第61話 最終手段
立て……立てよ……俺……何やってんだ……。
作戦も潰れた。
結局、勝てないという結論に至った。
だから?
だからと言って、諦める訳にはいかないんじゃないか?
諦めたいけれど……やり残した事が、多すぎるんだよ……!
「……くっ……!」
倒れた体勢から、横に転がってアブソリュウスの攻撃を避けた。
鉤爪が床を大きく抉った。
「グギャアァァァァ!!」
一度は折れた俺が再び動き出した事に反応して、アブソリュウスが雄叫びを上げる。
「ハハッ……落ち着けよ……」
言いながら、俺は何も出来ない。
と言うか、策がない。
勝ち目が……皆無なのだ。
「諦めちゃダメですっ!」
突然、幼い声が響いた。
なんとか立ち上がり、ギリギリでアブソリュウスの刃の攻撃を避けた。頬を掠り、傷付いた。
声を方をなんとか向くと……そこには……。
「小鈴ちゃん……陽愛……?」
いるハズのない二人が、離れた位置に立っていた。
どうして……ここに……?
「グワアァァァァァァァァァァッッ!!」
新しい獲物に刺激されてか、アブソリュウスが凄まじい雄叫びを上げる。
どんでもない威圧感だが……。
「逃げて下さい!」
小鈴ちゃんの叫びに、俺は応える。
二人がいるのとは反対方向の通路へと逃げ出し、二人が逃げるのも見届けた。
しかし、もちろんアブソリュウスは追って来た。
「作戦は失敗だったみたいだな」
俺とアブソリュウスの間に、江崎が割り込んできた。
「馬鹿! 危ないっつうの!」
進化を遂げた怪物には、今では手がつけられない。
本当に、全速力で逃げるしかない。
「小難しい罠よりも、簡単な罠だ」
江崎はそう言って、壁に手を当てた。
その瞬間、江崎の前方の通路の壁が、一斉に爆発して崩れだした。
コンクリートの山は、アブソリュウスを押し潰して隠す。
「普通の爆弾だ。魔装法は危ねえし……時間稼ぎだ」
俺は頷くと、江崎と共に走り出した。
後ろで、アブソリュウスが瓦礫を掻き分けようとしている。
どこへ向かうか……予想だけど……。
俺達は戻ってきていた。
完全消去の実験室に。
そこに、陽愛と小鈴ちゃんはいた。
「よう……社会科見学なら、別の日が良かったな」
「冗談すぎるよ、黒葉……傷、大丈夫?」
陽愛もここに来た事に困惑しているようだった。
ただ一人、小鈴ちゃんが、全てを察しているようだった。
「すいません……多分、黒葉さんは聞いたと思うですけど……」
小鈴ちゃんは、江崎が話した内容の、知っている分の話をしてくれた。
「最後の実験が行われた時……私は、ショックで記憶を失っちゃったみたいで……そこで、登吾さん達が逃がしてくれたんです」
登吾――江崎の事か。
子供なのに、残酷な実験に付き合わされて……むしろ、記憶を失っただけで良かった。
普通なら、精神が崩壊しているかもしれない。
「でも……思い出したんです。研究所出来事について……私の、能力について……」
おそらく、本人は魔装法だと自覚していない。
江崎は、小鈴ちゃんは魔装法を知らない、と言った。
それは、最初に記憶を失った時に、教えなかったのだ。魔装法というものを。
その方が完全消去を使いやすい。効果が充分なのだ。
「私が、あの怖い力を嫌って、強く念じれば……消せるんだって……登吾さんに教わったんです」
怖い力――魔装法。
陽愛は辛そうに、悲しそうに聞いている。
「それで私……この研究所で、見ちゃったんです。さっきの、あの化け物を。あそこまで大きくなくて、形も変だったんですけど……あれを、完成させようとしていたんです」
既に、その時から始まっていたのか。
「俺も……話す事があるんだけどな……」
俺は、小鈴ちゃんと陽愛に、アブソリュウスの力について教えた。
吸収する魔装法がなんだら、ってのははぐらかして伝えた。
「ど、どうするの……? やっぱり、専門の部隊とかじゃないとあれは……」
陽愛が怖がるように言った。
江崎が、静かに口を開いた。
「そうだな……このままでは、全滅だ。研究がどうの、データが大切だの、言ってる場合じゃないな」
辛そうに言った。
俺も詳しくは知らないが、重要な事があるんだ。この研究所には、消してはいけないものが――
「待ってくれ」
俺は江崎を制して言った。
「多分、皆気付いてると思うが……最後の、本当に最後の、最終手段が、作戦がある」
◇
