第49話 力差
鎖を軽く回しながら、平然と立っている千条先輩。それを見て、魔装高の校舎を破壊した男は、完全に地面に降り立つ。
千条先輩が来てくれたのは……この際、幸か不幸か分からない。
あのまま帰すのも悔しいが、これ以上の戦いは被害拡大の恐れがある。
「さすがに、ここまでやったんだ。アリーナでのんびりしてる奴らも出てくるぜ」
千条先輩は言いながら、鎖の動きを止めて、構えた。
男は、全く動じなかった。
「それならば、早く終わらせるべきだろうな」
パンッ! という音と共に、男の姿が消える。
慌てて探そうとすると、千条先輩が殴られていた。
あの、魔装生の中でも、戦いのプロと呼べる千条先輩が、何の抵抗もなく殴られた。
「な……そ、そんな……」
俺は遠くから見守るだけで、前に出て行けない。
いや、足が地面に縫い付けられたように、動けない。
あの男に、恐怖を感じている。
殴られた千条先輩は、大きく後方に吹き飛び、脆くなっていた校舎の壁を突き破った。
何、やってんだ……俺……動け!
自分に苛立ちながらも、体が竦んでいる。
その時……校舎から、ゆっくりと千条先輩が出てきた。
「まあまあ、速いな」
首を回しながら、千条先輩は余裕の態度だった。
どうやら……無抵抗に殴られたというのは、俺の勘違いだったらしい。
千条先輩の周りを、鎖の輪が囲っている。
「どうした、挨拶がわりだぞ」
男の方も余裕だ。
しかし、そんな男の足元が少し動いたかと思うと……数本の鎖が飛び出し、男に巻き付くように、竜巻のように上へと回っていく。
その様子を見て、後ろで慌てるだけだった7人が、千条先輩の方へと突進していく。
そんな7人の前に、風紀委員が10名近く立ちはだかった。
どこから現れたのかも分からないが……千条先輩が指揮をとったんだろう。
これで、千条先輩と男の1対1の場は整ったが……。
凄まじい音がして、男に巻き付いていた鎖の束が、一瞬で砕け散った。
「……へえ」
千条先輩は目を細め、手元の鎖を大きく垂れてから、体ごと回転して男を打つ。
そのスピードは速く、威力も充分に思われたが……がしっと男は鎖を掴んで止めた。
そこへ、間髪入れずに地面から鎖が伸びる。
本当にいつ仕掛けたかも分からない鎖が、次々と地面から飛び出して男に向かう。
しかし、その四方八方の連続攻撃を、簡単に躱していく。
「大口叩いて割には、大した事ねえな」
男はそう言って、右の手のひらを千条先輩に向けた。
バンッ!!
突然、千条先輩の体が空中へと高く上がり、地面に打ち付けられる。
それこそ……抵抗もしない内に。
「本気を引き出すぐらいは、するかとも期待したんだが……的外れだった。付き合う必要もない」
男はそう言うと、右手を強く握ってから開いた。
千条先輩の集中力が切れたせいで、鎖の動きは止まっている。
男の動きに合わせ、千条先輩の体は後方に回転しながら吹き飛んだ。
「が、あァッ!!」
なんとか防御しようとしているが、未知の攻撃には耐え切れず、千条先輩は激しく体を打ち付ける。
……駄目だ、千条先輩でも何も出来ていない。
それを見ていた風紀委員達は、唖然としている。そこへ7人の様々な攻撃が当たり、かなりのダメージを負う。
風紀委員会が……全く敵わない。
「ふん……このまま引き上げるつもりだったのだ。別に構わん」
男は面倒そうに言って、手を動かす。
地面に転がる鎖の破片などが浮かぶ。
「死ね」
その破片を、なんとか立ち上がろうとする千条先輩に猛スピードでぶつける。
「ぐっ……あが……ッ!」
咄嗟に防御魔法を使ったようだが……駄目だった。
破片は持ち主の体を貫き、鮮血を飛び散らせた。
「……ほう。意外としぶといのだな。ま、邪魔するなら……」
男は次に……校舎の瓦礫の山を浮かび上がらせた。
ヤバイ……ヤバイ!
「うああああッ!!」
竦む体をなんとか動かし、全速力で千条先輩の所へと駆ける。
何やってんだ……間に合わないじゃねえか……!
