第65話 部活動廃止案
ヴェンジェンズの築垣が、なぜか朝から学校にいた日から、既に一週間近くが経った。
内心、警戒しまくりだった俺、生徒会執行部や風紀委員会も、拍子抜けするほど平和に過ぎ去った。
襲撃されたことに無関心で、むしろ浮き足立っていた魔装生一同も、いつも通りの日常に戻っていた。
「ここまで何もないと、逆に心配だな」
「そういうこと言わないの。黒葉だって、疲れ気味だったよ?」
陽愛と共に登校しながら、そんな会話をする。
自覚はしていなかったが、疲れてたように見えたのか。
まあ、俺だって平和が一番だけどさ。
「魔装高にも慣れてきたし、特に部活もやってねえから忙しくねえしな……」
いつか説明した通り、今の時代の部活動にはスポーツ的なものは少ない。あっても、同好会のようなものであって、公式試合などは無いに等しい。
魔装生では、部活に所属する生徒は少ない。
存在する部活も、奇妙、珍妙なものが多かったりする。
「そうだなあ……私、部活に入ろうかなあ……」
俺の言葉に、思い出したように陽愛が言い始めた。
「迷ってんの? てか、入る気あるんだ」
意外だった。
「文芸だけどね……でも、そんなに入る気があるわけじゃないよ」
陽愛が苦笑いして言った時、後ろから足音が聞こえた。
二人同時に振り返ると、頑張って走ってくる折木の姿があった。
「お、おはよう……」
「おはよう」
「おはよ~」
追い付いて、小声でオドオド挨拶する折木に、俺と陽愛も挨拶を返す。
「ご、ごめん……今、聞こえちゃったんだけど……部活動の話、だったよね?」
何をそんなに怖がっているのか、という感じのオドオドさだ。
俺と陽愛は、少し眉をひそめながら頷いた。
「学校……大変なことに、なってるかもしれない」
折木の意味有りげな言葉に、俺と陽愛は顔を見合わせた。
学校へと着いて、その意味を知った。
大勢の生徒が、校舎前に押し寄せている。
「昨日……偶然、品沼くんに聞いちゃったんだ」
折木が静かな声で言う。
呆然とする俺と陽愛に、後ろから声が掛けられた。
「おはよう。黒葉、陽愛、桃香――って、何この人だかり……」
瑠海だ。
振り返ると、さすがに大勢の生徒に驚いている。
「百人は……超えてるんじゃないか? 折木、なんでか知ってんの?」
俺が聞くと、折木は少し困ったような顔をした。
「よ、よくは分からないんだけど……多分、みんな部活動に所属してる人たちだと思う」
部活動に所属している生徒?
意味が分からないぞ。
校舎前が塞がれているため、戸惑いながら、並んで立ち止まっている俺たち四人。
「あ、やっぱり起きたか」
再び後ろからの声。
四人同時に振り返ると、品沼の姿があった。
「起きたか、って……なんなんだよ、この事態」
見れば、全員、何かに迫っているようだ。
「あれはね……『部活動廃止案』への抗議だよ」
『部活動廃止案』……?
皆が首を傾げると、品沼は苦笑した。
「正式には発表されてないんだけど、そのまんまだよ。部活動を廃止しようって訳だよ。ほら、奇妙で何やってるか分からない部活があるでしょ? 予算削減も兼ねて、そういうのをまとめて消そうって感じだよ」
「おいおい……。そりゃ変な活動も多いけど、それはさすがに横紙破りじゃねえか?」
「そうだよね? ちょっとおかしくない?」
品沼の説明に、俺と陽愛が声を上げる。
しかし、品沼の案ではないらしく、肩を竦めてみせた。
「結局、誰の案なの?」
瑠海が訊くと、品沼は困ったような、笑いを堪えるような表情をした。
「それは、聞いて驚きだよ」
抗議生徒を掻き分けて出て来た人物に、俺たちは目を見張る。
その人物は――
――生徒会執行部 会計、水飼七菜先輩だった。
◇
「なんで……水飼先輩が?」
俺たちは教室の中で話していた。
水飼先輩は抗議生徒に追われながら、どこかへ行ってしまった。
「さあ? 会長も戸惑ってたし、そこまで悪い提案でもないからね……すぐに却下されていないんだ」
品沼にも詳しくは分かっていないらしい。
俺にだって分からないぞ……あんな、暢気そうで、自由人って感じの人なのに。
自由的な部活動を否定する?
