第67話 空間層
「ええっと……私は、聞いたことないよ?」
「ごめん、私は知らないや」
陽愛との通話の後、可能性を信じて、折木と瑠海に電話したが……どちらも知らないのだ。
『魔装法研究部』と『人間研究部』の存在を。
知らないと言うより……忘れている?
品沼にも電話したが、忙しいのか通じない。
全部夢だったって……オチじゃないよな? さすがに、そこまで長い夢な訳がない。
「そうだ……あの人がいた!」
俺は呟いて、携帯のアドレス帳を開く。
「もしもし?」
「井之輪先輩、お訊きしたいんですが――」
この人なら知っているハズだ。
少なくとも、『人間研究部』の存在に関しては分かっている。昔、部活潰しをしようとしたキッカケの部活なのだから。
「私は知らないわ」
……え?
「今……なんて……」
「だから、私は知らないって。『魔装法研究部』というのも、『人間研究部』というのも、私は知らないって」
「ちゃんと思い出して下さい! 昔、あなたが潰そうとしていたじゃないですか!」
つい、口調が荒くなってしまった。
携帯の向こうへ、大声で怒鳴ってしまう。
言い終わった言葉への返答は、俺の思っていたものとは全く違った。
「ど、どうしたのよ……私は、部活を潰そうと思ったことなんてないわよ」
今から風紀委員会の集まりがあるから、そう言って、電話は切られてしまった。
わけが分からない……何が起こったんだ?
二つの部活の存在どころか、昔、自分自身が起こした、部活動廃止事件まで忘れてるって……。
嫌でも、憶えているハズなのに。
「ごめんね。私が説明していれば良かったんだ」
!?
慌てて周りを見渡すと、屋上の陰から水飼先輩が現れた。
手には……『魔装法研究部』のポスターが握り締められている。
「あなたが……持ってたんですか……」
「うん。本当は、あそこで君に気付かれたくはなかったんだけど……仕方ないから、屋上まで連れて来ちゃった」
いつものよりも落ち着いた雰囲気で、微笑んだ。
「まさか、いきなりやるとは思わなかったから」
この人は憶えている……あの二つの部活動の存在を。
そしてあの時、あの二人がやった事を。
「見ていたんですか?」
「そうだよ。でも、今言った通り、いきなりすぎてね」
止められなかった。
そう言って、疲れたように笑っている。
「まさか、わざと私に気付かせたなんて。思いもしなかったんだよ」
「……説明、してくれますよね?」
「こうなったら、するよ」
水飼先輩の説明はこうだった。
順番を辿るとすると、なぜ、『部活動廃止案』を出したか、だが……。
これは、両部活動の学校を乗っ取るという目的を知ったかららしい。
しかし、誰に話そうとも笑い話で流されてしまった。なので、合法的、というか……正式に、部活動を廃止させることにしたらしい。
それに感付いた両部活動は、計画を早くにも実施したらしい。
「でも、私を誘き出そうとしていたらしいんだ」
悔しそうに、水飼先輩が言っていた。
吸収魔法で水飼先輩の魔装力を引き出して利用し、ある魔法を行使しようとした。
それが空間魔法。
どうやら――屋上にいた人間だけを除き――学校内の人間を切り離すものらしいのだ。
切り離された人間は、違和感なく生活するが、幻影の中でループするだけだという。
発動に必要な魔装力は、水飼先輩から吸収するつもりだったらしいのだが、俺が屋上に来たことで、変更したらしい。
どうりで、俺の精神力が疲労しきってる訳だ。
俺と水飼先輩は屋上にいたが……両部活動のメンバー以外で屋上にいた人間は、自動的に別の空間に移動するようになっていたらしい。
つまり、ここらの空間には――本来の魔装高、他の学校内の人間がいる魔装高、俺と水飼先輩だけがいる魔装高という、三つの空間世界が重なりあっているのだ。
「でも、陽愛たちと話しましたよ?」
「それは空間魔法の産物。今までの人間的データ、私たちの記憶なども元にして作られている幻影だよ」
ということは……陽愛も折木も瑠海も、井之輪先輩でさえも、本人じゃなかったのか。
「それと……なんで、あいつらは水飼先輩を狙ったんですか?」
他の人間でもいいハズなのだ。
「それはね……私が、結界魔法と空間魔法を使うのが、得意だったからだと思う。それに、昔私は、部活動に肩入れして、蛍火ちゃんと対立したから……そこで、あんな計画を聞かされたら、けじめをつけなきゃ、って思うじゃん?」
蛍火ちゃん……井之輪先輩か。
そういや、品沼も結界魔法が使えた。この先輩のご指導があったのかもしれない。
「でも、それなら俺で代用できたんですかね?」
「私のも全部じゃないけど、吸われたから。今はないけど、黒布と模様があったでしょ? あれは、あちらの魔法式だよ。私は隠れてたけど、言わばあちらの土俵だったからね。バレてたんじゃないかな」
やはり、悔しそうに言った。
それでも、完全に納得はできない。
「あの魔法式に近い方が、多く吸われたんですね。それは分かりました。でも、まだまだ疑問点がありますよ? まず、ここまで大規模な魔装法を、どうやって維持しているかです」
両部活動の部員は、屋上に二人しかいなかった。
情報通りなら、他の部員は全員、大勢の学校内の人間と共に別の空間の仮想学校にいるハズだ。
「それは簡単だよ。この空間を、一瞬創っただけで良かったんだ。だって後は学校内の人間が維持してくれるんだから」
……イメージだからな。
大きな魔装法だが、イメージ元が学校という、嫌でも脳内に残るものなら、後は自動的に維持できる。それにも、微調整は必要だったりするが、大体は安定できるんだろう。
「空間移動してしまったみんなが、少しでも違和感を持てば消えてくれるだろうけど……すぐには無理だと思うよ?」
何度もループする空間と言うなら、自然に違和感を感じるかもしれない。学校から出さないようにするために、ループさせているんだろう。
けれど……そのイメージを覆すのも、最低半分以上の人間が違和感を持つしかない。
難しいんじゃねえか?