宙を漂った瓦礫は、千条先輩の周りを遠巻きに囲んだ。
「やめ――」
俺が言い終わるのも待たず……瓦礫は四方八方から、千条先輩にぶち当たり……その体を埋めてしまった。
◆
恐怖で……動けなかった。
突然、校舎が軋みを上げ、壊された。それと同時に、僕と戦っていた野々原さんも外へと飛び出していった。
それから呆然としていたけれど……風紀委員長が出てきて、戦って……それで……負けた。
何も……出来なかった。
◆
「チクショウ……! クソッ!」
俺は震える足を動かして、瓦礫の山へと駆け寄る。
バラバラと崩しながら、千条先輩を引きずり出す。
「千条先輩ッ! しっかりして下さい!」
本格的にヤバイ……鎖の破片で、体を貫かれたせいだ。臓器まで何個かやられたようだ。
瓦礫による圧迫、しかも瓦礫の鋭い部分などで、体もボロボロだ。
「おい、どけ」
背後からの声……いや、威圧感に、振り返る。
男が冷たい眼差しで、千条先輩を見下ろしている。
近くに来ると……恐ろしい、というレベルではない。
「威勢までは良かったが、所詮は学生、やれる事も知れている」
こいつ……トドメをさす気か……!?
「させるか……これ以上、誰も傷付けねえぞ……」
ブルって竦んでて、今更出てきて何言ってんのか……自分で言ってて馬鹿らしい。
それでも、させる訳にはいかない。
立ち上がって、男と向き合う。
この恐怖心……この男、普通の人間じゃないんじゃないか……。
「……無闇に人を殺す気はないが……立ちふさがるなら、仕方あるまい」
男はそう言うと、ゆっくりと手を上げて――
「その手を止めろ」
背後からの声。
そこには、立ち上がった千条先輩と、その千条先輩に肩を貸す輝月先輩の姿があった。
その遥か後ろ、校舎の前に何百という生徒が集まっている。
「これ以上、騒ぎを大きくしたいのか?」
輝月先輩が言うと、男は眉を上げた。
「ふむ……なるほど、な。良いだろう。どうせ、そのつもりだったのだしな」
そう言うと、男は踵を返した。
手で、仲間の7人に合図を送る。7人は戦いを止め、急いでその後を追う。
7人と戦っていた風紀委員達は……既にボロボロで、どうやって戦っていたのかも疑問に思うほどだった。
ヴェンジェンズと言った、組織の8人は……ゆっくりと立ち去っていった。
その場にいた全員が、その姿が見えなくなるまで黙って動かなかった。
◇
千条先輩はすぐに保健室へと運ばれた。
病院じゃなくて良いのか、と思ったが、保健室の園田先生が、これぐらいなら病院よりもここの方が安全だ! とか言っていた。
これぐらい、って……臓器に穴空いてたんだぞ?
一体どれぐらいなら、保健室で対応出来なくなるんだ?
品沼に会うと……落ち込んでいた。
「何も……出来なかった。あの黒い服の男が……怖かった」
俺も気分は沈んでいた。俺だって、何もしていない。
陽愛達も暗い顔をしていて、何も言ってはこなかった。それでも、心配の言葉をかけてきてはくれていた。
もちろん、クラス対抗魔装法試合は中止。
それほど重要でもない、と先生がぶっちゃけてたので、なんとか収まっている。
……あれ、収まってる?
「すいません……俺、何も……」
保健室前の廊下で、輝月先輩に俺は謝ろうとした。
「王牙は、自分の意思で戦って、負けたんだ。お前の責任じゃないよ」
そう言いながらも、輝月先輩は辛そうな表情だった。
これから、生徒会の集会があるらしい。
生徒会、風紀委員会の重役、各種委員会の委員長などが集められ、今回の件について話し合うらしい。
校舎がここまでボロボロにされたり、生徒が重傷を負っても、必要以上に騒がないのが、この魔装高の狂ってるところである。
その日は早くも下校させられた。
そりゃそうだけれども……いきなり帰すのも、危ないとは思わないのか、先生方よ。
陽愛と折木、瑠海と一緒に静かに帰る。
俺は……無力すぎる。
自分より弱い相手にしか、結局は大きく出ることも出来ない。
変わるには――
強くなるしか……方法はない。