「あの、お堅い副会長だって、部活動に関しては黙認してるんでしょ?」
陽愛の言葉に、俺は頷く。
そうだ……あの副会長、羽堂先輩でさえ、部活動に関しては無干渉だった。
「そうだよな……井之輪先輩だって、スルーだぞ」
「え? 井之輪先輩って、実行風紀委員の人でしょう? 昔、部活動潰しをしようとしたって聞いたけど」
俺の呟きに、意外な所から意見が入って来た。
瑠海が目をパチクリさせて言っている。
「は? 昔って……一年かよ? メチャクチャだな、あの人……」
ため息をついて、思い付いた。
「そうか……でも、駄目だったってことだろ……」
教室を飛び出して、井之輪先輩の教室に向かう。
と、階段の前で偶然会った。
「あら、白城くんじゃない」
「お、おはようございます。話があるんですが……」
俺が井之輪先輩に切り出すと、明らかに不快そうな顔をした。
「あの頃はね……私も、青かったから……」
黒歴史っぽい……。
「でも、失敗したんですよね?」
ちょっと控えめに聞くと、頷いて言った。
「ええ。実は、潰そうと思ったキッカケが、彼らの自由すぎる活動なのよ。『人間研究部』なんていう、意味不明な部活があってね。それが、人の反応の研究だって言って、いきなり驚かしたり、転ばしたり、水を掛けたり……かなり迷惑でしょ?」
「それは迷惑です」
即答しかない。
てか、そんな部まであるのか。
「他にもおかしいのばっかで……一斉に潰そうとしたわ。もちろん、武力的意味合いじゃなく。でも……さすがに全部を否定出来なくてね……」
嫌そうな顔をした。
「その時、あちら側に付いて私と対立したのが……水飼会計なのよ」
「え……?」
水飼会計……水飼先輩のことだろ?
「もちろん、その時はまだ会計じゃなかったけど……彼女、部活動に所属はしていなくても、自由な活動を認めさせたかったらしいわ」
「ま、待って下さい。今、『部活動廃止案』を出してるのは、水飼先輩なんですよ?」
「分からないわよ。会計になって、予算のことを考え出したんじゃない?」
……そうか……過去に、そんなことが……。
「ありがとうございました」
俺は頭を下げて、元来た方向へと、教室へと戻る。
……どうしてだ?
なんで、部活動を廃止させようとする?
結局答えは――
「本人に聞くしかない、か……」
放課後に俺は、陽愛、折木、瑠海の三人と共に、水飼先輩を探した。
「本当になんでだろう?」
陽愛が改めて疑問を口にする。
「さあ……でも、何かあるんだよね……」
折木が小さく言うと、瑠海は首を傾げた。
「確かに、予算削減にはなるだろうけど……そこまで、迷惑を掛けるようなことしてる? 面倒なことをして、争ってまで廃止したいかなぁ……?」
全員が首を傾げる。
意味不明なことばかりだ……。
四人でぞろぞろと一階廊下の角を曲がると、誰かとぶつかりそうになった。
「おっと……すいません……」
「いやあ、ごめんね……」
ん?
「水飼先輩!」
「うおっ!? クローバーくんじゃないか。どうしたんだい、そんなに慌てて」
本人登場だった。
陽愛と折木と瑠海、三人も顔を見合わせて期待している。
明確な答えを。
「すみません……いきなりなんですが……」
「うん? なんだい?」
思い切って、切り出す。
「なんで、『部活動廃止案』なんて、出したんですか?」
スッ……と空気が張り詰めた。
水飼先輩の朗らかな笑顔が、少しずつ消えた。
「そうだね。君たちは知りたいかい?」
「は、はい……」
全員が頷く。
水飼先輩は目を閉じた。次に開いた時は、冷たい目だった。
「部活動が、ただの珍妙な活動ばかりだと思っていた。けれど、違った。止めなきゃいけない」
「何を……言ってるんで――」
「馬鹿みたいな見た目で隠し、裏では――いや、駄目だ」
言いかけて、頭を振った。
戸惑う俺たちに、とにかく、と続ける。
「部活動は廃止する。出来るだけ、納得出来る理由で、合法的に」
そう言うと、俺たちの間をすり抜けて足速に消え去った。
俺たちは呆然と立ち尽くしていた。
どういう……こと、なんだ……?




