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第52話 苦悶の嘘

 

 鷹宮家の事情は、思ったよりも簡単で、思っていたよりも進んでいた。

 陽愛の母親は、父親に、もう一度一緒に暮らそうと言われた。それについては、母親は何の支障もなく、陽毬さんも構わなかった。

 問題は陽愛。

 本人が引っ越したくたい、この町から離れたくないと言っている。

 確かに多数決なら、陽愛は引っ越すことになるが……離婚して、辛い思いをさせてきた父親がいきなり現れて、無理やり引っ張っていくのは忍びない。

 なので、引っ越さないという結論で終わりだ。

 

 そこで、二つ目の問題。

 

 ある会社の社長の息子が、陽愛と結婚したいという話だ。どうやら、一目惚れのようなものらしい。

 正直……そんな馬鹿な話……とも思ったが、おかしくもないのかもしれない。

 陽愛の父親は、新事業で上手くいき、今では結構大きい会社を設立しているらしい。

 なので、立場的な問題は大丈夫としよう。

 そして……陽愛は美少女だ。一目惚れと言われても否定できない。年齢も今年で十六歳……法律的問題も解決はされている。少し待つことにはなるが。

 陽愛の父親の仕事経由で、そうなってしまったらしい。

 当然、陽愛は却下。

 しかし、相手はお偉いさん。それに、陽愛は既に、自分以外は解決している引っ越し問題に断りをいれている。これ以上、理由もなく拒絶するのはまずい。

 そこで……理由を作った。

 この町に残りたい。しかも、この町には彼氏がいて、その彼氏とも別れるつもりはない。だから、結婚はできない、と。

 そして……その、問題の彼氏は……。

 

「……え、と……陽愛、とは……その……け、け……結婚を……」

 既に俺の精神力(ライフ)はゼロだ。

 ここまで巻き込まれるくらいなら、誰でもいいから代わりを頼むべきだった。というか、断るべきだった。

 陽愛のことは心配だし、助けてやろうとも思っているが……。

 さすがに父親の前で、将来は結婚する(・・・・・・・)なんて嘘、つけるか!?

 父親がトイレへと席を立った瞬間、陽愛から頼まれたのだ。

 大雑把な説明と共に、自らを殺す呪文のような、そんな台詞を言うように頼まれた。

 やべえ、俺死ねる。不死鳥の魔法があろうとも、即座に死ねる。

 手っ取り早く結婚の申し出を断る方法なんて、『彼氏や、結婚を約束した相手がいる』が確実だろう。

 今回は、相手が相手というのもあり、高校生にしては一ランク上の口上な訳なのだが……。

 

 実際問題、陽愛と俺は結婚の約束どころか、付き合ってすらいない!

 

 ……もう、引っ越しとか二の次じゃねえか。

 俺がいる理由がやっと分かったが、これはもう、嵌められてたとしか言いようがない。てか、騙された。

 息を詰まらせながらも、俺はなんとか呼吸を整える。

 本当にこの台詞を言う時も、こんな感じなんだろうか……だとしたら、怖いぐらい、嫌な意味でリアル過ぎる。

「……陽愛とは将来、結婚しようと思っています」

 言い切った。

 もう喋れない。てか、喋りたくない。

 この後の父親の反応もだけど、俺にとっては既に終わっている。この空間というものが、俺を圧迫してきている。

「……そうか……今更、俺は口出しできないからな。それでも、陽愛を不幸にさせるようなら、認められないからね」

 陽愛父の表情は堅かったが、言葉は優しげな雰囲気だった。

「陽愛にも……こういう男がいて、良かったよ。それなら、あの件は断ってもいいんだね?」

 もう済まさなければいけない件は済んだのだろう。

 父親は立ち上がりながら言った。

 陽愛は黙って頷く。その顔は真っ赤だ。

 あー……さすがに、隣であんなこと言われたら、赤くなるよな……。

 って! 誰が一番辛かったと思ってんだよ!!

 俺と陽愛は、玄関まで父親を見送った。

「それじゃあ、白城くん。娘は頼んだよ」

 そう言うと、家から出て行った。

 

「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおいッ!!」

 

 しばらく玄関で立ち尽くした後、俺が大声で叫んだ。

「どうなってんだよッ!? 恋人のフリって、あの台詞は既に超えちゃってんじゃんッ! マジで死にたくなったぞ、おい!!」

 一気にツッコんだ。

 陽愛はまだ顔を赤くしながら、俺の視線を避けるように斜め下を向いている。

「どうすんの!? このまま話が伝わったら、陽毬さんとかにも誤解されんじゃん!」

 俺が更に言うと、陽愛は俺を見て、少し唇を尖らせて言った。

「……そんなに、私と恋人って嫌だった? 結婚とか、そんなに嫌?」

 不覚にもドキッとしてしまい、たじろぐ。

「いや、そういうことじゃなくてさ……やっぱり、嘘だと大変じゃんか……? それを隠し通すのがさ……陽愛だって嫌だろ?」

 急に俺が弱々しくなってしまった。

 情けない……押しが弱いぞ、俺。ここは、ビシッと言っとかないと、後々苦労するんだぞ?

