第70話 次ステージ
水飼先輩と共に向かったのは……四階だった。
水飼先輩の話によれば、空間中枢はこの階にあるそうだ。
黙って歩きながら、俺が考えていると……不意に、水飼先輩の足が止まった。
「どうしたんですか?」
「この部屋だよ」
俺の質問に、早い返答がきた。
しかし……。
「部屋って……ここ、壁じゃないですか」
突き当たりの部屋はあるが、水飼先輩が向いているのは、その数歩手前の壁。
「だから……分からなかったんだ」
そう言って、水飼先輩は壁を勢いよく蹴りつけた。
「え……?」
その壁にはいつの間にか……。
さっきまで、確実になかった扉ができていた。
「結界魔法」
短く説明してくれる。
「本来の魔装高では、結界魔法でカモフラージュしていたんだよ。もちろん、それだけじゃいつかバレるけど……みんなの、ここは壁だ 、という認識が、一役買ってたんだと思う」
よくよく考えると……この壁の向こうには、確かに空間がある。
第三魔装高の両端の部分は、一階から四階まで全て、少し広くなっているのだ。
丁度、部屋一つ分ぐらい。
「ここの壁は微妙な位置でしたからね……気付きにくいですよ」
「多分、伝統的に受け継がれてきたんだと思うよ? 部室がなくても、部活動は創れるからね」
それにしても、だ……。
空間魔法の中に、結界魔法を張っていたのだ。
素直に感心する。高等技術だが、出来ないこともない。
空間の中でも、基本魔法から属性魔法まで、とりあえず魔装法は使えるのだから。
「やっぱ……戦闘ですか?」
俺の精神力も回復してきている。
魔装法は使える。
「さあね? 私にゃあ、よ~分からんよ~」
いつものおどけた調子で、水飼先輩が笑った。
「そう、ですね。じゃあ、行きましょうか」
ドアノブに手を掛けた。
『魔装法研究部 部室』
その部屋に、俺と水飼先輩は乗り込んだ。
中には……誰もいない。
それどころか、普通の部活動の部室のように怪しい物も特にない。
普通の教室だ。
「えと……この部屋を壊すんですか?」
「いやいや。部屋なんて、精密にイメージしにくい物を中心にしたら、不安定だよ。この部屋の中に、もっと具体的な何かがある……」
そう言って、部屋を見回す水飼先輩。
「ここを見つけたんですか」
振り返るとそこには、魔装法研究部の部長と名乗った三年男子生徒が立っていた。
「さすがですよ……他の空間も、案外早く壊れ始めている。やはり、侮っていたかもしれません」
第二空間は、崩壊し始めているらしい。
それもそうだ。教師陣を先頭に、あのメンバーを、いつまでも違和感も持たさずに封じ込めるなんて無茶な話だ。
「そうだな。それが、今回のお前たちの敗因だぜ」
「いえ、負けていませんよ」
俺の軽口に、部長は首を振った。
「まだ、やれることはあります。そうですね……あなたたちは、学校の乗っ取り、と聞いて、何をすると思いました?」
「何を、って……」
何を?
具体的には、何も分からない……。
支配権……運営権限の乗っ取り?
「分からないでしょう? だから、止めるなんて無理なんですよ」
「お前をぶっ倒す。それで解決だろ」
昔の少年漫画の主人公のような台詞を言い放って、俺は構える。
「……面白い」
部長は微かに笑うと、右手を挙げた。
今までずっと黙っていた水飼先輩が、大きく反応した。
「まさか……自分から――!?」
その言葉の意味は、すぐに分かった。
幻影の部室が、一気に崩れ始めたのだ。
もちろん、幻影の空間が消えても、中にいる人間が潰れたりはしない。
しかし……何もない訳じゃない、らしい……。
「大丈夫……だけど……」
水飼先輩は、どこか焦ったような声を上げた。
第三空間はほとんど崩れ……別の校舎が見え始めた。
もしや、第二空間か?
「その通りだよ~鋭いね~」
俺の表情を読んでか、水飼先輩が砕けた口調で言った。
「第一空間には、連れてってもらえないんですかね?」
「おそらくねぇ~……むしろ、今から本番です! みたいな?」
やはり、口調はふざけていた。お陰で俺も、緊張感がイマイチになっている。
立ち尽くす俺たちの周りで、完全に第三空間が崩れた。
しかし、第三空間と寸分違わない別の空間が現れた。いや、現れたというよりも……空間が更新されたみたいに。
「じゃあ、ここにはみんなが?」
「うん、そうだと思うよ」
ここには……本当のみんながいる。
けれど……おかしい。
第三空間を自ら破壊した部長の姿はない。それに、この第二空間だって壊れかけのハズだ。
第二空間よりも第三空間の方が、まだ無事だっただろう。
学校を乗っ取るなんて言っときながら、何をやろうとしているのか……。
「この空間の中心は分からないから、またリセットかぁ……」
少し疲れたように、水飼先輩が言った。
「とりあえず、この部室から出ようか」
水飼先輩が、そう言って扉の方に向き直る。
「待って下さい……何か……」
俺が呼び止めようと思った瞬間、甲高い悲鳴が響き渡った。
この声……!
「陽愛――!?」
俺は水飼先輩を押し退けて、部室を飛び出す。
四階……いや、三階か!
背後から水飼先輩が慌てて追ってくる音がする。
駆け下りた階段先、陽愛が、大勢の生徒に囲まれている。十人近い!
「おいッ!!」
この陽愛は本物のハズだ。と言うか、全員、本物のハズ……。
待てよ……それなら、なんで襲われてんだ?
てか、今は考えてる場合じゃない。
「く、黒葉……!?」
陽愛が俺を見て、驚いている?
なんで?
襲われてる方が驚くだろ。
「はあぁッ!」
俺は遠慮なく、パラを抜くと同時に発砲する。
三人を一気に倒し、そこから一人を蹴り倒す。反撃で向かってきた拳を受け流し、背負い投げで床に叩きつける。近くの一人を回し蹴りで倒し、左拳で一人を殴り飛ばし、パラで二人を撃つ。向かってきた一人のナイフを、左手で抜いたナイフで切り結び、力任せに体当たりで壁に叩きつける。
全員倒れている……さすがに、おかしくないか?
全力でぶつかったし、全ての攻撃に強化魔法も使ったが……弱すぎる?
「ありがとう、黒葉……。でも、なんで四階から来たの?」
「え?」
なんで、って……言われても……。
「さっきまで、二階にいなかった?」
それはきっと……俺の幻影だ。
やっぱ、俺のもいるんだよな。
「気のせいだよ。それにしても、なんで襲わてたんだよ」
理由が分からない。
「私にも、よく分からないよ……廊下を歩いていたみんなが、突然……」
――?
どういうことなんだ?
「クローバーくん!?」
後ろから水飼先輩が慌ててやって来た。
「すみません、水飼先輩……よく分からないんですが……」
まだ、全てが終わった訳じゃない。どころか、再び始まってしまったのか?
突然、襲って来た?
俺が事情を説明して、三人揃って首を傾げた時――
学校のあちこちで、悲鳴、銃声、金属音、叫び声……様々な音が鳴り響いた。




