第6話 町の廃工場
なんだって俺は運が悪いのか、三日以内に一学年上の先輩方三人(備考・不良)を相手取ることになった。
とりあえず、授業は全て受けた。
魔装法の授業もあったが、実技ではなく、魔法歴史に関してだったので面白味もない。ほとんど知っているし。
とりあえず、俺は使用許可の下りた自前拳銃を帯銃し、ナイフをすぐに取り出せる位置にしまう。
午後四時半。
陽愛と一緒に下校したが、怒ってしまった陽愛はあまり口を利いてくれなかった。
さて……家に帰ると、部屋に青奈はいるみたいだったので、声だけかけておく。声だけってのは、すぐに出かけるからだ。
私服に着替え、外見から、高校の情報は分からないようにする。
つまり、早速の出陣って訳だ。
「さすがに……入学拒否は話にならねえからな」
俺は呟くと、町へ出かけた。
◇
色々と情報を集めた結果、一番有力なものとして、不良の方々は廃工場によくいるらしい。
廃工場とは、近所にある、本当に何もない潰れた工場で、以前は機械部品を作っていたらしい。
今やその原型もないのだが。
生徒情報は一人分だけある。
2年B組 木戸内 陸人
どうも三人の中では一番の不良で、一番強い奴ということだ。悪さにも容赦がなく、補導回数が最多らしい。
当たり前だが、俺としちゃあ先輩が登校しようが不良だろうが関係ない。どうでもいい。
それでも、一応俺にやられりゃ、役に立てるってことだ。
俺の住んでる町は、東京といっても田舎の方で、ビルが多数建ってたりしているような場所じゃない。
最後に聞き込みだけした骨董品店を出ると、真っ直ぐに例の廃工場へ足を向けた。
「さて、と……今日の内に解決してくれれば有難いんだが……」
我ながら他人事のようだ。
俺は自前の拳銃を軽く握り締める。
この魔装法用拳銃だが、結局の所、モデルは実銃と変わりない。俺の銃は、パラ・オーディナンスLDAモデルだ。使いやすくて助かってる。
魔装法を使うのにも、それを纏わせやすい銃弾などがあった方が効果的だし、何よりそれなら銃じゃなくてもいい。
そこは魔装法と、それをまとわせる武器の相性だからな。
自分通称『パラ』に非殺傷用銃弾を籠める。
兄の拳銃は使わない。保険として持っているが、使うつもりは毛頭ない。
歩いて三十分。
既に時刻は六時を過ぎている。
「さて……ここまで来たんだ、何もなかったんじゃ割に合わないぜ」
俺は呟くと、真っ暗な廃工場の鉄扉をゆっくりと開け、中に入る。
中はそこまでボロボロという訳ではなかった。元々大きな工場だったんだから、それぐらい頑丈なんだろうな。天井も壁も穴は空いてない。
ホコリだけが舞っている。
俺は緊張を解いて、深く息をした。
「今日はハズレっと……まあ、仕方ない。明日には仕上げたいんだが――」
パシッ!
俺の愚痴を途中で遮り、何かが音をたてた。
何かが真っ暗な工場内を、俺の周りを走っている。その気配が過ぎる度に、その場からパシッ! パリッ! という音がする。
「……なんだ、いるじゃないか。居留守は勘弁してほしいぞ」
さっき解いた警戒を、俺は再び強めた。パラを持つ手に力を入れる。
少しずつ暗闇に慣れた目が、音の正体を見極めた。
それは、床に落ちていた木片を魔装法で操った、矢だった。俺を取り囲んだ不格好な木の矢は、牽制のつもりなのだろう。
「物質を少しだけ変換する魔法……遠隔操作系の魔法……確かに攻撃としては弱く見えるが、魔装法を使った技としては高レベルだぜ」
どこかに潜んでいる相手に、俺は呼びかけた。
実際、拳銃などの、元からの遠距離武器なら話は別だが、自分から離れた物を操る――しかも、物質変換状態を保ったまま……下手するとこんがらがって墓穴を掘ったりする高レベルな技だ。
「不良としておくには惜しい才能だぜ。楽しい学校生活に戻る気はないか?」
「……お前、魔装生か?」
初めて、相手から言葉が返ってきた。
「どうだろうな。それより、いいのか? 俺と戦うつもりなのかよ」
周りの木の矢が揺れ始める。
ま、俺も元から――
「そのつもりだ」
今回は本当に真面目な、自分のための戦いだ。
どうやら一人らしいし、他の二人が来ない内に決着はつけておきたい。幸い、目も暗闇に慣れてきたしな……。
そんな事を思っていると、木の矢が約十本、一斉に俺めがけて飛んできた。
