第58話 戦慄
一応、江崎の言う『勢力』についてまとめてみよう。
フェニックスプロジェクトの残党の集まりで、未だに不死の魔法、空想生物の魔法などを研究している、非人道的な研究者達の勢力。
『表の研究者達』
その表と同じように研究しながら、裏では研究の乗っ取り(江崎曰く、奪還らしいが)を図りながら、俺達を援助している勢力。
『裏の研究者達』
そして、第3魔装高校を襲った、先鋭達で構成された組織。謎の勢力。
『ヴェンジェンズ』
最後に……勢力とも言えないが、とりあえず。自分達の仲間、平和や日常を守るために戦っている、まとまっている訳ではない勢力。俺や青奈などだ。
今のところ明らかになっている、4つの勢力。
まだまだ、干渉し合っている訳ではないハズだが、このままだと――
◇
俺と江崎が振り向く。
この破壊音も悲鳴も、研究所内からだ。
俺は自転車を取りに家に帰った際、ちゃんと武装してきている。戦闘となったら、いつでも戦える。
「すごい音がしたんですけど、大丈夫ですか!?」
携帯電話の向こうで、小鈴ちゃんが大きな声を出している。
目配せして、江崎がゆっくりと慎重に、通路への扉を開ける。
「……大丈夫だよ。もしかして……?」
「やっぱり間に合わなかった。急いで逃げて下さい!」
と言う事は、この事をあらかじめ知っていたという事か?
それなら、この事態の正体と言うのは……?
「分かった。話してくれ」
そう言いながら、俺は通路へと出る。
その瞬間、電話が切れた。
「はああ!? なんできれるんだよ!?」
「だから、場所によるって言っただろ?」
江崎が俺の背後から言ってきた。
かなり警戒している。
「話も気になるけど……今は、現場にいる訳だし、一刻も早く行かねえと」
俺は躊躇いながらも、携帯をポケットにしまう。
今も、悲鳴やら何やらの音がする。
この研究所には、フェニックスプロジェクトの研究員だけじゃなく、ちゃんとした普通の研究員もいるのだ。
「江崎、どういう事なんだ?」
警戒しながらゆっくりと通路を進んで行く。
どうやら、悲鳴は大きな実験室――研究所の中央付近に存在する、実験室辺りからのようだ。
「さあね。とりあえず、見てみれば分かる。サーフィスが何かしたのかもしれないが……」
「そういや、小鈴ちゃんが言ってたぞ」
少し、歩くペースを上げる。
ずっと、悲鳴、何かを壊す音などが響き渡っている。研究所は防音機能があるから、外には漏れていないだろう。
「逃げて、とか。そこにいちゃ駄目、とか。間に合わなかった、とか言ってたぞ」
「……?」
江崎が首を傾げる。
そりゃ、俺だって分からない。
「あの子に関係あるって事か? うん……? ま、待てよ……!?」
もう目と鼻の先、悲鳴が大きく、近くから聞こえる。この曲がり角を左に曲がれば、すぐに第6実験室がある。そんな場所で、江崎が呟きながら立ち止まった。
俺も足を止めて振り返り、江崎の顔を見る。その顔が、みるみる驚愕とした表情になる。
「江崎……?」
俺が訝しげにしていると、江崎は珍しく慌てているようだった。
「駄目だ……逃げるぞ」
いきなりの予定変更に驚いて声を上げる。
「何言ってんだよ! 悲鳴が聞こえるって事は、一大事じゃねえのかよ!? もしかすると、リバースだって被害にあって――」
「だったとしても! 行く訳にはいかない!」
江崎は譲らない。
その目は、真剣そのものだ。
「何が――」
俺が聞こうとした瞬間……後方で、大きな破壊音が鳴り響いた。
驚いて振り返ると……さっきまであった正面の通路の壁が、大きく抉れている。そのコンクリートの破片の下に、人が倒れている。
「お、おい! 大丈夫か!?」
俺が駆け寄ろうとした時……気付く。
違う。
これだけでは、ない。
第6実験室はかなり大きい。その壁が、砕かれている。実験室に面した通路の壁にも、破壊の後が残る。そして、その破壊の上に、人が何人も、血だらけで倒れている。
白い天井、白い床、白い壁に、赤い血が飛び散っている。
第6実験室を出てすぐの、幅広く長い通路を抜けると、大ホールがある。
その広い通路に入る手前――そこに、そいつは立っていた。
全長2,5メートルぐらいだろうか。皮膚は、人の皮を剥がしただけのようだ。赤黒く、筋肉のような筋が見える。
この時点で分かる通り、こいつは人間じゃない。
「まさか……嘘、だろ……こんな、事が……」
驚愕し、呟きつつも、俺は認めるしかない。
ガッシリとした体格、と言うより、人間とは根本的に体の作りが違うようだ。足は、表現するなら……そう、恐竜のようだった。ティラノサウルス、そういうイメージだった。顔も、イメージとしてはそれに近い。ただし、目のようなものは一切確認できず、口があり、その中に鋭い牙が存在するだけ。
そして……手が……異様過ぎる。
これは、人間の体の作りと同じような長さ。しかし、右手は鉤爪のようになっている。左手は……鋭い、刃のように、剣のように、一直線に伸びている。しかも、鉄が埋まっているかのように、本当に切れるようだ。
「こんな……生物……存在が……」
後退る。
俺は自分で認めるほど、戦いには慣れている。戦闘経験は絶対に豊富だ。
しかし、それはあくまでも、人間相手だ。
それはそうだろ? 人間しか、いないハズなんだから――
「グワアアアァァァァァァァァァァァァァァァァアッッッッッ!!!」
こちらを向いて、その怪物は奇声を上げた。
なんなんだよ……これは!?
