第4話 そして、人と人との巡り逢い
実践魔法訓練用アリーナに入った一年生一行が見たものは、気絶している一年生の男子生徒だった。
先頭の一年A組の何人かが、慌てて駆け寄る。
ゆっくりと、非常用扉が閉じるのには、誰も気付かなかったらしい。
◆
「よし……行けるな……」
すぐに帰る生徒もいるのだが、その数はかなり少ない。俺は女子生徒の手を引き、とりあえず下駄箱を抜けて、咄嗟に目に付いた食堂に入った。
入学式当日、食堂内には誰もいない。とりあえず隅の方に行き、外からは見えない位置に移動する。
そこでやっと落ち着いた俺は、慌てて女子生徒の手を離した。
「いや……その、ごめん……急いでたんで、つい……」
人見知りというか、恥ずかしがり屋というか……口下手にも程がある。
そういや俺は、目の前で顔を赤くしているこの女子生徒の名前さえ知らない。
「んと……名前は?」
俺が聞くと、驚いた顔で俺の顔を見つめてきた。
え? 何? 俺、おかしいこと言った?
「私……A組だよ? 分からない? 君もA組だよね?」
それを言われて、苦笑いを浮かべる。
誰とも喋らずに入学式まで過ごしたんで、クラスメイトの名前もぼちぼち憶えようとしていた。
実際、一人の名前も憶えていないのだ。
「そうだけどさ……悪い、分からん。俺、一人だけ浮いてたし」
そう言うと、相手は気分を悪くするかと思ったが、クスクスと笑った。
本当に可笑しそうに。
右手を握って口元に当てて笑っている。正直……その仕草は可愛いかった。顔だって美少女レベルなのだ。
「そうだよね、一人だけずっとパンフレット読んでたもん。――じゃあ、自己紹介。私の名前は鷹宮陽愛。よろしく、黒葉くん」
俺は女子生徒――改め、鷹宮陽愛を驚いた顔で見返した。
「黒葉くんは興味なかったかもしれないけど、私は一通りの同級生の名前は憶えてるよ?」
その言葉に俺は素直に感心した。
中学だって、クラスが変わる毎に苦労していたんだ。
「それじゃあ……よろしく、鷹宮……さん?」
どう呼べば良いのか……そこからして俺は苦手だな、コミュニケーション。
そんな俺の様子を見て、また可笑しそうにクスクス笑う。
「別に呼び捨てでいいよ、陽愛で。私も黒葉、って呼ぼうかな」
俺的には、少し馴れ馴れしさがあって不安だが、相手がいいと言うならいいのだろう。
この学校で初めて、人の名前を憶えたぞ……初日ではありえない事だと思っていた。
てか、友達が出来るかも危うかったんだし、いいことだろう。
まあ……そのキッカケが喧嘩ってのも、なんだかだけど。
「分かった。改めてよろしく、陽愛」
こうして、俺は魔装高校デビュー戦を微妙な形で行い、微妙な形で終え、友達というものができたようだった。
◆
アリーナで一騒動が起こってから二十分後……生徒会室では、生徒会メンバー五人が集まっていた。
「何か……あったらしいですね」
副会長職の人物が、誰となく呟いた。
「初日からやらかすとか、今年の一年は元気なのが多いね」
会計職の人物は楽しげだが、他のメンバーは顔をしかめている。
「何はともあれ……この件には、ある程度のけじめが必要だ。この学校をなめた状態で入学は困る」
生徒会長の一言で、全員が頷いた。
なにはどうあれ、表の方か裏の方か、派手だろうが地味だろうが、入学式当日から生徒会が動き出す事態となっていたのであった。
◆
陽愛の家は、俺の家よりも学校に少し近い位置にあった。
正直、もう一度アリーナに戻って、どうなっているかを確認するのは疲れるので諦めた。
結果として、俺たち二人は帰ることにした。
「それじゃあ、私はこっちだから。明日ね」
二十五分程歩いた後の十字路で、陽愛はそう言うと手をひらひらさせて右に曲がっていった。
「ああ、じゃあな」
俺も別れを告げて、真っ直ぐに進む。
あの後――あまりプライベートに踏み込むべきではないという考えだったが、ある程度の事情は聞いておくべきだと思い、少しだけ陽愛に事情を聞いた。
あの男子生徒はB組らしいのだが、いきなり話があると言ってきて、一緒にアリーナに向かった。陽愛の性格上、断りきれなかったらしい。
