第50話 帰宅
今回の事件で、俺は自分の失態を格好良く反省した訳だが……。
陽愛と折木に十字路で別れを告げ、瑠海としばらく進んでいたのだが、途中で瑠海の家からの車が来た。さすがに心配になったのだろう。
瑠海は少し悲しそうに車に乗り込んだが、去り際には、笑顔で手を振っていた。
それから俺一人だが、今は家も目前だ。
「……なんかなあ……今更、強くなるとか、意気込んじゃっても……」
修行とか?
あれか? どっかの師匠の所に行ったり、時が止まってたりする部屋の中で戦い続けたり……。
そういうことすんの?
いやいやいや、色々と無理がある。
「ただいま」
家に入ると、青奈がリビングから飛び出してきた。
「おかえり! 学校、大丈夫だったの!?」
なんか……新鮮。
こんな感じで青奈が迎えてくれるとか、約三年ぶりだよ……。
「あれ……なんで涙目なの?」
「え、いや、別に。てか、知ってるんだな」
青奈が少し驚いたような、引いたような反応をしてきた。
あれ? 俺、涙目? どんだけ感動してんだよ。
とりあえず靴を脱ぎながら返すと、青奈は大袈裟に頷いて見せた。
「だって、テレビでやってるよ? なんらかのテロだとかなんとか」
「マジでか……」
魔装法の教育、魔装法を使った学校などを、まだ認めない輩は意外に多い。
軍事利用説とか色々と囁かれていたりして、学校へのテロってのも洒落にならないほど大事だ。
実際……兵器として使えるぐらいの魔装法使いが、何人もいて、何人も輩出されている。
ニュースになりもするだろう。
「って……あれぐらいの騒ぎだ……ならない方がおかしいか」
呟くと、青奈が顔を覗き込んできた。
「ん? なんか、疲れてる?」
「そりゃ、疲れるって……色々とあったんだよ」
本当は今日、魔装法試合に出る代表生徒以外は、主に暇な時間を過ごせるイベントがあったハズなんだ。
鞄を投げやりに置くと、ソファにドサッと座り込んだ。
確かに、大ニュースになっている。
さすがにあの瞬間の映像はないよな……偶然撮ってる人なんていないだろう。
「そっか……じゃあ、今日は私が晩ご飯、作ってあげるよ」
「え、マジで? サンキュー」
俺が礼を言うと、青奈は鼻歌混じりに冷蔵庫の中の食材を探し始めた。
あの一件以来、不自然なほど青奈が明るい。俺に対しての態度が、今までと正反対だ。話す声の明るさからして、全く別人のようだ。
いや、まったく文句はないんだけど……むしろ、嬉しいんだけど……。
でも、演技だろうと偽りだろうと、学校じゃいつもあの態度で通してんだよな……。
部屋に行くのも怠いので、ニュースを見ながら、晩ご飯が作られるのを待つことにした。
しばらくするとテレビに、緊急のお知らせ、と出てきた。
少し緊張しながら見ていると、学校が二日間だけ休校となる、というものだった。
脱力して、携帯を取り出す。
あれだけの被害を受けながら、二日間だけで直すというのだろう。相変わらずの修復力だ。
それでも、魔装高が休校というのも珍しい。もしや、ニュースにもなっているので、表面上だけでも生徒の心配をしているのだろうか。
携帯で、陽愛、折木、瑠海の三人に、ニュースを見たか確認する。
品沼は生徒会役員なので、今はまだ忙しいだろうから、連絡をとるのは控えよう。
折木と瑠海からは、普通にメールが返ってきて、確認がとれたのだが……陽愛から、いつまで待っても返信がこない。
あいつの場合は、厄介事、面倒事に巻き込まれる回数が半端ないからな……心配になってきた。
「忙しいだけかもしれねえし、いいだろ」
自分に言い聞かせるように呟き、携帯を閉じる。
今日は……急展開なことが多すぎた。これでも慣れてる方だが、今日のはさすがに堪える。
千条先輩を初めて見た時も、恐怖を感じた。
しかし、あの謎の男に感じた恐怖は、度を超えていた。
動けなくなって、目立つ行動をとることを本能が拒否する。立ち向かうどころか、喋るのだってやっとだった。
まあ、それでも……俺が戦う機会はないだろう。
例え、あいつが強かろうとなんだろうと、学校を攻撃してきた以上は、美ノ内先生を初めとする教師陣さえも相手にするということだ。こんなにニュースになっているのだから、警察だって来るやもしれない。
それに、千条先輩が負けた時点で、俺が渡り合える確率は皆無。
生徒の中でも、輝月先輩や三年生の数人ぐらいしか、期待できない。
つまり、俺達魔装生、学生が出る幕はもうないのだ。
世界が滅ぶってなったりしたら、戦うかもしれないけれどな。
どこかのバトル漫画や小説でもあるまいし、少しだけ登場したくらいで、無理して強敵と戦う必要はない。勝ち目がなければ尚更だ。
そんなことを思っていると……少しずつ、眠気がさしてきた。
あれ……そう言えば、男は何か言ってたよな……。
いつまでも、あのことを続けるつもりなら……とかなんとか。
あのこと……? 魔装法の教育のことか……?