バゴンッ!!
冗談みたいに床が凹み、怪物は俺に向かって突進してきた。
「う、あああああ!!」
あまりにも急すぎる事態、行動に、思考を停止させていたため、対応が遅れた。
しかし、遅れた、では済まされない。
明らかに非人間的で、見た目からして怪物的な怪物……遅れてしまった数秒後には、俺の体は挽き肉だ。
無理やり、間に合わせるしかない。
移動魔法を全力で、風魔法で後押しし、俺は右横の広い通路へと転がるように移動した。
恐怖……千条先輩や、ヴェンジェンズのボス的な立ち位置にいた男に感じた、ああいう恐怖ではない。
存在するはずのない何かに遭遇した、あれとは別に感じる恐怖。
そんな事は言ってみても、今まで、存在するはずのない何か、になんて遭った事はない。
けれど、そうとしか表現できない、心の奥底からにじみ出てくる、湧き上がってくる恐怖だ。
俺は今、それを感じている。
「ぐ、うう……え、江崎!」
俺はなんとか立ち上がると、その名前を呼んだ。
怪物は、直前で避けられたためか、そのまま真っ直ぐ直進していった。
俺の背後には……江崎がいた。
「何か用かい?」
いつの間にか、俺の前方、左に、江崎が立っていた。
余裕な口調に反し、その顔には焦りの色が浮かんでいる。
「『吸収する怪物』だ。まさか、本当に完成するとは……いや、制御できていない分、完成とは言えないか」
江崎は、怪物――アブソリュウスが襲ってくる前に移動しながら、説明を始めた。
「アブソリュウスは、吸収魔法を使う事が出来る怪物だ。いや……吸収魔法で構成されている、と言った方が正しい。最強の対魔装法兵器として、実験、研究され続けていた。君のように、体の核が魔装法なんだよ。それに、様々な生物の肉体を吸収、構築させる事で誕生させたんだ」
そんな……。
別に、自分が特別だとは思っていたが、喜んでいた訳ではない。悪い意味で特別な事を、俺は自覚していただけだ。
けれど……俺達とは全く別の形で、こんな生物が誕生しているなんて……いや、存在しうるなんて。
「それでも、君達とは違って、やはり人工的なものだよ。体の中心に、高性能演算装置があるんだ。それに、何人もの魔装法使いが吸収魔法を使った。そして、少しずつ肉体構築をしていったんだ。まさか……ここまでになるとは思わなかったけれど……」
江崎は他人事のように語る。
とりあえず、俺と江崎は、小さい資料室に身を隠した。
「また懲りずに、んな事やってたのかよ。成長しねえなあ」
嫌味っぽく言うと、江崎は疲れたように笑った。
「第6実験室は……お偉いさん方――もちろん、フェニックスプロジェクトのサーフィスの研究員達が権限を行使して、極秘実験に使っていたんだ」
「それが……アブソリュウス……」
いつの時代の、怪獣の名前だよ。
今更、流行らねえぞ。
「悪いが、この研究所は潰せない。あいつらも、公にバレなければ、隠蔽するだろう」
それは……リバース側の都合だろう。
俺はその言葉を飲み込んだ。
江崎――リバースは、危険な一線で表の裏をかき続け、陰ながら俺を助けてくれた。俺が期待してもいなかった、良心を取り戻してくれた奴らだ。
確かに、昔は俺達に残酷な実験をしていた奴らかもしれない。
けれど……今は、自分達が失った物を取り戻そうとしている。
その他にも、きっと――
「しゃあねえ、分かったよ」
俺はため息混じりに言い放ち、資料室の外の様子を覗う。
「出来る限り、やってやらあ。――だけど、あいつは怪物だろう? 人外、なんて言うまでもなく。どうすんだよ」
江崎はいつになく真剣な眼差しだ。
「とにかく、町の人の身の安全からしても、研究所から出さない事は第一条件だ」
外れとは言え、その町の中でこんな実験してた奴が良く言うぜ。
「僕も知っていた訳ではあるが……詳しくは分からないからな。ましてや、今の状態の力なんて想像出来ない」
「身体能力的なところからして、まず違うだろう。問題は……奴そのものと言える、吸収魔法の効果がどうなっているか、だが……」
通常の吸収魔法と言えば、相手の魔装法を弱めて、一時的に自分の魔装力の強化へと変換する……という補助的な魔装法だ。または、周囲の環境エネルギーを変換、吸収する感じだ。
まあ、やはりそこら辺は、使用者の特性による訳だが……。
「それが強化されてんだろ……おそらく、だけど。とりあえず、様子見をしてくるから、待機しててくれ」
江崎の謎の力については不明だが、とにかく、戦闘向きには見えないからな。見た目が。
俺は、吸収によって作られた怪物に一人向かった。




