第56話 完全消去
俺は魔装法については結構詳しいし、それに関する事についても詳しいのだが……魔装法を無効化する力なんて、聞いたことはない。
それでも、思わずにはいられなかった。
この謎の少女は、魔装法を無効化する力があるのでは?
しかし……それでも、無差別に、問答無用で無効化するのではない。
なぜなら、俺が消えていないからだ。
死んでいない、では少し違うからな――もし、全てを無効化するならば、俺自身である不死鳥の力が消え、俺という存在は消滅するハズなのだ。
「だけど……これって……」
俺は呟く。
驚きのあまり、戦いは中断されている。
いや……女の方は、特に驚いた様子もない。
まさか……知っていた?
「お前、まさか――」
俺が女に詰め寄ろうとした時、女が自らの体を火で包んだ。
「――ッ!!」
後ろに飛び退くと、女は宙返りをして先ほどの通路に入り込み、姿を消した。
「チッ……あいつは諦めるか。なら、こっちだな……」
俺は舌打ちをして、気絶中の男を見る。
叩き起こして事情を聞こうと、男に近寄ろうとすると――
キイィィィィィィッ!!
耳障りな音と共に、俺と男の間に車が強引に割り込んできた。
俺が怯んでいる隙に、誰かが後部座席から飛び出し、男を車内へと運び込んだ。
「な……待ちやがれッ!!」
陽愛は、謎の少女を慰めるような仕草をしながら、俺の方を不安そうに見ている。
もしや……この車は……!
「まあ落ち着きたまえ。あの男は見逃してやっておくれよ、元々、君のような強者と戦う奴じゃあないんだ」
そう言いながら、運転席から出てきたのは……白衣の研究者――江崎だ。
「テメエ……!」
歯軋りをして、殺気を撒き散らすが……江崎は動じなかった。
「落ち着けってば。彼は、そこの女の子を捕まえるために来ただけなんだから……いやはや、運が悪いね。それとも、君の運が悪いのかな?」
こいつとは、戦うつもりはない。
戦っても勝てないことは、既に知っている。まあ、負けるとも思わないが。
「だからと言って、素直に黙って引き下がるかい?」
「んな訳ねえだろ」
「だろうね」
俺の即答に、江崎は頷く。
「だから、彼を見逃してくれる代わりに、その子のことを教えてあげよう」
……なるほど。
それは、確かに俺も知りたい。
けれど……そんな簡単に、言ってもいいのか? いや、俺としては願ってもないんだが……違和感というか、不安を感じる。
「多分、君も既に体験して、想像はついているだろう? その子の力について」
それは――
「それは、魔装法を無効化する力。しかし、魔装法を全て消し去る訳じゃない。その子が恐怖を感じ、否定しようとした魔装法だけが無効化される」
そうか……竜巻と火が、あの少女にとっての恐怖対象、否定したかったものなのか。
しかし、それは、無効化出来る理由ではない。
「そうだね……彼女も、魔装法を使っているんだよ。コード名として、『完全消去』。けれどね、面白いことに……」
江崎は薄笑いを浮かべ、俺の背後の少女をチラッと見た。
「彼女は、魔法を知らないんだよ。ほら、魔装法ってイメージだろう? 信じ込もうという思いと本気で思っている力、どちらが強いかは明らかだろう?」
「ってことはあの女の子……無意識に魔装法を使って、無意識に魔装法を消滅させてるってことか」
それでも、まだ疑問は残る。
イメージって言っても、それは魔装法を使うイメージだぞ?
それだけじゃない。
魔装法……どれに纏わせると言うんだ?
それに、知らないってどういう事だ? この時代で、魔装法を知らないなんて……。
魔装法を知らない奴が、どうやって魔装法を纏わせるんだよ。
否定しようというイメージは、知らなくても出来るだろうが――むしろ知らない方がやりやすい――それだけで……?
それに、彼女はどこの子供だ? どうしてあんな所で眠っていたんだ? どうしてそんな力を? 知らないって、なぜ?
「そういうことさ。ああ、何に纏わせているかっていうのは、簡単だよ。彼女の喉に埋め込まれている装置に纏わせているんだ。だから、叫ぶことによって強化されるのさ。基本魔法ぐらいなら、認識しなくても消せるほどに強い」
だから……防御魔法も消えたのか。
しかし……。
まだ、分からないことだらけだ……どういうことだよ……。
何者なんだよ、あの子は……!?
