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第59話 最強の吸収魔法

   

 拳銃(パラ)を抜きながら、俺は気を張り詰めて、警戒をしながら通路を進んだ。

 ホラー小説のようだ……化け物に怯えながら、慎重に進んで行く。

 しかし、怯えてはいられない。

 言ってしまえば……これは、未知の恐怖……慣れてしまえば、どうって事はない。

「……?」

 静かだ……暴れる音がしない。壊す音が、聞こえない。

「どこにいやがる……」

 そこで……異変に気付く。

 今俺がいる場所は、さっきアブソリュウスに遭遇した場所だ。

 しかし、そこには……さっきまで倒れていた、研究者たちがいない。

「消えた……? どこへ――」

 俺の呟きは、一瞬で掻き消えた。

 こんなもの(・・・・・)を見せられて……慣れてしまえば、だって? 自分で言って笑いたくなる。

 こんな光景に慣れちまったら、俺もいよいよ末期だ。

 丁度曲がり角の位置に……アブソリュウスが立っている。右手の鉤爪で、研究者を持ち上げている。その研究者が少しずつ……アブソリュウスに、飲み込まれている(・・・・・・・・)

 ホラーすぎる。

 血が滴り落ちる身体から、その血が少しずつ消えていくのが分かる。テレビとかのフィクションで見る、水分を抜き取られたようになっていく。

 恐怖で立ち尽くしていると……その身体は遂に、骨だけになった。

 それをアブソリュウスは、バギリッと握り潰し、それさえも吸収したようだった。

 

 ありえない。

 

 吸収魔法の域を、完全に超えてやがる。いや、越えてやがる。

 既に捕食だ。

 圧倒的強者が、弱者を喰らっているのだ。

 改めて言うが……こんな生物が、現実(ここ)に存在していいのか? いや、存在しうるのか?

 しかし、満足げな声を上げたアブソリュウスに、俺の恐怖は一瞬で引いた。

 やはり、悲しいかな――俺は、慣れてしまうようだ。

「ふざけんなあぁぁぁぁぁぁあッ!!」

 俺は叫んで、パラの銃口を向ける。

 

 今更解説する――魔装法用の銃弾は、殺傷能力が低い特殊銃弾を使っている訳なのだが……結局、使っているのは鉛玉である。

 それを、どう殺傷能力が低いかといえば簡単である。魔装法用拳銃との組み合わせで、銃弾速度が落ちるのだ。

 詳しい仕組みまでは知らないし、知る必要もないのだが……加速する分はしょうがないにしても、魔装法用拳銃の銃弾は、普通の銃と比べて驚くほど弾速が遅いのである。加速すると言っても、射程距離も短いので、初速が遅ければあまり変わらない。

 そして、銃弾の先が少し大きめなのだ。

 大きい方が強い、というのは浅はかで、圧力というものが存在する。物体が、他の物体に接触する面積が小さければ小さいほど、圧力は大きくなるのだ。だからと言って、そう変わる訳でもないが……速度は遅く、接触面積が小さければ、気安めにはなるだろう。

 他にも工夫されているらしいが――大きくはこれによって、殺傷能力は低いとされている。

 

 しかし、それは普通なら、の話。

 魔装法を使える時点で、実は殺傷能力が高かろうが低かろうが、どうだって良いのだ。

 強化魔法を使えば、ナイフは切れるようになるし、銃弾は簡単に相手を貫ける。

 なのでもちろん……強化魔法を使い、パラの引き金を引く。

 三発の銃弾が、俺に気付いたばかりのアブソリュウスに迫る。

 ……違和感がある。

「これって……」

 驚愕して固まる俺の目の前で、銃弾は簡単にアブソリュウスに命中した。

 けれど……その銃弾には、俺が事前に感じた通りならば――

「強化魔法が、纏われていない」

 そして気付く。

 やけに、加速が速かった(・・・・・・・)

 違う……命中したんじゃない。当たったんじゃない。

 吸収されたんだ(・・・・・・・)

「嘘……だろ……? どうやって、戦うんだよ……」

 再び、全身が恐怖に蝕まれる。

 なんだよ……この無力感は……いや……実際、俺は無力だ。

「キュアァァァァァァァァァァァァァァァァアッ!!」

 アブソリュウスは雄叫びを上げた。

 

 どうやら……銃弾は、あいつの左腕の刃の強化にあてがわれるようだ。

 そして、なんとなくで感じれるほどに、こいつは強くなっている。

 吸収し、成長し、進化し、強化されていく。

 

 ◇

 

「ぐ……ああ……」

 俺は口の中の血を吐き捨て、目の前の怪物を睨む。

 苦戦、というには生ぬるい。

 恥を捨てて言ってしまえば、劣勢で、死に際と言っても差し支えなかった。

「ハア……ハア……」

 俺は左肩を刃で貫かれている。もちろん、アブソリュウスの左腕の刃でだ。

 左脚には大きく、爪で切り裂かれた跡がある。そして、俺の右肩から斜め下に向けて、真っ直ぐに切り裂かれた傷がある。

 しかし、その傷全てから血は流れていない。

 貫かれたり、切られたりしてすぐに、その傷から血が吸収されたのだ。

 すぐに距離を取ったため、少ししか血は取られていないハズだが……それでも、意識は朦朧としている。

「シャアァァァァァァァァァ!!」

 少しずつ強くなりながら、アブソリュウスは大きく叫んだ。

 強い……いや、魔装法が無力化された俺では、敵いっこない。

 このままだと……死――

 そこで、ふと思い出す。

 こいつの力が吸収ならば……不死鳥の魔法さえ、吸収するのだろうか? 俺の存在を、取り込んでしまうのだろうか?