ここで死ぬ訳にはいかない。
陽愛や小鈴ちゃん、江崎だって、死なせる訳にはいかない。
死なせたくない。
だからこそ……危険を冒す必要がある。
この研究所に、果たして守る価値はあるのかと言われたら、俺達の命とは釣り合わない。どうせなら、逃げ出して、警察だろうが自衛隊だろうが、連れてきた方が良い。
しかし、それじゃあ、駄目だ。
江崎だって、望んでいないだろう。
俺達が倒して、研究所を……リバース、江崎を救わなければ、明確に勝ちとは言えないんだ。
「――って事なんだが……出来る?」
俺は簡単な作戦を告げた。
相手は……もちろん、小鈴ちゃんだ。
「……やってみます」
怯えている。
顔色は悪いし、恐怖の表情を浮かべている。
しかし……頑張ってもらうしかない。
「陽愛と江崎は、小鈴ちゃんを守ってくれ。魔装法に頼りすぎると……やばいからな」
二人が頷く。
俺達は一斉に、通路へと飛び出した。
凄まじい足音がして、後ろから追いかけてくるのが分かる。
「来いッ! どうしたッ!」
俺が挑発しながら、通路を全速力で走り抜ける。
距離的に、移動魔法を使っても大丈夫なんだが……少しだけでも、精神力の回復をしておきたい。
通路を曲がって少し走った時、遂にアブソリュウスが見えた。
改めて見て……恐ろしい。
「おりゃッ!」
俺は後方へとパラで1発撃つ。
それを、いとも簡単に左腕の刃で弾き飛ばした。
追いつかれる……! 後、もうちょっとだってのに……!
「急げッ!」
前方からの叫び声……江崎だ。
「分かってるっつの!」
俺はその方へと走り抜け……部屋に飛び込む。
そこは、第6実験室。
すぐに伏せると、丁度、さっきまで頭があった場所を、刃が壁を壊しながら通過していった。
アブソリュウスが入ってくる前に、俺は立ち上がって、急いで入口付近から離れる。江崎も続く。
「良いか……!? 小鈴ちゃんの力は、記憶を取り戻した事で、朝のような威力じゃない……意識が入るからな……そして……あの子が出来なければ……」
「分かってる」
走りながら言ってくる江崎だが、俺はもう理解してる。
「小鈴ちゃん次第……俺は、今まで通りだ」
作戦は、おそらく分かりきっているだろうが……小鈴ちゃんが完全消去で、アブソリュウスの吸収を無効化するのだ。その隙に、俺が攻撃を加える。
問題は3つ。
まず、アブソリュウスの存在を否定しようとすれば、完全消去は失敗する。あいつの存在は、魔装法の結果の生物だからだ。
吸収を無効化するには、あいつの吸収の源……演算装置の魔装法を否定しようとすれば良い。
「それで、アブソリュウス自体は消えない。あいつの動力は、それだけじゃなくなってしまっているからな。それに……今の完全消去は、あいつを凌駕するほどのものじゃない」
江崎が言うにはそういう事で、吸収する力を抑えるので精一杯らしい。
次に、俺の魔装法までをも、無効化されてしまう危険性だ。
完全消去の発動は、いわゆる無意識。意識の発動も出来るが、無意識の発動は調整しようがない。
もしかすると、俺の魔装法も消されてしまい、アブソリュウスに八つ裂き、ってのもありえる。
最後に……アブソリュウスが蓄えた魔装法だ。
それさえも無効化するほど力はない。もし、無効化しようとすれば、俺の魔装法にも無意識でかけてしまうだろう。
だから、蓄えた力を使われれば……俺が自力で対処するしかない。
最終手段だ。
これに失敗すれば、本当に俺達は死ぬだろう。
ポイントは、小鈴ちゃんが、見てもいないものを否定できるかだ。
当たり前だ。吸収する力なんて、雷魔法などと違って、見えやしないんだから。それに、演算装置さえも、見た事はない。俺だってない。それは、あいつの体の真ん中に埋め込まれているんだろうから。
そして、それだけに意識を集中させ、俺の魔装法を見ても消さないように出来るかだ。ありえない、とか、怖い、と感じたら、無意識に消されてしまう。
「……始まるぞ」
不安げに立つ陽愛と小鈴ちゃんの、何メートルか前で止まって言った。江崎も止まって、振り返る。
小鈴ちゃんは緊張した面持ちだ。
遂に、扉を突き破って、アブソリュウスが第6実験室へと入ってきた。
お前が生まれた場所で……葬ってやるよ、怪物。
最終手段の、命を賭けた最終戦。
「準備は良いか? ――行くぞ」
俺は、咆哮する怪物めがけて走り出した。




