第62話 死闘
1発目……俺は、強化魔法を施した銃弾を、アブソリュウスに撃ち込む。
「今だ!」
合図として、俺が叫ぶのと同時に、小鈴ちゃんが声を張り上げる。
「キャアッ!!」
ほぼ悲鳴に近い声。
アブソリュウスという未知の怪物が目の前にいる……その恐怖の念を弾き出した声。
しかし……駄目だ。
完全消去は発動しない……銃弾は吸収されてしまった。
「落ち着け! 吸収される物のイメージ……それを否定しようとするイメージだ!」
俺がアドバイスを言うと、小鈴ちゃんは緊張した声で返事をした。
陽愛の、子供との接し方が……なんちゃらと言う声が聞こえてきた。
なんか、まずかったかな?
今は考えている場合ではなかった。
江崎は後ろに下がり、陽愛と小鈴ちゃんの保護に当たってもらっている。
「うりゃッ!」
移動魔法で鉤爪を避けて回り込み、後ろからコンクリートの塊を蹴り飛ばす。風魔法を帯させているので、なかなかの速度だ。
今度はいち早く小鈴ちゃんが反応した。
発動はしたが……俺の風魔法が無効化されてしまった。コンクリートが地面に落ちる。
しかし、今度はアブソリュウスが反応した。
力を感じ取ってか、小鈴ちゃんの方を振り返る。
「ギヤャャアァァァァァァァァァァァァァ!!」
俺に背を向け、小鈴ちゃんや陽愛の方に向き直り、咆哮する。小鈴ちゃんがビクッと体をこわばらせた。
「させるかッ!」
俺は風魔法で、少し前方に飛び上がる。
風魔法を止め、落下する。そのまま、タイミングを合わせてアブソリュウスの脳天に踵落としをする。
しかし、アブソリュウスは本能的になのか、標的を小鈴ちゃんに合わせたままだ。自分に対抗できる存在を感じ取っている。
「江崎!!」
「分かってる! 任せろ!!」
江崎は移動魔法で動き、陽愛と小鈴ちゃんを避難させる。
小鈴ちゃんの方に行こうとするアブソリュウスを、俺は後ろから攻撃しまくる。蹴りと銃撃を繰り返すと、さすがに振り返ってきた。
「ああッ!!」
俺はナイフを抜いて切りつける。これは、江崎から借りた、本物のナイフだ。強化魔法を使わなくても切れるように、だ。
「ビャァァァァァァァァッ!!」
頭上からの刃を、右に転がって躱す。
そこを狙ってきた蹴りを、俺は慌てて左腕で防御する。人の限界を超えた力で、防御魔法を使えない俺は吹き飛ぶ。
「クソッ! 足での攻撃なんてしなかったじゃねえか!」
悪態をつきながら、床を叩いて立ち上がる。
そこに、俺を邪魔だと判断したのか、アブソリュウスが高速で詰め寄ってきた。
右の鉤爪を、横薙ぎに払ってきた。
「……チッ!」
バク転で後方に躱す。
……練習したんだよなあ、バク転……。
「グガオッッ!」
更に、追い打ちの刃を横回転で躱す。
やばいな……本気で狙いに来られたら、対応にしか集中出来ない。
反撃なんて、とてもじゃないが無理だ。
少しずつ早くなる両腕の攻撃に、回避はもう限界だ。
跳躍し、右腕に一瞬だけ乗る。そこから、ほぼ間髪入れずに再び跳び、アブソリュウスの左肩を越えようとした。
ブシャァァァッ!!
油断していた。
この怪物が、腕だけの攻撃に頼る訳がなかった。
肩の近くに跳んだ瞬間、俺の右腕に鋭い痛みが走った。いや、鋭いどころか、強烈な痛み。
「うがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
転げるように、俺は着地する。
右の前腕部分から、大量の出血。荒い傷跡で、引きちぎられたような感じだ。
あの野郎……噛みやがった!
口で引きちぎろうとしやがったな……危なかった。もう少し狙いが詰まっていたら、右腕が取れていたところだ。
「黒葉!!」
「黒葉さん!!」
陽愛の叫び、小鈴ちゃんの悲鳴、江崎も焦ったような声を出す。
痛いっつうか……駄目だな、もう右腕は動かせない。
「クソッ!」
俺は前転で、アブソリュウスの攻撃を避ける。
走って距離を取り、左腕でパラを構える。
昔、兄さんに、戦いは両腕を均等に使えた方が良い、って言われてたからな……両利きってまでじゃないが、なんとか左腕も使える。
「気にするなッ! それより、小鈴ちゃん! 頼む!」
何発も撃ち込むが、所詮は非殺傷の銃弾、怪物相手には効果的にはならない。
と言うか、鉛玉でさえも、あいつは自分の糧としているのだ。
徐々に迫ってくるアブソリュウス――小鈴ちゃんも最低限の努力はしてくれているが……これでじゃあ削り殺しだ。
こうなったら――
俺は真正面から、アブソリュウスへと突っ込んでいく。
ナイフを左腕に持ち、最速で突き進む。
向かってくる刃を、体を捻って躱す。少し脇腹を掠め、鋭い痛みが走る。
「ハアァッ!!」
短く息を吐いて、ナイフを強く握る。
お互いの速度を利用し、ぶつかる衝撃をそのままナイフに込めて、アブソリュウスの体の中心部分に突き立てる。
「ギヤアアアアアアァァァッ!!」
アブソリュウスは吠えると、俺に攻撃を繰り返す。
ナイフが引き込まれる感触……放したら、こいつに吸収される。
俺はナイフを握り締めたまま、深く奥へと突き刺していく。
演算装置をぶち壊す……それさえ出来れば、こいつは根本から崩れ、勝利できる。
しかし、中央に近付くほど、吸収力は上がってくる。
しかも、攻撃が連続で放たれる。
「うぐっ……があっ……ぐっ……」
背中に鋭い痛みが繰り返される。肩にも、牙が突き刺さる。
陽愛の悲鳴やら何やらが、遠く聞こえてくる。
これじゃあ……吸収……される……。
特に魔装法を吸収する力……魔装法でできている俺の体も、例外じゃない。それでも、魔装法の格が違うので、普通の魔装法よりも吸収されにくい。しかし、普通の肉体よりもされやすい。
結局……俺の体も、少しずつ吸収されそうになっている。
その時……気付いた。
アブソリュウスの斜め後ろから、近寄る人影……。
「な……んで……だ……?」
呟いた視線の先にいるのは……小鈴ちゃんだ。
なんで……こんな危険な所に、近付いて来ているんだ……!?