「ハッ……!」
俺は笑うと、移動魔法で上へ素早く跳ぶ。
パラを空中で構え、相手を探す。
「甘い」
声の方向を探る暇も与えられず、新しい木の矢が飛んできた。一本だけなので、集中できるのだろう。速いし、形も矢そのものだ。
「そっちはそっちで戦い慣れてるのかもしんないけど……」
俺は飛んできた矢を、風魔法を纏わせた銃弾で迎え撃つ。
向かい風で速度の落ちた矢を、吸い込まれるように真正面から銃弾が撃ち抜く。風の加速力も加えた銃弾は結構な威力だ。
「俺だって、戦い慣れてっからここにいるんだよ」
ゆっくりと着地し、すぐにサイドステップで横に体を動かす。その元あった体の場所を、木の矢が通り過ぎる。
こいつの戦闘タイプは、武器の循環にも使えるやり方で、物を変換して武器状にし、遠隔操作で戦うやり方だ。
姿が見えないのは……普通に厄介だろ。無闇にも撃てない。
「出てこいよ……!」
乗ってこないことぐらい分かってるが、低く誘いながら警戒を続ける。
こうなったら……。
「チッ……めんどくせえ」
俺は先ほど相手がやっていたように、室内を走り回る。そして、指を地面の鉄片で傷つけ、血で壁に適当に何かを描く。一応全て、統一した模様を描いている。
二周ほどして止まった瞬間、木の矢が飛んできた。
移動魔法が使えるタイミングではなかったため、仕方なく上着を脱ぎ、それに防御魔法を発動して矢を払う。もちろん、払うと言っても、払いきれる代物ではないので、刺さることになった。
「何を……したんだ」
「分からないなら、意味はないぜ」
もちろん、意味のある行動だ。
精神を集中し、そこらの壁などの魔法式から、魔装法を発動させる。
相手には見えないし、分からない。
異変に気付いてか、一瞬攻撃が止まったが、すぐに矢が二本飛んできた。俺はそれを、避けない。
俺が発動した魔装法は、風の動きが感じ取れるようにする魔法だ。そのためには、あの様なめんどくさいことをする訳だが、効果的だ。どこから矢が飛んできたのか、どこから飛ばすのかがハッキリと分かる。
バレないように、カーブさせて飛ばしたりしていたらしいが、この魔装法の前では、その動きも丸見えだ。
だからといって、二本の矢を防ぐ手立てを、俺は全く考えていない。次の攻撃の前に、相手を叩きのめすことが目的だからだ。
俺は防御魔法ではなく、全ての力で最速の移動魔法を使った。
一本の矢は、俺の頬を掠めて流れた。が、もう一本がそう簡単に流れてはくれなかった。
もう一本は、俺の左腕を深々と突き刺した。
「ぐっ……ぐあッ……ッ……!」
痛みに呻きながらも、俺は真っ直ぐに相手の居場所へと高速移動する。
「なっ……お前! 狂ってんのか!?」
「よく言われるよ!」
左腕に大怪我をしながら突っ込んできた俺に、相手は驚きの声を上げる。俺も応答しながら、相手の服の襟を掴んで乱暴に引っ張り出す。
床に放り出されてすっ転んだ相手に、パラを向け、引き金を引く。
「フウ、ショット」
相変わらずの適当ネーミングセンスだが、強烈な横回転をしながら銃弾は飛ぶ。
小規模の台風が巻き起こり、相手の背中を銃弾が直撃する。
案の定、防御魔法は張ってくれたが、追い風の銃弾でその効力はほぼ消費されている。相手は、小規模台風に吹き飛ばされて全身を打った。
「ぐあっ! 痛え!」
相手は相当の痛みらしく、動けず、立ち上がれてすらいない。
「お前には聞きたいことがある……それに、学校に来い。当分は風紀委員の監視強化措置がとられるとは思うが、案外悪いとこじゃないぞ」
俺はそれだけ言うと、パラをしまう。
左腕の治療も必要だし、今日は帰らなければ……幸か不幸か、他の二人はいないらしいし。
「負けた限りでは……抵抗しない。会議にかけられるにしても、明日は魔装高に大人しく行こう」
不良にしては潔いな。そして助かる。これ以上の争いは無意味だからな。
けれど逆に……これぐらいの奴ということは、木戸内ではないのだろう。暗がりに目を凝らすと、特徴も聞いたものとは違う。
聞くのは明日だと言って、俺は左腕を庇いながら廃工場を出た。
既に時間は七時だ。
晩飯も俺が作るんだし……急いで帰るか。
俺はこの期に及んでも、明日で決着がつけば楽だな、と暢気に構えていたのだった。