「強大ですね……まあ、準備するために時間が掛かったことは仕方ないんでしょうよ。実行しているのはあの二人ですよね?」
「まあ、そういうことだね。おそらく、『人間研究部』の少女は、何らかの理由で適任だったんだと思うよ? なぜ、あの二人だったのかについては、分からないけれどね」
それについては、俺も分からない。
しかし、その点について今は無視だ。
「空白のハズの、本来の魔装高はどうなってるんですか?」
正直、結界魔法や空間魔法については詳しくない。
中学時代に、実際使う奴はいなかったしな。兄さんが昔にやったぐらいだ。
「それにも、幻影の存在がいると思うよ? それが、あの二人の思い通りに動くから……それを利用すれば、学校を乗っ取るってのも案外冗談じゃなくなるかもだね」
口調は他人事のようだが、今までにないほどの真剣さが漂っている。
でも……それでも……何か、まだ引っかかる。
今、自由に行動できる空間にいるのは、あの二人と、俺と水飼先輩だけ。そして、その俺と水飼先輩も本来の空間にはいないので制限される。
これは……ヤバイな。
教師陣さえも、裏をかかれた。
確かに、これは予想外だった。
「だけど……だけど、ですよ? この天秤の上でなんとか保ってるような、不安定な空間……いずれ、必ず崩壊する。その時に、学校を一時的に乗っ取ってた意味はなくなるんじゃ?」
「それも……分からないよ。その通りだとは思うんだけど……何かある。だから、早めに、この空間だけでも壊さないとね」
なんか……頼もしいハズなのに、この人が真剣だと、むしろ不安だなあ……。
いけないなあ。
「でも、頼れる奴とは連絡がとれないんですよね? いや、本人とは無理ですよね」
「だから、私たちでどうにかするんだよー!」
切り替えているのか、いつもの明るい調子で言うと扉に手を掛けた。
「どうやって壊すんですか?」
詳しくないからな。
そうじゃなくとも……魔装法を、空間魔法を打ち破る方法なんて……相手のイメージを消すしかない。
「あの二人が維持してるのは、この空間だけ。私たちと、幻影の生徒、偽の魔装高だけだからね」
そう言うと、鋭い眼差しになって扉を開ける。
「後は、本当の魔装高内の生徒ですよね。あっちはあまり苦労しなさそうですけど――」
仮に、本来の魔装高を第一空間として、みんなが閉じ込められているのを第二空間、俺たちがいるのを第三空間としよう。
第一空間にいるのは、両部活動のあの二人だけ。後は、俺や陽愛などの生徒から、教師の幻影だけ。
第二空間は第一空間とは逆で、その幻影の本人たちが幻影の校舎に閉じ込められている。
第三空間は第一空間に酷似している。違うのは、俺と水飼先輩以外は全て幻影だという点だ。
「――こっちは、苦労しそうですね」
俺は呟いて、拳銃を抜き放つ。
水飼先輩も無言で頷き、拳銃を取り出す。
「待て!」
「動くな!」
「邪魔するな!」
口々に叫ぶ幻影の生徒たち……全員、思い出した。『魔装法研究部』の部員だ。
確かに見たことはあったのだ……これも、両部活動の計画の一部だったのか……?
幻影と戦うなんて、初めてだけどよ。
「殺す心配は、ないんですよね?」
「ないね」
短い返答に、俺は満足して前進する。
魔装法はまだ使えねえけど……幻影相手なら、丁度いいかもな。
こんな奇妙な戦いは、初めてだ。