そのまま、アブソリュウスの後ろに隠れてしまった。俺とアブソリュウスを挟んで、正反対にいるようだ。
もしかして――
「やめてえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
今までより、遥かに大きな叫びだった。
俺に気を取られていたアブソリュウスも、やっと背後の存在に気付いたようだった。
しかし……遅い。
感じる……吸収魔法の力が、消滅した!!
「うおおおおおおおおおおお!!」
俺は風魔法で自分を押しながら、ナイフで突き進む。
後……ちょっとで……。
そう思った時、アブソリュウスの鉤爪が、俺の左腕を捉えた。
勢い良く、その鉤爪が振られる。
「――ッ!!」
声も上げられなかった。
今度も腕を取られはしなかったが……引き裂かれてしまった。
痛みで、腕を引き抜いてしまった。無効化されているため、吸収はされないが……ナイフは、アブソリュウスの体の深くに刺さったままで、取り出せない。
江崎に頼るか……!?
いや、こっちに来るまでが遠すぎる。陽愛に関しても同じだ。
時間がかかれば、完全消去が途切れるか、小鈴ちゃんが殺される可能性が高い。
両腕を動かそうとするが……神経をやられたようで、物が握れない。
服から雷魔法を出して撃つか……!?
そう思った瞬間――
「!」
アブソリュウスは、まだ蓄えていた。
竜巻が、俺を直撃して弾き飛ばす。
風魔法……俺の魔装法を使いやがって……。
どうやら、俺だけを狙ったらしく、小鈴ちゃんは吹き飛んでいない。
「あああああああ!!」
叫びながら、俺は移動魔法を使いながら再び接近する。
雷魔法が放たれる。俺も雷撃を放ち、対抗する。
駄目だ……強化されたあいつの体は、吸収魔法がなくても、ダメージが致命的なものにならない。
やはり、演算装置を壊すしかない。
「小鈴ちゃん! もう少しだけ耐えてくれ!」
弱々しいが、返事が聞こえた。
近寄ることで、より集中力を上げて、完全消去を発動させたんだ。それによって吸収魔法を抑えたんだろう……しかし、これ以上は無理だな。
かと言って、両腕が使えない状態じゃあ……。
待てよ……これなら……。
俺はアブソリュウスに詰め寄る。刃の攻撃が振り抜かれる。
跳び上がる。
しかし、躱さない。俺はそれを、自分の腰に当てる。
服が切り裂け、俺の肉体も切り裂かれたが……目標の物も、切り裂いてくれた。
体が真っ二つにされないよう、俺は風魔法も使って、体を捻る。なんとか致命傷にはならずに、刃を振り払えた。
そして、次の鉤爪を、倒れて避ける。
切り裂かれるように仕向けたのは……ホルスター。そこに収まっている魔装法用ナイフを、地面に落としたのだ。それを、情けないが、地面に倒れ伏した姿で取る。
口で。
よくも何回も噛み付いてくれたなあ……この野郎。
でも、お前を噛み付きたくはねえからな……ナイフを噛んでやるよ。
立ち上がって、口を開く。
頼む……保ってくれ……小鈴ちゃん……。
俺は強化魔法、風魔法、雷魔法を纏わせた右靴に集中する。
サッカーは別に得意じゃない。
風魔法は、速さ、威力を上げるのも目的だが、狙いを調整するのも目的だ。
後は……頼むぜ、俺の足。どこまで狙いをつけられるか。
そういや……忘れてた。
兄さんは、両腕が均等に、とも言っていたが……両足も均等に、器用に使えるようにしとけ、って言ってたよ。
落ちてきたナイフは、丁度良く、柄の部分が下を向いている。
いつかやった、物から物へと、魔装法を伝える。
「黙って死ねよ、怪物」
人のものを、全部吸い込んでんじゃねえ。
全力で蹴ったナイフは、強化魔法で切れるようになり、竜巻を纏いながら、雷撃を放ちながら、アブソリュウスの中心へと飛ぶ。
違う……それだけじゃなく……。
「押し込めぇッ!!」
カチンッ! と音がして、ナイフが当たった音がした。
最初に刺さっていた、本物のナイフに。
更にそれに雷を伝え、ナイフがナイフを押し込む。そのナイフがビリヤードのように……。
「グガァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!」
大声で吠えたアブソリュウスは、それを最後に――
バギッ!!
ナイフが、何かの機械に当たった音がした。
雷魔法がその機械を射抜く。
「黙って死ねって言ったろ、アブソリュウス」
全てが静止した。
アブソリュウスの動きが止まり……ゆっくりと、前に倒れてきた。
俺が一歩引いて、それを避ける。
その後ろ――俺の前には……怯えたような、驚いたような、ホッとしたような……そんな、一人の、幼い少女が立っていた。