「これぐらいで、等価かな?」
江崎は、呆然とする俺と陽愛、蹲っている少女をそのままに、車へと乗り込んだ。
「お、おい! 何が等価だ! 最後まで教えろ!」
急いで車に走り寄った瞬間、頭に殴られたような衝撃が走り、よろめく。
その内に車は走り去ってしまった。
「……陽愛……大丈夫か?」
俺は、少しの間だけ呆然としていていたが、なんとか振り向いて、ゆっくり口を開く。
不安そうな表情の陽愛は、蹲る少女の背中に手を置いている。
「今の話って……」
少し距離があったから、全部聞こえてはないだろう。聞かせたくない部分もあったしな……その方が都合がいいけど。
それでもやはり、大事な部分は聞こえていたのだろう。
戸惑い、唖然としている。
「詳しい話は後にしようぜ。とりあえず……お前ん家に戻れるか?」
陽愛は頷くと、少女に何かを囁きかけた。
しばらくして、やっと少女は顔を上げた。その顔は蒼白だが……大丈夫だろうか?
今の話を聞いていたんだとしたら、精神的ショックは大きいだろう。
いや、年齢的に……話に付いてこれなかったかもしれないな。
「……私、は……」
少女がなんとか口を開いたが……そのまま、ぐらりと後ろへと倒れそうになった。それを、陽愛が慌てて受け止める。気絶してしまったようだ。
近付いて、俺が抱きかかえる。
これは……調べない訳にはいかなくなったな。
◇
周りからの目を気にしながらも、急いで陽愛宅へと戻った。少女も一緒だ。
少女を静かに、陽愛の部屋のベッドに寝かせる。
「どうする? このままって訳にはいかねえだろ?」
床に座り込んで、陽愛と相談する。
「そうだね……どこの子なんだろう?」
「それ……なんだけど……」
陽愛の疑問に、俺は言葉を濁した。
おそらく……予想だが……江崎の発言も合わせて推理する。
この少女は、実験に使われていた。それも、魔装法を無効化するという前代未聞の実験台……そして、何かをキッカケに、研究所から逃げ出した。フェニックスプロジェクトの奴らは、あの研究所を利用しているハズだから、あそこに眠っていた理由にも繋がる。逃げてる途中で、体力が尽きて眠ってしまったんだろう。
まだ、子供なのだから。
記憶喪失っぽいのも――おそらく確定だろうが――実験のためだろう。
それでもまだ、疑問は残る。
「まあ……この子が話してくれたら……一番いいんだけどな……」
とりあえず……行くべき場所がある。
「調べてくる」
俺は宣言して、一人で家を出た。
◇
町外れの研究所を利用している、とは言っても、本当に実験している訳ではない。何かとあれば、ちょくちょく集まっているようなのだ。
まあ……俺も無関係ではないので、実はコソコソ調べていたのだ。
実態は掴めていないが、分かっていることがある。
まず、フェニックスプロジェクトは裏で進んでいて、表では普通の研究をしている。当たり前、と思うかもしれないが、そのための研究所だってあるのだ。フェニックスプロジェクトの研究員たちは、過去の功績などを利用して、新しい立場、新しい研究所などを手に入れているようなのだ。
それが、すぐ隣町の研究所。播摩土研究所だ。
隣町なので、旧研究所のすぐ近く。集まるには丁度いいのだろう。
おそらくだが、研究自体は播摩土研究所で行い、それの成果などを旧研究所で話し合う。
けれど……関わりたくはなかった。
出来るだけ、自分や家族、仲間を守れるぐらいには情報が欲しかったが……それ以上は関わりたくなどない。
しかし、今回は例外だ。
「結局は……断ち切れてねえなあ……そりゃそうか」
ボヤキつつ、俺は町外れ……つまり、旧研究所へと来ていた。
一度自宅へ立ち寄り、青奈の自転車を持ち出してきたのだ。
いつも、ここで情報収集だのなんだのをしているのだが……どうやら、もう一段階、上をいかなければいけないらしい。
「こっち、か」
俺は隣町への道に目を向けた。
旧研究所は町外れ、意外に交通量の多い道路がある。
陽愛と折木が誘拐された時にも、同じようなことを言った気がするが……すぐ近くに、そういう道路があるのだ。
そのくせ、研究所は目立たない場所にある。なんとも苛立たしい。
「隣町なんて、久しぶりかもしれないな……もっと遠くに行ってたりするのに……」
そんな暢気な事を言いながら、俺は隣町へと来ていた。
携帯を確認したが、他愛ない内容のメールが折木からきていただけだ。あの少女に何かあったら、陽愛からすぐに連絡が入るハズだ。
すぐに、播摩土研究所が見えた。こんなに近いのだ。明らかに、旧研究所を意識して建てたんだろう。
しかし、この研究所は、旧研究所とは違うのだ。現在、運営中。簡単には入れない。
さて……どうしようか。