途中で付き合いたいという話をされ――あのような事になったわけだ。
成り行きの人助けとはいえ、入学式当日にやらかしてしまったのだ。
明日、何もないことを祈るばかりだ……。
結局は、帰宅予定時間よりかなり遅い午後一時に、俺は家に入った。
「ただいま……」
さすがに帰ってきていた我が妹の青奈は、昼飯を予想通りのカップラーメンで済ませていて、自室で何やらしているようだ。
まあ、これは仕方がない。俺の責任だし。
最終的には、俺も疲れていたのでカップラーメンで昼飯を済ませた。
何もやる事はないと思っていたのだが、思い出した。
魔装武器の許可申請書を出さなけれいけなかったんだ。
通常生徒の私物の持ち込み、使用は三つまでとなっている。風紀委員の何名かはその制限が無いと聞いた事がある。
学校でも申請すれば無料配布されるが、安物の銃だったりナイフだったり、正直ろくなものがない。そのため、魔装武器専門店であらかじめ買って、使用許可申請を出すのが主軸となっている。
俺もその一人で、微妙なカスタマイズを施した拳銃を持っている。まあ、魔装法を使うわけだから、あまりカスタマイズは必要ないのだ。今のところ、俺は二丁の拳銃と、折りたたみ式ナイフを持っている。
ナイフは専門店で買った。非殺傷の魔装武器用で、安物の方だが、コンパクトさは気に入っている。
一丁は先ほど述べた銃で、もう一丁は……兄が残していった拳銃だ。
今まで触れていなかったが、俺には三つ上の兄がいる。名前は、白也だ。白城白也。
今どこで何をしているか、俺は知らない。というか、家族全員知らない。
それでも知っている可能性があるとすると父さんだが……父さんはアメリカだし、知っていても教えてくれないだろう。
俺たちには……色々あったからな。
とりあえず、魔装武器使用許可証を書いて、鞄に入れる。重要な事なので、その日の早朝に出せばその日の午前中には受理される。
俺はベッドに倒れ込み、今日を思い返してみた。
「入学式……初日だっていうのに、散々だったな……」
呟いて苦笑いしてしまった。
陽愛との出会いを後悔はしないが、その経緯が酷かったな。今や夢のようだ。
それでも、携帯のアドレスには確かに、鷹宮陽愛の名前は存在していたのだった。
◇
次の日、六時に起きて朝飯を作り、それを食べた母さんは六時二十分頃に職場に出かけた。
俺も朝飯は済ませ、俺と顔を合わせない青奈に一声だけかけて、七時五十分頃に自転車に乗って魔装高に向かった。
もう五分ぐらいで着くという時、見覚えのある後ろ姿を見かけた。
というか、制服で見覚えのある奴なんて、今のところは彼女しかいないだろう。
「よう、陽愛」
俺が自転車を押しながら近付き、声をかける。長い黒髪をなびかせ、陽愛が振り返る。
「おはよう、黒葉」
ニコッと返してきた陽愛の隣を、自転車で押しながら歩く。
さて、今日はどうなることやら……。俺が昨日のことを思い出していると、陽愛は俺の顔を心配そうに見てきた。
「その……ごめんね、昨日は。何か、問題になってないといいんだけど……」
本当にすまなそうに言ってくるので、ため息を飲み込む。
「いや、昨日のは俺が自分でやったことだし、気にするなよ。そう問題にもなってないって」
学校に着いた。
自転車を置き、陽愛と校舎内に入ろうとする。
その時、一年の玄関口扉には合わない気配の人物が一人、俺たちに背を向けて立っていた。
……二つ、間違っていた。
一つは、この学校の制服を着ている奴で、見覚えのある後ろ姿は陽愛しかいないと言ったこと。
俺が単に忘れていただけだが……俺はその人物を見た時は衝撃を受けたのだから、忘れたのは不覚と言っていいだろう。
そして二つ目。
さっきの陽愛との会話だ。さほど問題にはならないだろうと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
それどころか、大問題だ。
なぜなら、玄関口前で振り返り、俺に詰め寄ってきた人物は、見間違うことなく――
「白城黒葉くんだね。少し話がある。生徒会室に来てくれ」
――輝月鋭間。
生徒会長だったのだから。