「……別、に……? 大丈夫だから……黒葉に頼んだんだもん」

 あー……もう俺、何も言えません。

 ここで言い募ったら、さすがに可哀想だしな。

 結局は嘘、偽りなんだ……俺は誰とも付き合わないし、付き合えない。陽愛だって、誰とも付き合いたくないだろう。トラウマがあるだろうし。

「……しゃあねえな……もう……」

 俺は頭を掻きながらリビングへと戻る。

 後から陽愛がゆっくりと入ってきて、椅子に座った。俺もその向かい側に座る。

「随分と、おモテになりますね」

 俺がとりあえず、ふざけた口調で言うと……陽愛は顔を再び赤らめて、俯いた。

「……嫌だよ……? 乱暴されたり、拐われたり……それに、け……結婚なんて……」

 まあ、高校生に結婚の話を持ち込んでも、普通は断られるよな。

 何考えてんだ、どこぞの社長の息子さんは。

 一目惚れ、ねえ……確かに、分からないでもないないけどな。

「断る理由として、中途半端だと長引くし……一回でちゃんと断りたかった」

 そう言って、俺の顔を真っ直ぐ見てきた。

「でも、ごめんね……私のために、こんなことに巻き込んじゃって……本当、迷惑だよね……」

 うわ……。

 やめてくれって。もう、これ以上責められねえってば。

 そんなに上目遣いで、困ったような顔されても……なあ?

「ま、いいよ……噂されて、困るようなことは何もねえし。それで、困るような相手もいないしな」

 打ち切るように言って、陽愛の額を指で小突く。

「いいんだよ、だから。困ってるなら、頼ってしまえよ。我慢しなくちゃいけないことでもねえだろ」

 あの時、俺たちには……頼れる人はいなかった。

 いなくなってしまった。

 だから……俺は。俺だけでも、大切な人が近くで苦しんでるのを、黙って見ている訳にはいかないんだ。

 それが……ただの偽善でも。

 偽りでも、俺には通したい想いがある。

「……ありがとう。黒葉は、優しいよね」

 なんとか陽愛は笑ってくれた。

 しかし、すぐに考え込むような顔をした。悩ましげだ。

「ん? どうした?」

 心配そうに顔を覗き込むと、陽愛は少し重そうに口を開いた。

「あのね……お姉ちゃんとお母さんだけど……昨日から、お父さんの今の家にいるの。本当は私も行くはずなんだけど……引っ越しとか、結婚とか……私、怒って、ここに残ったの」

 ああ、だからか。

 なんだかんだで、一人で父親と会うのどうかと思ってたが、姉も母もいなかったのか。

 それで?

「それで……二人共、明日の夜にならないと帰ってこないんだ」

 ん? それで?

 

 ◇

 

「ああ、青奈か? ……悪い、今日、家に帰らねえんだ。うん、泊まってくる。……ごめんな。今、休憩中か? んじゃ、学校頑張れよ」

 そう言って、俺は携帯を閉じた。

「あ、大丈夫だった?」

 陽愛が洗濯物をたたみながら、他人事(ひとごと)のように言ってきた。

 まあ、もう高校生だしな。よっぽどじゃなきゃ、別に大丈夫だろ。

「それにしても、昨日は学校があんなこと(・・・・・)になったってのに、暢気だな……」

 呟いてソファに座った。

 本当は分かっている。あんなこと(・・・・・)になったからこそ、冷静になって、一人が心細いんだ。

「てか、いいのかよ。女の子一人の家に、男を泊まらせたりして」

 今更だが、一応言ってみた。

 すると陽愛は気にも留めないように、たたんで洗濯物を持ち上げて、階段に向かう。

「だって、黒葉だもん。大丈夫でしょ? それに……そういうことする度胸、ないでしょ?」

 なんだって?

 俺は今まで、何度も危険な戦いを乗り越えて、くぐり抜けてきたんだぞ。度胸なんて、人一倍あるわ。

 少し、脅かしてやる。

 二階へと上っていった陽愛の足音が聞こえなくなったのを見計らい、俺はゆっくりと階段を上る。足音を立てないように静かに。

 すると、一つの部屋の扉が開いている。そこにゆっくりと、近付き、顔だけで覗き込む。

 衣服が擦れる音が聞こえる。てか、もう昼なのにカーテン閉まってるから、よく見えないんだよ。

「……!?」

 俺は猛スピードで、しかし静かに、一階へと駆け下りる。

 ……着替え中でした。すいません。横縞の下着が見えてしまった。

 やっぱり、俺にはそういう度胸はありませんでした。

 ……あれ、度胸の問題か?

 

  

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