◇
気付けば、時間は六時半を少し過ぎていた。
俺はボーっとする頭で考えごとをして、そのままソファで眠ってしまったようだ。
ふと横を見ると、青奈がエプロンを着たまま、テーブルに突っ伏して寝ていた。
キッチンに行くと、唐揚げがあったので一つ食べてしまった。
温かいので、作ってからあまり時間は経っていないようだ。せいぜい、十分。
青奈も疲れていたのだろう……あまり起こしたくはないが、晩飯が冷めてしまうと勿体無い。なので、肩を揺すって起こそうとする。
「……むぅ……むにゃむにゃ……」
駄目だ起きない。
どうしようか……とりあえず、飯食う準備はしておくか。
しばらくテレビを見ながら待ってみる。
久しぶりに青奈が作ってくれたんだし、一緒に食いたいんだけどなあ……。
携帯を取り出して、メール、着信履歴を確認する。
そういや、陽愛からメールの返信がきてなかったんだ……ありゃ、まだ着てない。別に、大した内容のメールを送った訳でもないのだが、少し心配なんだよな。
「なんかな……」
電話をかけてみる。
しかし、電源が切られているとかなんとか、そんなことを言われて通じなかった。
仕方ないし、別方向からいってみるか。
別の番号に電話をかけると、すぐに出た。
「黒葉! どうしたの!? 私が欲しくなっちゃった!? 今から会うの!?」
……人選ミス。
瑠海じゃなくて折木にすれば良かった。
「欲しくなってないし、会わない。……お前、陽愛に連絡つくか?」
俺が言うと、携帯の向こうで、あからさまに瑠海が残念そうな声を出した。
「なんだぁ……ん? 陽愛? どうしたの?」
う~ん……適当な理由がない。
少しだけ悩んだのだが、瑠海は何か察したらしく、ちょっと待ってて、と言った。
多分、家の固定電話とかで陽愛にかけてるんだろう。
待っていると、瑠海が喋りだした。
「ごめん、出ないや。メール送っておくよ」
「悪かったな、ありがとう」
俺が言うと、瑠海が何か言い出しそうだったので、通話を切った。
誰にも出ないってんなら、忙しいかなんかだろう。
「……お、兄ちゃん……?」
その声に、驚いて隣を見ると、青奈が寝惚け顔で起きていた。
「おう、起きたか」
「お兄ちゃんが先に寝てたくせにぃ……ふわあ……」
欠伸をして、青奈が体を伸ばす。
「あ、晩ご飯……」
青奈が気付いて立とうとしたが、既に俺が準備をしていた。
パチクリと瞬きをして、俺を見て、照れたように笑った。
「あは、少し冷めちゃったけど……晩ご飯、食べようか」
◇
晩飯を食べた後、片付けは、自分がやると言う青奈に任せ、自室へと向かう。
パソコンを立ち上げて、携帯を開くと、メールがきていた。
……陽愛だ。
やっぱり、何か忙しかったとかだったんだろう。
開いてみると、いつも通りっぽい。
『返信遅れてごめんね……明日、明後日は学校休みなんだよね? 明日、ちょっと私の家に来れないかな……?』
という内容なのだが……まあ、大丈夫だろうし、了解、と返しておいた。
小学校の頃、何かの事情で学校が休みになると、雨だろうが風だろうが、友達と遊んだ覚えがある。このメールで……それを思い出すな。
今日、あんなことがあったのに……緊張感、皆無だな。
ま、いいか。