「気付いたようだね……対魔装法兵器、なんて言っておきながらなんだが……アブソリュウスは、不死鳥殺し(・・・・・)なんだよ」

 俺の後ろに、江崎が立っていた。

 いつの間に……そう思いながらも、江崎の言葉に俺は引き込まれる。

「君が不死鳥によって構成された身体であっても、血を吸われる程度で済んでいるのは、さすがのアブソリュウスでも不死鳥は大きいからなんだよ。どちらかと言うと、魔装法の吸収力に優れてるにも関わらず、ね」

 生み出された怪物を見据え、江崎は首を振った。

「分かったら逃げてくれ。君でさえも、不死鳥の君でさえも、この怪物相手では、死ぬんだよ」

 死ぬ――

 それは、人として当然の宿命(さだめ)だ。しかし、俺はそこから外れた存在になっていた。

 その俺が……死ぬ?

「江崎……逃げる訳にはいかない。ここで退けねえし、それに――」

 俺は精一杯格好つけて、江崎に振り返った。

「死ねるなら、全力で戦える」

 まだ、アブソリュウスの吸収魔法の範囲は不明だが……それほど広い訳じゃない。

 俺は風魔法で跳び上がり、アブソリュウスの頭上へ移動する。その上から、パラを真下に向ける。つまり、頭を一直線に狙っている。

「喰らえええええ!!」

 俺は雷魔法を使って、引き金を引いた。

 雷撃を纏った銃弾は、そのままアブソリュウスを貫く――ハズだったのだが……かなりの電圧、電流にも関わらず、全てが吸収された。

「クソッ!!」

 それだけじゃなく……風魔法までもが、少しずつ吸い取られていく。

「ウガアァッ!」

 俺は支えを失い、そのまま床に墜落した。なんとか体勢を整えて、脚で着地する。

 そこに、大きな鉤爪が迫ってきた。咆哮が轟く。

「チイィッ!!」

 咄嗟に、癖で防御魔法を使ったが……失敗、どころじゃない。馬鹿の極みだ。

 その防御魔法さえも吸い取られ、無防備な俺の左脇腹に、鋭利な鉤爪が食い込む。そのまま、猛烈な勢いで俺の身体が浮く。

 気付いた時には……俺は壁に叩きつけられていた。

「う……ガハッ……」

 激しく血を吐く。

 吸収しきれない速さだったためか、左脇腹からは血が流れている。

 圧倒的すぎる。

 魔法という奇跡なしで、人間が刃向かうには強大すぎる。

 けれど……これを作ったのは、人間なのだ。

「白城くん!」

 へたりこむ俺に、江崎が素早く駆けつけて来た。

「悪い……大口叩いたけど……勝てないっぽい……」

 苦笑いを浮かべて言うと、江崎は俺の腕を掴んで無理やり立たせた。

「お前、本気で死ぬぞ。逃げ――」

「――江崎ッ!」

 結構な距離があったのだが……その距離をアブソリュウスは一回の跳躍で詰めてきたのだ。

 そのまま、着地と同時に左手を振りかぶった。

 

 ズザァッ!

 

 江崎の背中が、大きく切り裂かれる。

 鮮血が飛び散り、その多くがアブソリュウスに吸い込まれる。

「……ぐうっ……!」

 それでも、江崎は歯を食いしばって耐えた。そして、俺を引っ張りながら、通路を駆け出す。

「とりあえず、逃げる……! 僕は研究所からは出ない……君は逃げてくれ」

「ここまで来たら、運命共同体だろ。最後まで戦って……」

 言いながら、俺は吐血する。

 ヤバイな……思った以上に、深刻な状態らしい。

 アブソリュウスが、貪欲に、獲物を求めるように、俺たちを追って来てきている。足音が響いている。

 傷付いた身体で、通路の曲がり角を何回も曲がる。

 アブソリュウスは、壁さえも破壊しながら追ってくるんだろうが……一応、時間稼ぎだ。

「でも、よ……」

 俺はなんとか口を開いた。

 生き残るために……俺は、意を決しなければいけない。

 俺が無理して戦わなくても、いいのかもしれない。

 けれど……江崎の願いを、叶えてやろうと思ってしまう。

「俺が雷魔法と風魔法を使った時だけど……あいつにも、限界があるっぽいな……」

 そこで、俺は口にしてはいけないだろう言葉を、意を決して言う。

「一回、死ぬ」

 

  

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