言う。
それは確実だろうな。
自ら第三空間を破壊した部長……その策略があるのだろうか?
「ま、状況確認なら、この人だね~」
緩い調子で水飼先輩は言うと、携帯を取り出して電話をかける。
しばらくして、相手が出たようだ。
「あ、会長ですか~? 大丈夫ですか~? 色々と大変なことになってませんですか~?」
いやいや、おいおい。
何やってんだよ先輩。会長って、輝月先輩じゃねえか。そんなふざけた口調で話しちゃ駄目だろ。
それからしばらく、水飼先輩は輝月先輩へ説明をしていた。
「……はい、はい……では、そ~いう~ことで~」
通話が終わったようだ。
「ど、どうでしたか?」
俺達が緊張して聞くと、反して水飼先輩はのんびりと言った。
「ん~? まだ、事情を把握出来てないってさ。でも、空間魔法については説明しちゃったし~この空間も崩れ始めるんじゃない?」
「そ、そうですか……」
「あ、でもでも! 今から生徒会が緊急集合しますから! 後ね~……今日は風紀委員長が休みらしくて、学校にいないらしいよ?」
それは……前のは頼もしいが、後のは不安だ。
前のは、生徒会がこの事態に対処するということなので、かなり安心できる。
しかし、後のは、風紀委員会の力は弱まっていると言って差し支えない。今回は、あまり協力は仰げないかもしれない。
「ま、そ~言うことですので! 私は、集会に行って来ま~す!」
敬礼して、水飼先輩は走り去ってしまった。
「なんなんだ……あの人は……」
「でも、なんか安心できるよね」
呆れる俺に、陽愛はクスクスと笑った。
そう言えば……第三空間で、偽陽愛から――
「……関係ない」
「え?」
「あ、いや……なんでもない」
つい呟いてしまった俺に、陽愛が小首を傾げる。俺は慌てて手をひらひらさせた。
「じゃあ、俺たちはこれで……」
さっきまで戦っていた七人――三人は気を取り戻したようだ――は立ち上がって言った。
「あ、ああ……じゃあ、気を付けてろよ?」
「分かった」
知っている一年生に言うと、そいつは頷いた。七人は礼を言いながら、階段を上っていった。
「さて……どうする?」
俺が聞くと、陽愛は携帯を取り出した。
しばらくの間、電話などをかけていたようだが、苛立ったように携帯をしまった。
「駄目……桃香にも、瑠海にも繋がらない……」
なんでだ?
この空間は、第三空間よりも違和感を持ちやすくなってしまっている。
それなのに、未だ崩壊しない。
陽愛、生徒会役員、あの七人……真実を知っている人間が増えたのに、空間はむしろ強くなった感じがする。
なぜだろう……第三空間を潰したことにより、負担が減ったから? それだけじゃないだろう?
「教えてあげます」
唐突な声に階段の踊り場を見上げると、『人間研究部』にいた一年生の少女がいた。
「……君たちは、突然の登場が好きだな」
「まあ」
少女は短く言うと、階段をゆっくり下りてくる。
「……誰?」
「ああ……さっき教えた、『人間研究部』の部員の子だよ」
不審そうに訪ねてくる陽愛に、小声で俺が説明する。
近くまで来ると、少女は立ち止まった。
「教えてくれる、ってのは?」
「そのままの意味ですよ? この、不可解な状況を教えてあげます」
さっきと同じような台詞を、少女は微笑を浮かべて繰り返す。
自分としても、知りたいので構わない。喋らせとくのが無難だ。
「まず、凶暴化した生徒たちですが……あれは、第三空間が崩壊したことによる影響です。これが『魔装法研究部』部長の狙いでした。第三空間の創り出した幻影が、そのまま本物を乗っ取たんです」
……!?
馬鹿な……幻影が、本物を操る?
いや――まさか――
「可能……なのか?」
隣で、陽愛も驚愕しているのが分かる。少なくとも、俺は聞いたことがない。
少女は笑った。
「もちろんです。魔装法を作り出すのが精神……それを逆流させるという考えです。まあ、今回のような舞台が整えられていないと、無理でしたけど」
だろうな。
これに限らず、今回のハイレベルな魔装法などは、舞台を整えることによって効果を発揮していた。これも、例外ではないらしい。
「もちろん、意思の固い人たちとかは、幻影の影響を受けていない。でも……影響を受けた生徒で、この空間を強化し、暴れさせたら……」
「……何が、目的なんだよ」
俺は短く舌打ちして、何度も聞いた問いを、再びかける。
少女はニコリと笑って、両手を広げた。
「学校の乗っ取り……変わりませんよ?」
何が――何が、そこまでさせるんだ?
こいつらは、何をそこまでしたいんだよ。学校の乗っ取りなんて、アバウトな目的じゃなく……あるハズだろう?
「もっとあるんだろう? 君にとっての目的が。ここまで大掛かりなことをしといて、陰謀の一部としてだけなのか?」
俺の問いかけに……少女は俯いた。
しばらく……誰もが黙っていた。
「――私、は……」
少女が口を開いた。雰囲気が……変わったぞ……。
「私は! 住みやすい世界が、平和な世界が、欲しいんだ!」
急に、触れられたくなかった所に触れられたように、少女は激昂した。
その叫びに応えるように……少女の制服から、全方位に雷が迸った。
「!!」
慌てて、俺は陽愛を庇うように抱きしめると、しゃがみこんで背を向けた。
雷が俺を直撃し、痛みが走る。歯を食いしばってそれに耐えた。危うく、意識を持っていかれそうになったぜ。
「……!? く、黒葉!?」
陽愛が驚いた声を上げる。
これは……魔装法……俺と同じ、雷魔法……。
しかし、やはり種類が違う。
彼女のは、精神が不安定な状態で無意識に生み出されている。
そして何より――
「うあああぁぁぁ!」
少女は唸るように、雷を発し続ける。その雷が、周囲の壁やら床やらを抉る。
俺の多用型と違って、彼女のは完全に破壊型。俺の防御などにも使える種類ではなく、ただ、周囲を破壊するため、攻撃するための属性魔法。
こういうのは、激しいの負の感情から生まれることが多い……。
陽愛を後ろに庇いながら立ち上がり、少女に向き直る。
その眼前を、何本もの細かい雷撃が駆け抜ける。
まずは彼女を止める。
話を聞くのは、それからだ。




